このお寺で願い事をしてはいけません

(画面に竹藪が映る)


(夕方、血のような赤に染まった空)


「よう、俺だ。お前ら元気か? 行方不明になった友達はいないか? お前はちゃんとお前かな?」


(画面が揺れ、竹藪の隙間を歩く男の背中が映る)


(ほとんど整備されていない、土がむき出しの道が続く)


「今まで動画を観てきたならもちろんわかってるだろうが、今日も栫井町のやばいとこを紹介しとくぞ。……ここはわざわざ教えたくねえんだけどな。知らない奴のが多いだろ、絶対」


(風に煽られ、竹藪がざわざわと騒ぐ。青々とした竹の幹が擦れ合う)


(カラスの鳴き声が響く)


「だがまあ、これも仕事だからな。きっちりやらないとな。気は全然進まねえけど……」


(男が溜息をつく)


(やがて竹藪が途切れ、山門が現れる)


(明らかに長年放置されており、薄汚れ、ところどころ瓦が剥がれている)


「さあ着いたぞ。こんなところに寺があるなんて、お前ら知ってたか? たしか地図にも乗ってないんだぜ」


(山門の前に、立て札がある)


(『このお寺で願い事をしてはいけません』と書かれている)


「初詣とかで、寺に行ってお願いするだろ? それはここではダメだ。ルール違反。神様仏様に失礼だから? 違う違う、もっと即物的なもんだ」


「まあ、中に入るだけなら何もねえから、奥まで進むことにする。見たいやつもいるだろうしな……面白いことなんかないが」


(男が山門を潜り、石畳が敷き詰められた境内の中に入る)


(雑草が好き放題に生え、朽ち果てた燈籠が並んでいる)


「さーて、今回の解説だ。この寺で『それ』が生まれたのは、今から何十年も前にこの町で起きた、例の大火災からだと言われてる。お前らも、じいちゃんばあちゃんから聞いたことあるんじゃないか? そりゃあひでえもんで、死亡者は百や千じゃ収まらなかった」


(大きな松の木が立っており、枝が石畳の上にまで伸びている)


「当然遺体も山ほど出たわけなんだが、町中が大混乱で回収も間に合わねえ。で、しょうがねえから、一時的にこの寺の境内に遺体を集めておいた。すごかった……あー、らしいぜ。そこらいっぱいに焼死体や、崩れた建物に潰されたりしたのが並べられてよ」


(朽ちた物置、倒壊した鐘楼などが画面に映る)


「そんな死体の山から、『それ』が生まれた。元々いたのかもしれねえが、そうなったのはそれからだ。焼けた肉を齧って、裂けた傷から流れた血を啜って、肥え太りやがったんだ」


(男が立ち止まる。画面が石畳みを映す)


(息を深く吸って、吐く音)


「……そろそろ本堂だ。あそこをチラっと見せて、今日は終わりにするぞ。もっかい言っとくが、ここで絶対願い事はすんな。出来たら近付くな。どうしてもってんなら、これを」


(ぱん、ぱん)


(拍手の音が鳴る)


「……おいおいおい」


(焦燥感に満ちた男の声)


(赤黒く染まった空の下。朽ちかけた本堂が見えてくる)


(薄汚れた賽銭箱の前に立つ、小さな人影)


「おい! 何してる!」


(男の声に、人影が振り返る)


(花柄ワンピース姿の少女。顔にはぼかしがかかっている)


「えっ、だれ……」


「立て札があっただろ! 読まなかったのか!?」


「で、でも。ここでお願いするとかなうって、クラスの子が言ってて」


(怯えた少女の腕を、男が掴む)


「これ以上、足を増やしたくねえってのに……とにかく、ここから離れるぞ。早くしないと」


(ギッ、と何かが軋む音)


(男の動きが止まる)


「…………くそっ」


(カメラが、本堂に向けられる)


(古く、木肌の荒れた扉が、ずずず、ずずずと開いてゆく)



