毎日が冒険の日々。

第16話 華麗なる稲刈り。


 黄金色に輝く稲穂がサラサラと揺れている。雲一つなく、遠く抜ける青い空に響くのは雁の声。

 山から引かれた冷たい水を湛えるは名もなき湖面。

 その側には落水を果たしたアルトベリ水田がある。名の通りに、まんまアルトベリ男爵家の領する水田であった。

 かなり広い田に、十一名ばかりの男女達がてんでバラバラに散って稲刈りを行なっている。


「おーい。そっちは大丈夫かー?」

「こちらは大丈夫ですよー。皆さんは、疲れたら休憩にしてくださいねー」


 大声で呼びかけたのは赤金位階の冒険者。レンツォ=ガッリ。応えたのはアルトベリ男爵家令嬢であるイラーリアであった。


「ほら。アナタ。レンツォ君に負けておりますよ。キビキビ働く」

「いや。儂は腰が……」

「そんな情けない事を言っていては、笑われてしまいますよ。お米のためでしょう」


 夫人に急き立てられて鎌を振るう男爵がいて、女学生二人を伴って、鎌の扱いを教えながらも稲刈りに励む女性がいた。


「おーっ。なかなか筋が良いよ。もしかして、経験あるの?」

「薬草採集を趣味にしておりまして。草花の扱いでしたら多少は」

「この子の薬草は、街一番のお店にも、劣るものではありませんよ」


 女三人よれば姦しいと言った所か。鉄位階、錬鉄の士である女冒険者ユウ=ナルミと共におっかなびっくりながらも丁寧に刈ってゆくのは委員長。

 そして、かなり手際が良いのが薬草集めを趣味とする少女であった。


「ゆっくりで良いからね。自分のペースで無理なく続けようね」


 委員長の疲労が最も濃い。華奢で小柄な少女であるし、持病のせいで元々身体もそう強くはない。

 長年肉体の鍛錬を積むのが難しい生活を送っていたが為に、一行の中では最も貧弱であった。


「一緒に体力を付けようね。委員長」

「うんっ!」


 華やぐ笑顔が眩しい。その姿を見詰めるのは一対の蒼い瞳と六つの視線。それらは邪悪なものである。


「ふ。赤、黄、青か。中々に刺激的だな」

「待て。それはどの順番だ」

「姉さん。委員長。薬屋だ。随分と挑発してくれる」


 四名の少年達だった。元気に稲刈りをしているが、雑だった。イラーリアには叱られている。


「ふ。黒か。今夜はズッコンバッコンだな」


 彼等は諸共にレンツォにぶっ飛ばされた。

 だが、真なる変態はそこに真理を見出した。


「ふ……。俺とした事が迂闊であった。訂正しよう。赤、白、青、黒だ。そして奥方は無だ。俺の魔眼すら欺くとは、流石は委員長。師が見抜きに励む筈だ」


 そんな遺言を残した彼は墓石の下へと埋められた。委員長と男爵夫人によってである。

 野良仕事という事で、捨ててもよい古下着を身に着けてきていた委員長だ。

 元は白かった下着だが、経年によりやや黄みがかかってしまっていたが為に、とんでもない辱めを受けている。

 なお、白下着は着用者たる女性達にはあまり好まれない。この様に管理が大変なので。

 男爵夫人については、余人が語るまでもない事だろう。


 



「皆さん。本日はありがとうございますー。ですが、お礼をするのはアナタ方がです。本日のお昼ご飯は華麗なる真珠。ベッラケ・リーゾですよーっ!」


 華麗なるとは華麗なるを指す。何を言っているのか誰も判らない。だが、何かが伝わった。レンツォと男爵夫妻は判っているので盛り上がる。


「カレーライスだと。よもや、ここにあったとは」


 呟くユウ嬢。表情から読み取れる衝撃は、計り知れないものがあった。

 

