第10章:王国の変革、聖域の女領主
私が領主となった辺境の自治領は、王国における「希望の地」として、その名を急速に広めていった。
聖域の結界に守られた土地では、魔力に満ちた作物が豊富に実り、食糧難とは無縁だった。さらに、人間と魔物が争うことなく共存するという信じがたい事実が、王都の学者や心ある貴族たちの注目を集めた。
私の農業技術――前世の知識にフェンリルの加護を組み合わせた独自の農法――は、カイルの尽力によって体系化され、王国の食糧難に苦しむ他の地域にも応用され始めた。もちろん、聖域ほどの奇跡は起こらないが、土壌改良や効率的な栽培計画は、各地の生産量を着実に向上させた。
王国の方針は、大きく変わろうとしていた。
長年続いてきた「魔物との戦争」一辺倒の政策から、「共存の可能性を探る」という新たな道へ。その転換を主導したのは、言うまでもなく皇太子カイルだった。
彼は辺境の成功例を盾に、王城で頑固な貴族たちを粘り強く説得した。
「見ろ、これが辺境の現実だ!魔物はただ討伐すべき敵ではない。彼らにも意思があり、掟がある。我々が彼らの領域を尊重すれば、無用な争いは避けられるのだ!」
彼の言葉は、宰相ゲルハルトの失脚で揺れていた貴族社会に、新たな価値観をもたらした。ゲルハルトに連なる好戦的な派閥は力を失い、カイルを中心とする穏健派が王国の実権を握りつつあったのだ。
辺境は、そんな新しい時代を象徴する場所となった。
豊かな土地と平和を求め、王国中から多くの移民がやってきた。職を失った者、戦争で家族を亡くした者、新しい生き方を模索する者。私は彼らを受け入れ、それぞれに適した仕事を与え、自治領は日に日に活気を増していった。
かつては「呪われた土地」と蔑まれた辺境が、今や王国で最も豊かで平和な土地へと変わり果てたのだ。
そして、私に対する人々の評価も、百八十度変わっていた。
王都から追放された「悪役令嬢」。傲慢でわがままな女の末路だと、誰もが嘲笑っていた。
しかし今、人々は私のことを、畏敬の念を込めてこう呼んだ。
「聖域の女領主」
「奇跡の地を治める賢君」
彼らは、私が自らの手で運命を切り拓き、荒れ地を楽園に変えたことを知っていた。そして、その強さと優しさを心から尊敬してくれていた。
ある日、領地の視察を終えて館に戻ると、カイルが王都から届いた一通の手紙を手に、複雑な顔で待っていた。
「レイナ、君の……実家からだ。ヴァインベルク公爵から」
手紙には、かつて私を見捨てた父からの、和解を望む言葉と、私の功績を讃える言葉が綴られていた。
「……どう思う?」
カイルが私の反応を窺うように尋ねる。
私は手紙を一読すると、静かに暖炉の火にくべた。
「もう、終わったことよ」
私には、ヴァインベルク公爵令嬢でも、皇太子妃でもない、新しい名前と居場所がある。過去に囚われるつもりはなかった。
その様子を見て、カイルは安心したように微笑んだ。
「そうだな。君はもう、誰のものでもない。君は君だ」
彼のその言葉が、人々が与えてくれたどんな称号よりも、私にとっては誇らしかった。悪役令嬢と呼ばれた私が、ようやく手に入れた、本当の自分。その実感に、私の胸は温かい満足感で満たされていた。
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