第17話 side:ノア/玲

*ノア/玲*


 合宿後。電車を降り、ゆのと別れると、一件のメールが入った。


【Neo‐Flashのみんな、〇〇公園に来てほしい。話したいことがあるの】


 差出人は、ステラだった。俺はステラの悩みをずっと聞いていたから、「ついに決断したんだ」って分かった。だけど何も知らない二人は、メールの文面から〝だだならぬ様子〟を察知したらしい。「すぐ行く」と即レスしていた。


「リムチ―は何も知らないだろうけど、ヤタカはどうなんだろう」


 ステラの話を聞いてる限り「卒業まで撮影を続ける」って発言はしないと思うけど……ヤタカが言うには、ステラがそう言ったらしい。


『ステラ、成績は悪い方じゃないだろ?この前も〝受験本番ギリギリになるまでは撮影できる〟って言ってたもんな』


 ステラは責任感強い人だから、その場限りのウソは言わない。もしあれがステラの本心なら……Neo‐Flashを卒業しないってこと?


「でも皆を呼び出すってことは、卒業の話だよね……?」


 ヤタカの発言は、いったん置いといて。きっとステラは卒業の道を選んだ。それを、これから皆に発表する。でも承認が得られるか分からないし。ステラ、今ごろ緊張してるだろうな。


「無事、皆に伝えることが出来るといいけど。がんばれ、ステラ」


 いざとなったらサポートしよう――そう心に決め、公園に到着する。すると一人で待っていたステラが、俺に気付いて手を挙げた。


「来てくれてありがとう、ノア」

「ううん。それより、決まったんだね」

「……うん」


 少しの間があった後。噛み締めながら、ステラは言葉をつむぐ。


「自分の夢を追いかけたい。中学卒業後、専門学校に行くために勉強しようと思う」

「Neo‐Flashしながら、は無理そう?」

「知ってるでしょ? 私が不器用だって」


 遠慮気味に笑うステラ。その笑顔の中に、揺らがない意志を垣間見る。彼女の目に写っているのは今じゃなく、ずっと遠くの未来だ。


「本当は止めたいけど、意思は固そうだね。皆の反応は分からないけど、俺は〝おめでとう〟って言いたいな。ずっとステラが悩んでいたのを、知っているから」

「ノア……」


「優先順位を決めるのって、難しくてツライことだと思う。それでもあえて順番を決めたステラは、それだけで偉いよ」

「ふふ、私より年下のくせに。カッコイイこと言っちゃって」


 ニヒルに笑って、俺を見たかと思えば。「ありがとう」って、吐息と共に聞こえた感謝の言葉。まるで涙をこらえるような言い方に、Neo‐Flash結成から今での思い出がよみがえって……少しだけ胸が熱くなる。


「ステラは、グループを卒業するの寂しい?」

「正直……寂しいな。自分で決めて〝何言ってんの〟って感じだけどさ。

ステラは唯一無二のキャラだし、私だけここでリタイアするのが悔しいなって」

「そっか」


 結成当時、誰がどんなキャラでいくか、皆で考えたっけ。ステラは努力家だから、メンバーの誰かが欠席しても自分の立ち位置を変えれるよう、メンバー全員のキャラを頭に叩き込んでいた。臨機応変に立ち位置を変えるステラに何度も感謝し、何度も尊敬したことを覚えている。


「ステラのキャラが好かれるのは、ステラの努力の賜物だよね」

「そう言われると嬉しいな。後継者にも、好かれる方法を伝授しておくわね」

「え……後継者? 誰それ?」


 寝耳に水の話だった。目をぱちくりさせる俺に、ステラはあっけらかんと答える。


「私の妹、ゆの。配信見たけど、頭の回転が速い子でしょ? ステラの後継者は、ゆのしかいないわよ。っていうか、ヤタカも絶対〝入れ〟って言うと思う」

「……」


「ノア?」

「絶・対・だめ!」


 ドンッと重たい一言が、知らないうちに、口から飛び出ていた。珍しく大きな声を出した俺に、ステラも、そして俺自身も驚く。


「どうしてダメなの? 配信中、ゆのと楽しそうに話してたじゃない」

「た、楽しかったけど、ダメ。ゆの、すっごく頑張って配信に参加してたんだから。これ以上に無理させちゃ悪いでしょ?」


 ゆのと楽しそうに話してる事がバレて、戸惑う俺を隠しつつ。当たり障りない言葉を選ぶ。もちろん機微に聡いステラは、半信半疑で俺の話を聞いている。「ふーむ」と呟く声は、不満一色だ。