「な、なんという冒涜的な……」


 恐れ慄くのは委員長だが、他の面々も驚きと少々懐疑的な視線を大きな寸胴へと向けている。

 刺激的な、美味しい香り。

 そこにあるのは、諸々の食材を煮詰めたスープ。

 シチューの様なトロみを持つその味付けは、数多の香辛料を用いて創造されし、華麗なる粉によるもの。

 その名はビタロサでは華麗を意味するベッラと呼ばれ、地域によってはカレーと呼ばれる事もある。

 味わいと刺激が芳醇なこの料理。古来より大衆食として親しまれていた。

 真空凍結乾燥術式を用いて粉末状に加工した粉など、食卓や携行食のお供としても広く普及している。

 味も香りも濃い為に、マズイ肉でも美味しく食べられる様になるのだ。華麗なる粉は、いつかのクマ肉料理でも使用されていた。

 普段はスープとして飲むか、パンなどと共に食される。学園給食でも人気の一品であった。


「ま、待ってくれ。そんな上等な焼肉に、蜂蜜をぶっかける様な真似……」

「まじかよ……」

「そんな。まさか……」


 喘ぎ喘ぎに懇願する商家の息子に、絶句する学園生カップルだった。

 二人は、誰がどう見てもそういう関係未満ではあるのだが、四捨五入を用いればカップル。恋人同士だと言えた。問題はないだろう。


「そうじゃ。ベッラケ・リーゾは我が国の悲願。大陸の希望である炊き立ての銀シャリに、ベッラルゥをかけて食すもの。この背徳。米の使徒たる我々への煉獄だとは思わぬか?」


 渋い声で語るは男爵。声音は真剣で、顔付きこそ厳しいものの、実は適当である。

 米食はビタロサや大陸で悲願や希望と呼べる程の普及などしていない。米の使徒など、一部の狂信者しかいやしなかった。

 男爵は、いつしか主と米を同一視していた。

 主とは各々の心の中にあるものなので、多分、恐らくは問題がなかった。

 ビタロサで。というかシシリアでは、米は神聖視されている。

 ビタロサのかつての国王で、英雄王とも呼ばれるガイウス王がヤボンから持ち帰った秘宝の一つが米であり、収穫量の少なさから高級食材である為だ。

 実の所。大陸各地で細々と稲作されて採れる米は、そう美味いものではなかった。品種が違うのだ。

 なので、別に希少であっても高値にはならない。

 だが、シシリアで。というよりも、アルトベリの生産するガイウス・ヤボニカ米は違った。

 稲穂や天日干しした状態では、それ程でもない。

 しかし、炊き上げれば繊細な甘味があって、奥深く芳醇な香りに豊かなコクまで備わり、非常に美味い。

 その繊細さは全てを引き立てる奥ゆかしさがありながら、力強いものである。

 精米した白米のみを食べるのが、至高の贅沢ともされていた。白米は愛好家にとっては薬膳。というよりも、万病に効く霊薬扱いまでされている。

 それは間違いであり、医療関係社会などからは、精米前の玄米食が推奨されていた。

 ともかく。米は。白米は。銀シャリは。シシリアにおいて信仰され、崇められているものなのだ。

 とはいえ、その様なお米信奉者であっても、梅干しや寿司などの、共に繊細な交響曲を響かせあう食材ならば、抵抗はない。とても美味しく、良く合うからだ。

 だが、その信仰に主張の強いカレーをぶち込むなぞ冒涜でしかないのである。出汁を効かせたカレーにパスタをぶち込むのとは違うのだ。

 若き冒険者達は、恐れ慄いていた。


「ふ。シシリアの冒険者といえど、所詮はお尻に殻のついたままのひよこちゃんですか。未知を危険を踏破する気概がなくて、何が冒険者です」


 挑発するが如く言うのは、一座の中で男爵夫妻を除き、最年長である女冒険者。ユウである。

 若者達へ瞳を眇めている。

 やや童顔ではあるものの女性としては長身で、綺麗な顔立ちをしているので、そうしていると妙な色気があった。狩人の息子がしゃがみ込んでしまう。


「ほう。ユウ殿はコレを知っておられる様ですな」

「当然です。私は、ヤボン辺りの生まれですわよ」

「流石は本場の冒険者。いや、武士というものか」

「いえ。一般市民ですので、武士じゃありません」


 語り合う男爵と冒険者。通じ合った様に、深皿へと白米をよそう二人だ。それを寸胴の前で待つ、イラーリアと奥方に差し出した。

 ふりかけられる華麗なるベッラ。あるいはカレー。

 男女は祈りを捧げ、いただきます。とカレーライスを食し始めた。

 レンツォも腹が減っている。味に疑いもないし、白米は好きだが、凝り固まった狂信などしていない。当然の様にして大盛りご飯を皿によそい、イラーリアへ差し出した。白い米を彩る濃い茶色のルゥが食欲をそそった。彼もまた祈りを捧げ、背徳の味を口にした。


