第6話  転校生と殺気

 日曜日から雨坂うさか家の三姉妹と母の亜希子さんは引越しを済ませ、改めて水島家の一員として元ある僕と父さんの家に住むことになった。


 うちの家は元々父さんと母さんと僕での三人暮らしだったけど部屋数は謎に多く、三姉妹にはそれぞれに一つずつの部屋があり、みんなとても喜んでる。


 もちろん僕は今までどおりある自分の部屋で、父さんと亜希子あきこさんは寝室。


 何というか、父親と最近出会って義母となった人が……。いや、何も考えないでおこう。


 そして今日は月曜日。非常に腰が痛い。重たい荷物を運んだだけなのに身体中がダルくなり腰を動かす度に痛い。


 運動不足ということもあってか足も筋肉痛なようだ。


 こんな時、僕のたぶん友だちである中江秀馬なかえしゅうまいたわることもせず挙げ句の果てには左足を少し強めに蹴ってくる。


「そういうことされるとマジで蛙化だな。どこかに言ってくれないかな」

「尚人さ、心の声がダダ漏れだけど?」

「聞こえるように言ってるんだけど?」

「そんな機嫌を悪くするな。俺のスペシャル打擲療法ちょうちゃくりょうほうはどこの整形外科の治療よりも優秀だぞ」

「それは良かった。なら慰謝料を先に払っておいてくれ」


 秀馬ことシュウマイはスペシャルな打擲療法をやめると、席の正面に屈んでこちらをにらんできた。


 睨み返すと強めのデコピンがおでこに飛んできて、途端に殴りそうになってしまう。


「何なんだよマジで。本当にシューマイのこと嫌いになりそうなんだけど。お前そんなにさ、かまってちゃんな性格だったっけ?」

「何言ってるんだよ、まだわからねーのか。あれからどうなったんだよ、顔合わせ。相談しといて何もなかったは流石にキレる」

「あのな、僕はお前にこのことを相談した覚えはないし、勝手に人の寝言を盗み聞きして、勝手に聞かれて、報告する義理なんてない」

「あれ? そうだっけな?、てへへ……」


 駄目だ、今日はこいつの顔を見てると、どうしても腹が立ってしまう。


 こいつは「今日好き」じゃなくて『今日、嫌いになりました』の方に出た方が絶対撮れ高になる。僕の普段の苦労を全世界の人に配信して知ってほしい。


「そういえばさー」

「何も聞きたくない」

「尚人様ぁ〜、昼飯奢るから許して〜。機嫌直してくだされよ〜」

「仕方ないな」

「え、チョロ。怖……」


 最近好きなアニメのDVDを買ってしまったせいで金欠地獄の真っ只中。昼ごはん代が浮くというのは今の僕にとっては何よりも嬉しいことなのだ。


「お前はパンの耳が昼飯で、毎日水道の水を飲んで熱中症対策をする奴の気持ちがわからないからそんなことが言えるんだ。それで、何だ」

「あぁ、うん。えっとな。今日、二人うちのクラスに転校生が来るらしくて」

「へぇ……。ん、え?」

「それがめちゃくちゃ美少女らしいんだよ!!!!!」

「それってまさか……」


 そう言った瞬間クラスがザワつきだした。

 もちろんそのザワつきは、最近よく会う、顔見知りのあの二人が来たから。


「今日からこのクラスに転校してきた水島紫苑みずしましおんさんと水島天音みずしまあまねさんです」


 そう先生が言うと、周りの男子たちは言葉を失い、なぜか僕に注目が集まった。


水島尚人みずしまなおとの妹のわたし、天音と姉の紫苑です!わからないことも沢山ありますが今日からよろしくお願いします!」

「あ、天音、何を!」


 何だこの不気味な殺気は……。

 シュウマイだけでなくクラス中からの強い視線。あぁ、この後リンチされるんだ。


 あぁ、神様。こんな誰しもが羨む幸せな夢は、僕なんかに与えたらダメなんだよ。

 こんなモブ野郎の僕が、美少女ハーレム築いてたら誰だってボコボコにして東京湾の海に沈めたくなるもんだ。


 父さんありがとう。亜希子さん、ご飯美味しかった。目を閉じよう。


「……おい、尚人」

「うん、わかってる。みんな煮るなり焼くなり二宮和也だ」

「は?」


 グッと歯を食いしばって体に力を入れた瞬間、耳元で小さな声の男達の『妹紹介してくれ』と言う下心丸出しななさけない声が何層にもなって聞こえてくる。


「は?」

「「「「だーかーら!!!妹紹介してください!尚人様ぁ〜〜」」」」


 僕はこの日を境に、この北山高校の王者となった。


 とはいかず。


「お願いだよ尚人、俺たち親友だろ?」


「いや、俺の方が尚人のこと大好きだ!!!!!!!」

「いや、お前誰だよ!」


「俺は尚人と18禁コーナーに入ったことだってあるっわ!!!!」

「キモい、知らん」


「じゃあ、俺は尚人の誕生日にぃ、⚪︎⚪︎⚪︎プレゼントしたわぁぃぁ!!!!!!」

「何だそれ、渡せ」


 何だこのザマは……。


 男というのは非常にみにくい下等生物でアホなのだとこの時の僕は実感し、自分のことも含め誠実にこの事実を受け止めることにした。


「僕は紫苑と天音の兄妹ではあるけど、まだ会って一週間も経っていない。それに、義理だから血も繋がってはいない」

「そうかそうか。なら仕方ない……なんて言うとでも思ったかぁああぁ!!!!!」


 その日一番の声量で、男たちは『それがどうした』と涙ながらに叫んだ。


 ちなみに、僕の前の席が天音で、右隣が紫苑になり、クラスの男子たちからの僕への殺気はより増した。

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