「聞くんだけど、それってノアの独占欲?」

「へ?」


「俺のゆのを見ないで。見てイイのは俺だけ! ってことよね?」

「え……――――あっ!」


 顔を赤く染めた俺が珍しいのか。まるで美術品を前にしているかのごとく、ステラが隅々まで俺を眺める。


「もう……見ないでってば」

「そんな恥ずかしがることないでしょ~?」


「恥ずかしいよ。だってステラとゆの、やっぱり似てるからさ。今も、ゆのに見られてるみたいだ……」

「っ、あはは!」


 口をあんぐり開けた後。ステラは「かわいい~」と、俺の頭をグシャグシャ撫でる。


「すっかり、ゆのLoveじゃん~♡羨ましいねぇ、このこのー!」

「やめてってば……っ」


 自分でも分からない。ステラを前にしているのに、気づいたら、ゆのとの共通点を探してた。どうやら俺の頭、ゆのでいっぱいみたい。


「いつから、ゆのを好きなの?」

「むしろ、いつ気づいた?」

「ライブ配信中、ゆのにだけ甘い声だしてたから。今日だって、ゆのを見る目が、明らかに優しいんだもん」


 返って来たのは、耳を塞ぎたくなる答えばかり。


「そんなに違った……?」

「そりゃあ、もう。面白いくらいに」


 青天の霹靂。予想だにしないワードの数々に、頭を抱える。同時に、新たな問題も浮上した。


「もしゆのが新しいメンバーになったら。俺は、同じメンバーを好きになってるわけでしょ? ヤタカが許してくれるかな」

「許すも許さないも、ウチは恋愛禁止じゃないんだし。そこはイイんじゃない?」

「うーん、でもなぁ」


 視線を上げる。空には雲がポツポツ浮かんでいて、亀と同じくらい、ゆっくりとしたスピードで移動している。いいなぁ、のんびりしていて。心臓がうるさい今の俺と、変わってほしい。


「俺さ、ヤタカに大恩があるから、強く言えないんだよね」

「大恩?」


「実は一度、ファンに身バレしそうになったんだ」

「え⁉」


 あれは、二か月くらい前のこと。個人でライブ配信してたけど、その日は気分を変えて外で撮影しようと思って……でも、それが間違いだった。すぐに雨が降ってきて、配信を中断した。


 リスナーに申し訳ないから、雨宿りする俺の写真を撮って、SNSに上げた。すると、同じ場所に女の子がいた。その子が持つスマホ画面には……なんと、さっき俺がアップした写真が写っていた。


「フードをかぶってマスクもしてたけど、俺と目が合った時の、女の子の顔。信じられない者を見た目。俺のファンだって、すぐ分かった。だからこそ、すごい焦ったよ。もし人物特定され拡散されたら、どうしようって」

「それが問題になってないって事は……結局、大丈夫だったのね?」


「うん。実は俺、その時ステラにメールを送ってるんだよ」

「えぇ⁉」


 グループ結成時、俺たちは画面を通して顔合わせを済ましていた。だから、メンバーの顔は知ってたんだ。


 あの日、同じ場所にいた女の子は、どこかステラに似ていて……。表情や仕草によっては、ステラ本人?って錯覚するくらい。だからステラに、確認のメールを送った。


【ステラ、双子か妹いる?】


 するとステラは思い出したのか「そう言えばメールもらった!」と手を叩く。


【二つ下に妹がいるよ。確かB組。小鈴ゆのっていうの。すっごく可愛いんだから♪ それがどうしたの?】


「いきなり何?って思ったけど、そんな非常事態中だったなんてね……え? 待って。じゃあ同じ場所にいた女の子って、もしかして」

「そう、ゆのだよ」

「っ!」


 驚いたステラは、両手で口をおおう。俺がメールの返事を見た時と似た反応してて、少し面白い。


「そんな偶然があるんだ……」

「俺もビックリしたよ。同じ場所にいる子が、まさかステラの妹だったなんて。しかも同じクラスで、俺の前の席の子」


「顔を見ただけで、同じクラスだって分からなかったの?」

「その時は、全然ゆのと喋ってなかったからね」


「それが今じゃベタ惚れだもんねぇ」ニシシと笑うステラ。しっかり俺に聞こえるよう言うあたり、意地が悪い。


「それで、ヤタカに相談したのね?」

「一応ね。ステラの妹に身バレするかもって言ったんだけど……。ヤタカ、なんて言ったと思う?」


 当時の会話を思い出して顔をほころばせる間、ステラは腕を組んで唸る。


「〝いつかは身バレするんだからドーンと構えておけ!〟とか?」

「言いそうだけど、ちがう。ヤタカはね、すごいアッサリだったんだ」


 あの時――


『スルーで問題ないな』

『え、なんで?』


『その子、ステラの妹なんだろ? じゃあ他人に言いふらさねーよ』

『えらく信用してるね……』


『だってステラが〝そう〟だろ。信用できる奴じゃん。だから、大丈夫だ』


 話し終わると、うるんだステラの瞳に、夕日がキラリと反射した。ハンカチを出そうとすると、「大丈夫」と押し返される。なんとか涙をこらえるつもりらしい。


「ヤタカはその時から、私とゆのを信じていたのね」

「そうだね。俺、ヤタカの言葉を聞いてハッとしてさ。メンバーの妹を疑ってどうするんだって、反省した。だから、その時からヤタカには頭が上がらないんだ」

「ここぞという時にリーダー顔するの、ズルいわよね」


 口では文句を言うけど……。耳が赤くなっているのは、本人に言わない方がいいか。


「その日から、ゆのに興味を持ったんだ。俺(ノア)が真後ろにいる事も知らないで、俺の動画を見たり、俺のSNSをチェックしたり。〝今日も最高にカッコよかった〟とか、コメントしてくれるし。ゆのってば、ノアのことになると、ずっとニコニコ笑っててさ。傍から見ていて、すごく可愛かったんだ」