「かれぇ! うんめー!」


 なんの捻りもない賞賛が口から漏れ出れば、腹を空かした若者達だ。恐れなぞ、なんのその。

 少年少女達も我先にもと、お米を炊いてある炊飯窯へと殺到してゆく。

 米には限りがある。早い者勝ちだ。

 なので、初老の男性と妙齢? で良い事にした女性。

 おかわりを求める二人の年長者達には、少し我慢して貰いたかった。

 レンツォはおかわりは一度までだと、イラーリアに釘を刺されている。

 仕方がない。若者達の胃袋を掴むという策略を含んでいる昼食だ。

 とっくに米食の虜となったレンツォに、美味い餌などないのであった。




 諸々と必要な作業を終えて、寮である旧アルトベリ邸へと帰って来ているレンツォだった。

 イラーリアも来ている。当然のように夕飯の用意をしていた。夕食もまた、カレーであった。

 残っているのは、米が尽きてしまったからだ。

 まだ炊けばあったのだが、それらは報酬として七名の冒険者達へと配られている。小分けしたカレーと共に。

 元々、それ程の高報酬を用意出来なかった男爵は、副報酬として米を約束していた。

 若者達の最初の怯えはなんとやら、大好評となったベッラケ・リーゾは彼等の家庭にも、強大な文化的衝撃を与える事となるだろう。

 その為の、報酬としての米だった。こうやって着々と、米食を普及させねばならない。


「パンとナンと太めと細めのパスタ。どれになさいますー?」

「全部で」

「欲張りさんですねー」


 残念ながら、もう米はない。なので、それらの食材を帰りに買って来ていた。どれもカレーに良くあうものだ。とても美味い。

 イラーリアの料理は米食が中心であるが、それだけである筈もない。そして彼女は料理も上手である。レンツォの胃袋は、とうの昔から掴まれてしまっている。


「しかし、男爵も大盤振る舞いだったな。大損になるだろうに」

「いえ。あれは古古米でしたので、お父様は処分するつもりでしたから損害はありませんよー」


 団欒で語り合う。今日は稲刈りであったし、自然とお米や稲作が話題となった。

 男爵も拘りの強い人である。明白に味の落ちる三年以上前の米は処分をしていた。何も、捨て去る訳ではない。そんなに収穫量は多くないし、米狂いとも影では囁かれる男爵だ。そんな勿体無い事なぞ、する筈もなかった。

 そういった備蓄米は、炊き出しや販売に使われる。

 例えば、本日の副報酬の様にも。本日のカレーライスに使われた米も、また副報酬として配られた米も、備蓄米としていた一昨年の古古米であるそうな。

 味が落ちると言った所で、それが判る者など米を常食する一部の者でしかない。

 それに古い米は新米に比べれば、応じて安値で卸された。

 男爵は商売人としても農家としても、誠実なのである。レンツォはそんな彼を尊敬もしていた。

 悲願を叶える力となりたい。

 例えイラーリアと出会う事がなくとも、きっとその想いは抱いていただろうと、レンツォは密やかに考えていた。

 しかし、そんな言葉はお首にも出さない。

 何となくイラーリアにはデリカシー云々とお小言を貰いそうな気がするので。

 レンツォには平凡の自覚がある。

 賢くはなくとも、愚鈍ではないのだ。本人はそう硬く信じていた。

 

「やはり重機が入れられないのは痛いな。なんとか、お山の外に水田は造れないものなのか」

「少し、難しいでしょうねー。農地は限られたものですし、土地も有限です。農家の皆さんにだって誇りがありますからねー。転作なぞそうそうされない事は、レンツォさんの方がご存知でしょう」

