第14話 失恋?

「な、なんでだよ……一時間かけて捻ったのに!」

「あの時間、動画の編集をしてたんじゃないの?」


「編集しながら、必死に捻ったんだよ!」

「リスナーの皆~。二つのことを求めて結局どちらも得られない事を〝二兎を追う者は一兎をも得ず〟って言うからね。覚えておいてね」


「さすがステラ、国語担当の鏡じゃん~」

「勉強動画に切り替えるなー!」


 玲くんにも「今の最高」と満面の笑みで褒められ、思わず顔がにやける。よかった。上手く言えたって思ってたんだ! そして一通り笑った玲くんが「俺の番だね」と、カメラの前に進んだ。


「最後はノアでしめてもらうよ~」

「俺をバカにした分、良いセリフを言うんだろうなぁ。リスナーの皆!よーく聞いて、正直な評価をしてやってくれよ!」

「ちょっと、面倒な前振りやめてよ」


 ノアがカメラの前に立つ。スッと浅く息を吸い――私を見つめた。


「〝今日の星を見られるのは、今日限りだけど。君だけは、今日限りなんて言わないで、明日も一年後も、その先も。変わらず俺の隣にいてほしい〟」

「っ!」


 ぶわっ、と、全身の鳥肌が立つ。おさまらないドキドキが、全身を駆け回る。これ……本当に、どうしようもなくドキドキする。ロマンチックの供給過多だよ!


「……って感じなんだけど、どうかな」

「いや、どうかなって……。星空〝そっちのけ〟じゃねーか!」


「でもヤタカ残念。リスナーは大興奮だよ~」

「なんでだよ!(笑)」


 手を叩いて笑うヤタカの横で、ノアがエンドトークを始める。


「っていう感じで、笑いにも感動にも使えるお題だから、皆もやってみてね」

「夜、野外でする時は親同伴だからな?」


「夜と仮定して、お昼休みにやっても面白そうだよね」

「雨上がりの虹の下で胸キュンするセリフ、ってお題も面白そうじゃない⁉」


「それいいね~」と皆でいくつかお題を出した後。それぞれ挨拶をして、配信は終了した。ヤタカは機材を仕舞いながら「無事に済んだなー」と嬉しそうだ。


「っていうか。俺とヤタカがいない時、二人でセリフの練習してたんだよね? その成果がアレ?」

「なんかマズイ?」


 素に戻ったリムチ―に、玲くんが尋ねる。


「マズイっていうか〝今この場で思いつきました〟みたいに見えたんだよね」


 うわ、さすがリムチ―。鋭い!


 私は、直前で「お姉ちゃんに対して」寄せたセリフを言った。そして、玲くんも。練習した時とは、違うセリフを言った。


『〝今日の星を見られるのは、今日限りだけど。君だけは、今日限りなんて言わないで、明日も一年後も、その先も。変わらず俺の隣にいてほしい〟』


 玲くん、どうしてセリフを変えたんだろう。しかもあの時、私と目が合った気がしたけど……ううん。気のせいだよね。っていうか、セリフの中の「君」って誰なんだろう。リスナーの子を思って言ったのかな? それとも――


「――の、ゆの」

「え?」


「叔母さんが、温かいスープ作ってくれてるんだって。中に入ろう」

「……うん」


 小さな声で、私の本当の名前を呼んでくれる玲くん。彼の背後には瞬く星たちが散りばめられていて、どこを切りとってもキレイ。最高の瞬間だ。どんな一分一秒も、目に写った瞬間、宝物になっていく。


「合宿に来られて良かったなぁ」

「俺も同じこと考えてた。叔母さんとヤタカには感謝だね」

「うんっ」


 二人で中に入る。そして美味しいスープを飲んだ。その時、玲くんに「服を洗って返したい」って言ったけど、「寝る服がなくなっちゃうから」と言われてしまい……。急いで脱ぐため、別室に移動した。大丈夫かな? 汗の匂いしないよね⁉ 


 慌てて脱いでいると、ゴトッとスマホが床に落下してしまう。「わぁ!」急いで画面を見ると、セーフ。液晶は無事だ。


「そう言えば、お姉ちゃんから返事きたかな?」


 実は、自分のセリフを言い終わった後。


【何かあった?いつでも悩みを聞くからね】と、お姉ちゃんに打った。


 でも……返事が来ない。既読はついているのに返事がないのは、初めてのパターンだよ。返事がなくてもどかしいけど……現在、夜の十時。寝落ちした可能性もあるよね?


