エピローグ:離婚して、本当によかった

 夕暮れの丘の上。私とカイル、そしてフェンリルの三つの影が、長く伸びていた。

 眼下に広がるのは、私たちが築き上げた楽園。家々の窓に明かりが灯り、温かい夕食の匂いが風に乗って運ばれてくる。平和そのものの光景だ。

 私は、大きく息を吸い込んだ。土の匂い、草の匂い、そして、生活の匂い。その全てが愛おしい。

「……離婚して、本当によかった」

 ぽつりと、心の底からの言葉が漏れた。

 あの時、玉座の間で突き放され、全てを失ったと思った。でも、あれは終わりではなく、始まりだったのだ。

 皇太子妃という役割を降りたから、私は前世の知識を活かすことができた。

 王都を追われたから、私はフェンリルと、この聖域に出会うことができた。

 そして、一度他人になったから、私たちは新しい関係を築くことができた。

 隣で、カイルが苦笑いするのが分かった。

「それを俺の前で言うか、君は」

 彼の声には、もう昔のような絶望の色はない。ただ、ほんの少しの寂しさと、それ以上の温かい諦めが滲んでいた。

「それでも、俺は……時々、考えてしまうよ。もしも、あの時、俺にもっと力があって、君を追放せずに済んだなら……と」

「きっと、うまくいかなかったわ」

 私はきっぱりと言った。「皇太子と皇太子妃のままでは、私たちはいつか壊れていた。お互いを憎み合っていたかもしれない。今のように、笑い合うことなんて、決してなかったわ」

「……それも、そうだな」

 カイルは納得したように頷き、夕日に染まる空を見上げた。

 その時、私たちの間に、もふもふの温かい塊が割り込んできた。フェンリルが、私たち二人の真ん中に、どっかりと座り込んだのだ。

「もう、フェンリルったら」

「こいつめ……」

 私とカイルは顔を見合わせて笑い合った。

 神獣と、国王と、辺境の女領主。

 奇妙で、ちぐはぐで、だけど、これ以上ないほど完璧な、三人の関係。

 夕日が地平線の向こうに沈み、一番星が輝き始める。

 私たちは、言葉を交わすことなく、ただ静かに、同じ景色を、同じ未来を、見つめ続けていた。

 悪役令嬢と呼ばれた私の人生は、一度終わった。

 そして、最高の形で、もう一度始まったのだ。

 離婚から始まったこの物語に、後悔などひとかけらもなかった。

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追放悪役令嬢、辺境の荒れ地を楽園に!元夫の求婚?ざまぁ、今更遅いです! 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

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