死体は梅の木の下に

@tenpira8

第1話

シャベルを振り上げ、叩き込む。

振り上げ、殴りつける。何度も、何度も。


「埋め…ねえと。」


相手の体がぴくりとも動かなくなって、男の口から声が溢れた。

じとりとした空気。霧があたりには漂っている。

その中に鉄のような匂いが混じる。血の匂いだ。


男はしばらく目の前の光景を眺めていた。

今し方殴り殺した男を。頭が割れ、血が流れ出ている。

血は土に染み込み、元々黒っぽかった土と判別が付かなくなった。


我に返ると、男は死体が生きていないか、生き返らないかと恐る恐る顔を覗き込んだ。

どこを見ているかも分からぬその目がいきなり自分の方にぎょろりと向き、襲いかかってくる、そんな想像を男はする。

10秒、20秒。男はほっと胸を撫で下ろした。


男はこれからのことを考える。

ここは誰かが来るような場所ではない。

だが、ここにある死体は始末しなければ。

ふと、シャベルを握った自分の手を見る。

掌から血が浮かんでいる。

埋めてしまおう。そうすれば何もなかったことになる。

ふと、男はそう思った。




穴の底に死体を横たえる。

汚れた上着を放り込み、土をかける。

少し湿った土をどさり、どさりと死体の上に落とす。

土をすくって、かける。

機械のような繰り返しを続け、土深くに死体は埋まった。


地面ばかり見て気づかなかったが、眼の前の木に花が咲いていた。

白く咲く花は、他の木とは違い明らかに浮いていた。


いつの間にか雲はどんよりと黒く染まり、今にも雨が降り出しそうだ。霧が濃くなり、眼の前の景色もろくに見えない。

男はシャベルをどうするか、考えていないことに気づく。

もう穴は埋めてしまった。これは持ち帰って処分しないと。


しとり、と雨が降ってきた。

男は足早にその場を去ろうとしたが、ふと足を止め振り返る。

梅の花は満開に咲いていた。


男は眼の前に視線を戻し、早足で来た道を戻る。

雨は漂う血の匂いを洗い流してくれるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る