第8章:神獣の真の力、聖域の誕生

「――この地を穢す者は、誰であろうと許さない」

 私の声は、自分のものではないかのように、低く、そして威厳をもって響き渡った。

 溢れ出す魔力は、私を中心に渦を巻き、辺りの空気を震わせる。暗殺者たちはそのただならぬ雰囲気に気圧され、一瞬動きを止めた。

 私は倒れかけたカイルの体をそっと地面に横たえ、彼の背に突き刺さった矢に手をかざす。温かい光が私の手から放たれ、彼の傷口を優しく包み込んだ。完全な治癒には至らないが、出血を止め、痛みを和らげることはできる。

「レイナ……その力は……」

 カイルがかすれた声で呟く。

「黙って見ていて。すぐに終わらせるから」

 私は立ち上がり、フェンリルの隣に並んだ。神獣と契約者。二つの存在が一つになったかのように、私たちの魔力が共鳴し、増幅していく。

 私は両手を天に掲げた。

「フェンリル、力を貸して。この土地を、私たちの家を、守るために!」

『心得た、我が主よ!』

 フェンリルの咆哮と共に、彼の体からも漆黒のオーラが立ち上る。

 次の瞬間、私の足元から、そして農園の、辺境の地のいたるところから、巨大な光の柱が何本も天に向かって突き抜けた。光は上空で繋がり、まるでドームのように、この辺境一帯をすっぽりと覆い尽くしていく。

 それは、強力無比な結界だった。聖域の力を最大限に解放し、物理的な攻撃だけでなく、邪悪な意思を持つ者が入ることすら許さない、神聖な守りの障壁。

 結界が完成した瞬間、内部にいた暗殺者たちは苦しみ出した。彼らの心に宿る邪な殺意が、聖なる力によって浄化され、耐えられなくなっているのだ。彼らは武器を捨て、次々とその場に膝をついた。

 それだけではなかった。結界の内側では、さらなる奇跡が起きていた。

 今まで攻撃的だった一部の魔物たちが、その凶暴性を失い、おとなしく森の奥へと帰っていく。土地はさらに浄化され、空気は清浄な魔力で満たされていく。石ころだらけだった場所からは柔らかな草が芽吹き、枯れかけていた木々には新しい葉が茂り始めた。

 ここはもう、ただの農園ではない。魔物と人間が、互いに牙を剥くことなく、共に生きていける可能性を秘めた、奇跡の地。「聖域」の誕生だった。

 戦いは、終わった。

 暗殺者たちは抵抗する力を失い、駆けつけた村人たちによって捕らえられた。私は急いでカイルの元へ駆け寄り、本格的な治癒魔法を施す。幸い、矢に毒は塗られていなかった。

「……信じられない光景だ」

 傷の手当てを受けながら、カイルは結界に覆われた空を見上げて呟いた。その顔には、畏怖と、そして安堵の色が浮かんでいた。

 この一件で、全てが変わった。

 辺境の民は、奇跡を目の当たりにし、私を単なる農業が上手い女ではなく、この地を守る「聖域の女領主」として心から敬うようになった。

 そして、カイルも決断を下した。彼は王都にいる信頼できる側近に連絡を取り、捕らえた暗殺者たちを王都へ移送させ、宰相ゲルハルトの裏切りを暴く証拠とした。

 さらに彼は、皇太子の権限を使い、前代未聞の法令を発布した。

「辺境伯領ヴァインベルクを、レイナ・フォン・ヴァインベルクを領主とする、王国初の自治領として認可する」

 それは、私がこの土地で、誰にも干渉されずに、自分のやり方で生きていくことを、国の法が保障するという宣言だった。

 追放された悪役令嬢は、こうして正式に、辺境の領主となったのだ。

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