5:千葉志織の証言

《霊木会》の過去を探るうち、私は古い名簿の中に「千葉 志織(ちば・しおり)」という名前を見つけた。

彼女はかつて教団の信者のひとりであり、現在は地元で自然保護活動に携わっているという。


連絡を取ると、予想に反して、彼女は快く取材に応じてくれた。

会ったのは郊外の小さなカフェだった。



「最初に言っておきますが、私は“完全な信者”ではありませんでした」と、千葉は前置きした。


「自然を大切にするという教団の理念には共感していましたし、私にとってあの団体は特別な存在でした。でも、信仰そのものには、どこかでずっと懐疑的だったんです」


私はうなずきながら尋ねる。

「霊木については、どう思っていましたか?」


千葉は視線を伏せた。


「教祖と一部の信者は、あの大木に霊的な力が宿っていると信じていました。夜通し霊木と過ごす“静養”が心身を整えるとされていて、泊まりがけの儀式もあったんです」


「でも、あなたは違った?」


「ええ。私は、あれはただの木だと思っていました。自然の一部として尊重はしていましたが、“神”が宿っているとは、どうしても感じられなかったんです」


千葉の表情には、長年抱えてきた葛藤がにじんでいた。


「そうして、教団内では“信仰の濃度”を巡る分断が徐々に広がっていきました」



「教祖の息子さんについて、聞かせてください」


私の問いに、千葉は少し声を落とした。


「御堂 久来は、私たちともまた違う立場にいました。彼はスピリチュアルな話を一切信じておらず、むしろ教団のそうした側面を危険視していました。

彼は密かに動いて、教祖に反感を持つ信者を集め、教団を解体する計画を練っていたんです」


「教祖との関係は?」


「複雑でした。教祖は、息子に絶対的な服従を求めていた。でも久来は反発していました。最終的に、久来が反対派と共に教団の実権を握り、教祖は追い詰められていきました」


「そして教祖は……?」


千葉は、しばらく黙ったあと、静かに語った。


「教祖は、霊木の下で──夜のうちに首を吊りました」



「その後、息子さんはどうなったのですか?」


「久来は教団の施設を、倉庫のような形で管理していました。そして、あの霊木も……切り倒したそうです」


私は確信した。

《癒しの広場》にあった切り株こそ、霊木会が信仰していた霊木──その成れの果てに違いない。

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