 ファンの子って、いつもこんなに俺たちの事を気にしてくれてるんだって思ったら、嬉しかった。俺らの動画が勉強の役に立っているのも、感無量だなって。


「でも俺が話しかけたら、あんな風には笑ってくれないんだよね。一線を引かれてるっていうかさ。あくまで心を開くのは、推しのノアだけって感じで。初めて一緒に帰った時も、本当にぎこちなかったよ」

「あらら、自分に嫉妬しちゃったのね」

「うん。例え相手が自分であっても、悔しかったな。自分(ノア)に負けたくないって思った。どうしたらゆのが笑ってくれるか。俺を意識してくれるかって。

そんな事ばかり思ってた」


 だんだんと声が弾む俺に、ステラは何も言わなかった。俺に優しい眼差しを向け、口には弧を描いている。


「合宿にゆのが参加するって聞いて、楽しみだったんだ。もっと仲良くなれたらいいなって思ったよ。だけど合宿当日、ゆのが何か悩んでるって知った。どうしたの?って聞いても、相談してくれないし……頼ってくれなくて寂しかったよ。それに、ゆのがリムチ―と仲良くしてるのも嫌だった」


 自分でも驚くほど、次から次に言葉が出る。実は俺、あの時、こんな風に思っていたんだって。話すごとに、新たな自分を発見した。そして知っていく。俺がどれだけゆのを好きか、ってことを。


「それに、合宿での企画。ゆのがロマンチックなセリフを言うのも……実は嫌だった」

「ここまでくると、嫉妬の鬼ね」

「う……」


 もう認めるしかない。これが嫉妬で、これが俺なんだ。誰にも渡したくない、ゆのを独り占めしたいんだ。ごめん、ゆの。俺って、けっこう厄介な男だよ。


「合宿を通して気づいた。俺は、ゆのが好きなんだって。ゆのは俺のことを〝推しのノア〟としか思ってないかもしれないけど……。俺は、一人の女の子として、ゆのが好きなんだ」


 俺だけに笑ってほしい。リスナーに、ロマンチックなことなんて言わないで。相手が男の人だろうと、女の人だろうと、


『確かめてみて。私の瞳の中――玲くんと星空、どっちが写ってる?』


 あんなセリフ、俺以外の誰かに言わないで。それを聞くのは、俺だけがいい――


 一通り話終えると、まるで今まで息を止めていたように。「は~」と、ステラが長い息を吐き出した。すごい満足した顔をしてる。


「ノアの話を聞いてると、少女漫画を読んだ気分になれるわ」

「それ、褒めてるの?」

「ベタ褒めよ」


「でも」と、ステラ。


「ヤタカは、ゆのをメンバーに入れるだろうね」

「何としても止めたいな。骨が折れそうだけど」


「Neo‐Flashのこととなると人の話きかないからね、ヤタカは」

「ゆのも、ノアの事を引き合いに出されたら断れなさそうだし」


 するとステラが「あ」と、気まずそうに俺を見る。


「そう言えば私も、ゆのに仮ステラを頼むときに、〝ノアの私生活が見られるかもよ〟ってそそのかしちゃった」

「……はぁ」


 ため息の中に、いくつもの不安が混じる。だって心配だよ。もしもNeo‐Flashに入ったことで、ゆのに何かあったらって。動画をアップする限り、リスクは生まれ続ける。


 でも――仮ステラになってまで、合宿に参加した君のことだから。ヤタカに「メンバーになって」と押されたら、きっと頷くだろう。


「まぁ、色々心配は生まれるだろうけどさ」


 難しい顔をした俺を元気づけるよう、ステラが背中を叩く。


「同じグループなら一番近くで守ってあげられる。そうでしょ?」

「! うん、そうだね」


 同じクラスで、同じグループ。ゆのの一番近くにいるのは、確かに俺だ。


「どんなことからも守って見せるよ。ゆのには、いつも笑顔でいてほしいから」


 一気に強気になった俺を見て、「よし!」と気合を入れた後。ステラは拳を作った手を、空へ突き上げる。


「恋する少年、ファイト―!」

「だから、からかわないでよ……」


 俺を面白がるその横顔は、やっぱり少しだけゆのに似ていて――さっき別れたばかりなのに、もう会いたい衝動に駆られながら。俺もステラと笑い合った。


*ノア/玲*end

 

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