「新たに土地を確保するのは?」

「ご予算がー。多分赤字になりますしー。お米がもっとお高くなってしまったら、普及なんて、とてもー」


 イラーリアの、アルトベリの悲願。稲作の普及はレンツォにとっても目標の一つとなっている。

 あまり納得はしてないが、曲がりなりにも夢を一つ叶えた冒険者は、ほんの少し強欲にもなっていた。

 夢を夢として終わらす事なく、目標として叶えていこうと。それは、誠実に堅実に。


「とすると、やっぱお山かぁ……」


 シシリアは人口一千万を誇る州であるものの、そう広大な島という訳ではない。ビタロサ国内では最大の島であり、面積比率としては十二分の一弱を占めるといえど、自由となる土地は多くはなかった。

 異界の存在は勿論なのだが、信心深いシシリアの民は自然保護を好む。島内には幾度もの再開発が計画されるが、遅々としたものだった。

 当然ながら元々の生産地、エンナの様な地域こそあるが、畜産や農業も、異界であるエトナ低層を利用する事で豊かな恵を得ていた。


「入れておいて、工房でも作るか? うーん……」


 そこで問題となるのがエトナが山であり、低層さえもが山脈である事である。

 山なので、険しい。農業用の重機など入れない。工業用も同様だ。では、その為の道を通せば良いではないか? それは短絡的だった。

 低層とはいえ危険が全くないではない。その上、エトナでは山脈や山麓が日々産まれるのである。

 道を通した所で、そこに山脈が産まれてしまえばご破産だ。

 莫大な予算と時間と人出をかけて、やっと造った道を容易く山で潰されれば、絶望感しかなかった。


「手作業を生業とするには、しんどいですからー」

「人力じゃ、普及はなぁ……」


 機巧や重機を入れ難い環境にあるので、手作業になる。必要なのは労働者であるが、この確保は難しい。

 見合った報酬を用意しようがないからだ。

 現在の米価格は高値である。これは生産量も収穫量も少ないからで、シシリア内でも稲作専業農家はアルトベリしかないからだった。

 普及と共に農家や業者が増えれば価格安定法により値段は抑えられるし、価格競争だって起こるだろう。

 そうなる事は歴史が証明していた。

 そうであれば、労働者へ充分な報酬を用意する事は難しくなり、産業としても廃れるしかない。


「実際にー。冒険者の求める浪漫と、私達農家の求める浪漫は異なりますからねー。重なるものがあってたとして、それで幸福を感じられるかは別物ですので」


 そういったすれ違いもあるのだろう。術具や機巧に頼らずとも充分な働きが出来る者ならば、他に働き口もあれば、高報酬な仕事だってある。

 適性があっても選ぶとは限らないもので、好むものであろうが、適したものとも限らない。

 実に世は儘ならないものだった。

 だから、平凡なレンツォが頭を働かせながらも出力可能な案など、やはり平凡なものとなる。


「俺はお前さんとなら、米造りに骨を埋めて構わないぞ。一生一緒にいてやるよ」

「……。……品種改良を続けながら、お山にも認められる良い種籾を創るしかー、ないんですよねー」


 少し声の高くなるイラーリア。

 やる気に満ちていて好もしい。こういったお米バカな所が可愛らしいと思うのだが、あまり理解されないものだ。

 痘痕も靨という言葉もある様に、趣向や嗜好は様々なものだった。


 ともあれ。若い頃からこの手の話題。色々と話し込む事も多いのだが、特に結論や発明が出る事はない。

 イラーリアは勉強家であるので大抵の問題点を押さえていて、ある程度の実現可能性を提示するのだが、それはそれ。予算や時間の制限があった。

 レンツォは農家の三男坊だといっても、農家としては半人前以下だ。特に知見がある訳でもなければ、切れ者という事もない。

 出るのは平凡な発想と、頑張るしかないか。という精神論しかなかった。彼女と共に歩むなら、もっと確りとしないといけない。

 そう思うものの、そんなモノが易々と出る筈もないものだ。