 ―――おねがいをぉ、きいたぞぉ。



(不自然なまでに暗く、闇に満ちた本堂内)



 ―――おねがいをぉ、きいたからぁ。



(その奥から、声が聞こえてくる)


(男が、少女の肩を掴んで後ずさる)



 ―――とらせておくれぇ。



(ぺたぺた、ぺたぺたと音がして)


(闇の中から、ぬるりと仏像の首が姿を現す)


「神、さま?」


(少女が呟く)


(ぺたぺた、ぺたぺたという音が止まり)


(仏像の首を囲むように……無数の腕が、闇の中から生えてくる)


「走れ!!」


(少女の手を引いて、男が駆け出す)


(カメラが暮れゆく空と、門に向かう石畳を映す)


「どうして、神さま、ねがいごと……」


(泣きそうな少女の声)


(ぺたぺた、ぺたぺたと、音が二人を追う)


「ありゃ神でも仏でも無いし、願いを叶えなんかしねえんだよ! 寺の外には出れねえから、そこまで逃げる、ぐっ」


(男が転倒し、映像が乱れる)


(黒一色の画面。少女の悲鳴が聞こえる)


「いってぇ……くそ……」


(男が立ち上がる。土埃が付着し、ぼやけた画面に、『それ』が映っている)


(画面に収まり切らない程に長い、薄灰色の皮膚に覆われた胴体)


(そこから無数に生えた、人間の腕。規則正しく並びつつも、大きさや形にはばらつきがある)


(長い胴の先には、仏像の頭が据えられている)



 ―――とらせておくれぇ。とらせておくれぇ。



(仰向けに倒れた症状の腕を、『それ』が掴み、左右に引っ張っている)


「いっ、痛いっ。ぎぃいいいい」


(少女がもがくも、力が緩められる様子はまったく無い)


「まったく。厄日ってやつだな、今日は……そんな給料もらってねえんだぞ」


(男が溜息をつき、近くに落ちていた木の枝を拾い、膝の上でへし折る)


(鋭く尖った先端に、ぺっと唾が吐きかけられる)


「おい、こっちだバケモン!!」


(男が走り出す)


(『それ』の顔が画面の方に向けられる)


(仏像の右目部分に、枝が突き刺さる)



 ―――ああああああ!



(耳をつんざく絶叫。仏像の首が激しく身を捩り、無数の腕がめちゃくちゃに振られる)


(少女の体が投げ出される)


「おら、見てみろ! てめえのどこが仏様だ! ええっ!?」


(男が懐から手鏡を取り出し、『それ』に向けた)



 ―――ひいいいいいい。



(『それ』は、手で自分の顔を覆いながら、長い体をくねらせる) 


(ぺたぺた、ぺたぺたと音を立てて、本堂の方に戻ってゆく)


(荒い息を吐いて、男が少女に近付く)


「おい、大丈夫か」


(少女に手を貸し、立ち上がらせる)


「……痛かった……」


「良かったな、生きてる証拠だ」


「……それ、鏡?」


(男が手鏡を振る)


「あいつ、鏡が嫌いなんだよ。仏になりてえバケモンは、自分の姿がお気に召さねえらしい。……下手するとキレて余計暴れるけどな」


(少女が鼻を啜る)


「じゃあ……お母さんの病気、なおらないの……?」


(画面が石畳みを映す)


(息を深く吸って、吐く音)


「この町で、願い事はやめとけ。何が聞いてるかわからねえからな」


(男が少女の肩を叩く)


「今は、母ちゃんの傍にいてやれ。病気が治っても治んなくても、一緒にいられる時間なんて限られてんだ。こんなとこで、バケモンに追われてる暇なんかねえぞ」


(少女が頷き、涙で濡れた目を拭う)


「……あー、今回はこれで終わりだ。このガキを送ってかなきゃいかん。ここで願い事しようってやつは、もういないよな? あいつの足は今、九九〇本だから、あと一〇本増やすような真似は勘弁してくれ。じゃ、またな」


(画面が暗転し、動画が終了する)

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