22:落ちていく

 ポータルに入った瞬間、私達は壁の見えない空間に落ちていった。サメの大群に襲われずに安心しきって後ろを振り返ると、そこにはサメの大群が落下速度を上げてこちらを追いかけていた。


『ウッソでしょ!?』


『続いてんのかよ!』


:ステージ変わってんのに追いかけてくんのチートだろ

:バグか?

:ハプニングが起こることも、廃ダンジョンならでは

:そうじゃないと思うが?


『にしても、こんなに面白いのになんで廃墟なんかに』


『のんきしてる場合か! 俺ら落ちてるんだぞ! どこかに掴まる場所はないのか!?』


暗い空間を落ちながらも泳ぎ、壁を探しに行くとそこには扉のようなものが見え始めた。もしかして、ここって初めに通ったトンネルなんじゃ......。


「ぐぁああああ!」


一匹のサメが私の背後まで近づいて、噛みつこうとしていた。私はサブウエポンとして所持していた如意棒を取り出して、噛みつこうとするサメの口につっかえ棒のようにして展開した。


『うっとおしいのよ! サメはおとなしく、海に帰れ!』


私は口の中で今にもひしゃげそうな如意棒に足を乗せ、サメの鼻柱に筋力増大の指輪を付けてデコピンした。サメが噛み砕く前に如意棒を取り戻し、ふらつくサメを蹴り上げた。その勢いに乗り、私は一つの扉のドアノブを掴みに猛スピードで下降した。掴んだ後、こちらに向かうナツさんの手を掴んだ。


『ナツさん、大丈夫!?』


『ああ、大丈夫だ!』


:ふう......

:すげーおもしろ!

:サメがドンドン落ちて行く......


他のサメたちは一匹のサメのせいで塊のようになって進路もうまく決められずにぴちぴちと尾ひれをひらつかせながら落ちていった。ホッと一息ついたのも束の間、掴んでいたドアノブが開き、一瞬にして落ちそうになった。だけど、ナツさんはそれを見切っていたかのように曲芸のような動きで扉の中へ入っていった。


『掴め!』


『うん!』


ナツさんの手を取って、ようやく次なるステージへと向かえた。

それにしても、ここまで複雑なダンジョンなのは珍しいわね。廃墟化したのも無理もないわ。攻略できる探索者なんて、よっぽどの暇人配信者か、物好きね。


『ここは、海? 海のダンジョン、珍し......』


『どおりで人が寄っ付かないダンジョンになったわけだ。こりゃ、オフィスビル型のダンジョンじゃねえ。一つのロールプレイ型のダンジョンだ。8時間はかかるぜ。長くても3時間だろ、普通......』


それって、1日かかるってことじゃない......。桟橋の向こうに、広がるあたり一面の海の光景に絶望しながらも、私達はその桟橋に括りつけられた船に乗り込むほかなかった。


:いつになったら攻略できるんだ?

:8時間!?

:ムリムリムリ! 長いわ!


『そうね、私だって長居はしたくないわ。はやく、ここを攻略して出る方法を探さないと』


『脱出するには攻略しなければならない。それが、ダンジョンの難儀なところだな......。そこが面白いのだけどな。みんな、その本質を忘れている』


そう言いながら、嬉々とした眼差しでナツさんはオールを漕いでいく。確かに、彼の言う通り、ダンジョンは攻略することが目的。敵を倒し、アイテムを得ることがすべてじゃない。この冒険のワクワクを忘れていた......。

それを、教えてくれたのは他でもない。ナツさんだった。私はナツさんともにオールを漕ぎ始める。


『ふぅ、ふぅ......』


『静かすぎる......。まだなにかあるはずなのに......』


海はずっと広く、あるはずもない夜の景色を映している。どこかともわからない夜空と、大きく輝く月。月......なんか大きくね? いや、こっちに向かってくる!?


「オオオオオオオオオ!」


月が回転を始めると、そこには怒りに歪んだ顔が張り付いていた。

な、何なのこれ!? デカい、顔!? それとも月!?


『なんじゃこりゃぁ!!?』


『い、急いで漕ぐんだ!』


私達が波を立たせながら必死に漕ぐも、月の形をした徘徊者はずっと追いかけ続ける。なんなんだ、あいつは! 倒せってことか!?


『ナツ、銃貸して』


『俺の? だが、お前のポリシーに反するんじゃ』


私の鞭じゃ届かない、絶妙な距離にいるあの月に攻撃を届かせるには、今はそれしかない! 今は、私のポリシーよりもここを早く抜け出すのが先!


『じゃあずっと追いかけ回されたいの!? あの気味悪い月に!』


『弾は3つだ! 外すなよ!』


『わかった』


:つばっちの銃の構え方、男前すぎんだろ

:か、かっこいい......

:ふつくしい


標的は大きい。外してなるものですか! 私は、引き金を引くと月の眼の部分に当たる。月が欠け、片目が消えるも月はまだ怒りの表情で追いかける。


『狙いは十分だったはずなのに!?』


『戦いだけが攻略じゃない! もっと、柔軟に考えろ!』


なら、どうしろって言うのよ! あんなのに殺されちゃ、またあなたを......。

ハッ......! 私は、いつの間に、こんなに臆病に?

死にたくない、死なせたくない......。そんな後ろ向きな感情に落ちていた私の身体はいつになく、重く感じていた。でも、今はなんとなく軽い。


『わたしらしくなかったわね。ここは、私らしく! 一旦、止まって考える! ナツさん、オール逆に漕いで!』


『おい、そんなことしたらあの月に!』


『大丈夫、なんとかなるって』


口癖のように言っていたのに、いつの日か言わなかった魔法の言葉。

私の好きな感覚。そして、自分を落ち着かせる呪文。月と私たちは、華麗にすれ違っていった。月は突然標的を見失い、止まる。私たちの船も止まり、海には静寂が走る。


『なに!? 止まった!?』


『多分、月のいる方向に向かえば、あの月は追ってこない。月から離れず、必ず正面に月を捉えるように進みましょう!』


私達は、月に向かって進んでいった。







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