 何せ、アルトベリ百年の歴史を以てしても、米造りは未知なる大冒険であるのだから。


「なんとか、良い方法はないかな。——お。もうこんな時間か。送ってくぞ。用意しろ。ごちそうさん」

「お粗末様でしたー。それでは、エスコートお願いしますわ。シニョーリ」

「スィ、シニョーラ」


 こんな気取ったやり取りにも慣れて来ていた。のんびりとしたイラーリアとのものなので、様になっているかは判らない。だが、これも必要な事なのだ。


 秋が深まり、収穫の一段落を迎えれば、夜会がある。

 アルトベリの寄親。現在のシシリア州を代表する大貴族。アルティエリ・ネーピ侯爵が主催する夜会である。

 派閥や身内のみの夜会であっても、その範囲は広かった。多くの貴人や有力な名士が集う事だろう。

 そんな場所で、恥を掻く訳にはいかない。恥を掻かせる訳には、いかなかった。

 レンツォは冒険者だ。

 お貴族様の様な、ご大層な誇りなどはない。それに例え、恥辱や侮りを受けたとしても、【決闘】がある。【決闘】の良い所は、勝とうが負けようが、誇りが保たれる事にある。

 無様を晒さなければだが。

 これにレンツォは自信があった。誰が相手であろうが、死力を尽くす決意があった。

 例えその相手が、元オリヴェートリオ・シシリア辺境伯家筆頭騎士。現シシリア州防衛大臣。レンツォの、というか大概の人類種の推し『英雄』である、暫定大陸最強と呼ばれる『勇者』、サルバトーレ=ファブリ閣下であっても。

 そう考えかけて、頭を振ってやめた。

 ああいった訳のわからない存在には関わるべきではなかった。出鱈目は放っておくに限るものなのだ。

 傍迷惑でこそあるが、悪辣な存在ではないので、関わるべきではないのである。きっと、誰かが何とかしてくれるだろう。

 小心で小市民なレンツォは、出しゃばってくんじゃねぇよ。と内心で罵った。閣下が娘に臭いと嫌われて欲しいとも、主へ祈りを捧げておいた。

 そういった事は置いておいても、自分の事ならば、なんとでもなる。何とでもする。

 それは自己責任を負う者。冒険者を十年続け、位階を登った者の責任で、矜持であるからだ。まだ己には『英雄』足る資格はない。そう思うレンツォだ。

 だが心根だけは『英雄』に、憧れた『兵』のものでありたい。あり続けたいと誓っている。

 自分の事は良い。だから、イラーリアなのである。

 彼女は力など持たない。穏やかで、優しいだけのお米大好きな、可愛らしいただの女に過ぎない。

 そんな彼女が、男爵の隠居と共に女男爵として叙される。夜会はその嚆矢であった。

 貴族から、正真正銘の貴人となるのだ。

 貴人。総じて貴族もまた、冒険者や官憲と同じくして、面子商売である。というよりも、その側面が最も強いのが貴族であった。

 侮りには報いを。反目にも報いを。

 剣には剣を。牙には牙を。誇りの為には無慈悲な報いを。例え世界の全てに敵さんとしたとしても。

 それを体現するのが、騎士である。

 そしてレンツォは、イラーリアの女男爵正式叙勲の前に、夜会にて騎士の誓いを捧げる事となる。

 アルトベリの騎士。イラーリアの騎士。ちょっと滑稽で笑えてしまうが、否はない。

 騎士とは騎士爵とは違い、公的な身分ではない。私人としての関係である。栄誉も誇りも主従のものでしかなかった。

 されど、騎士の誓いは婚姻の契約にも並ぶ、強いものだ。どちらも同じ言葉で結ばれる事からも、それは知れよう。

 例え、死が二人を別つとも。

 両者は共通のこの言葉により結ばれた。


 出来る事をやり、やれる事を増やしてゆく。冒険者として、兵として、英雄の端くれとして、騎士として。

 そして何より、一人の男として。

 彼女を幸せに出来ない様では、甲斐がない。それはずっと燻っていて、あの時から、あの日から。

 はっきりとした形となったものだった。


 イラーリアの騎士となるレンツォは、静かに最初の試練。夜会当日を見据えている。

 

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