「明日になったら、きっと返事が来てるよ」


 だから不安にならなくて大丈夫! って自分に言い聞かせて、その夜は寝たんだけど……。翌朝になっても、お姉ちゃんからの返事はなかった。



 そして――二泊三日のお泊り合宿が終わり、家に帰った。


 お父さんお母さんは、仕事で不在。今の内に、合宿のことをお姉ちゃんに話そう。結局、お姉ちゃんから返事は来ないまま。翌朝も返事がなかったから心配してお母さんにメールしたら、「ゆのなら家にいるわよ」だって。返事するのを忘れてただけかな? 心配したけど、お姉ちゃんが無事なら良かった!


「お姉ちゃん、ただいまー……あれ?」


 玄関を開けても、誰もいない。おかしいなと小首をかしげていると、玲くんからメールが届く。


「さっそくメールしてくれるなんて、嬉しいなぁ。さっき勇気を出して良かった!」


 実は、帰りの電車で連絡先を交換したの。本当にメールが来るなんて、夢みたい! 天にも昇る気持ちで開封する。すると、目に飛び込んだのは――


【今ステラと一緒にいる。だから、家にいなくても心配しないでね】


「え……」


 何度も目を瞬かせても、送信元は「玲くん」。さっきまで、私と一緒にいた人。え、なんで? どういうこと? なんで玲くんが、お姉ちゃんと一緒にいるの?


「合宿が終わった瞬間に、二人きりで会う……なんて」


 胸のなかに、どんよりした暗雲が立ち込める。ずっと頭にあった「嫌な想像」が、急に現実味を増した。


「お姉ちゃんが玲くんにだけ相談したり、二人きりで会ったり。

 やっぱり、あの二人は付き合ってるんだ……」


 何度も「二人は付き合ってるんじゃないか」って想像した。でも、その答えを見つけたくなくて。浮かんだ疑問に、すぐ蓋をしていた。思えば、逃げていたんだ。二人が付き合っていることを、認めたくないから。


「もし、玲くんとお姉ちゃんが付き合っていたら……玲くんは、お姉ちゃんの彼氏ってことだよね?」


 玄関に立ったまま、動けない。むしろ足の力が抜け、その場に崩れ落ちた。


「玲くん……っ」


 もう一度、スマホを見る。だけど何度も見ても、さっき見た文章は変わらない。二人の仲を決定づける、決定的な証拠だ。


「~っ」


 こみあげた熱いものが、零れ落ちそうになる。だけど急いで上を向き、涙をのんだ。


「……なーんてね! 仮ステラが終わったんだもん。二人がどういう関係だろうが、私には関係ないよ。だって私、もう一般人に戻ったんだよ? 玲くんは雲の上の人だし、ノアとステラ。同じグループ同士、釣り合うし、お似合いだよ!」


 玲くんとメールのやり取りをしているだけ、奇跡だよ! 本当なら、席が前後のクラスメイトって関係だけだったし。仮ステラになれて、合宿に参加できて、充分すぎるくらい。だから――


「ぜんぶ良い思い出だったな。合宿、最高に楽しかった!」


 足に力を入れ、自分の部屋を目指す。でも……自分の家なのに、なんか歩きずらい。ぐにゃぐにゃ視界が曲がってる。


「……あっ」


 上手く歩けない原因は、目に溜まった涙だと気づく。しかも自覚してからは、もっともっと涙が出ちゃって……。こらえきれなくなり、まるで滝のようにポロポロ零れ続けた。


「やだ、やだよ。私、もっと玲くんのそばにいたい……っ」


 言葉にして、ハッと気づいた。


 私……玲くんと一緒にいたいんだ。


 いくつもの玲くんの優しさに触れ、色々な表情を見て……どんどん魅了された。気づかない間に、自分の気持ちが変化していたんだ。ノアっていう推しから、玲くんっていう好きな人へ、いつの間にか変わっていたんだ。


『〝今日の星を見られるのは、今日限りだけど。君だけは、今日限りなんて言わないで、明日も一年後も、その先も。変わらず俺の隣にいてほしい〟』


 あの時……「君」が私の事だったらいいのにって。胸の片隅で、そう願っちゃってた。


「そっか私……玲くんのこと、好きなんだ」


 やっと自分の気持ちを知った。止められないくらい玲くんが好きって自覚した。でも……この恋は叶わない。だって玲くんとお姉ちゃんは付き合っているから。


 その証拠に、今二人きりで会っている。合宿が終わって疲れているはずなのに。それでも玲くんは、お姉ちゃんと――


「……やめよう。嫉妬なんて、したくない」


 このドロドロした気持ちは、自分の胸の内だけに留める。外へは出さない。お姉ちゃんには言わない。玲くんを好きなこと、友達のまーちゃんにも、誰にも話さない。


「お姉ちゃん、もしかして合宿前に玲くんとケンカしたから、行きたくなかったとか?って、さすがにそんなワケないか」


 アハハ――かすれた声が部屋に響く。あぁ……ダメ、ダメ。こんな情けない自分の声を聞いたら……坂道を転がるように、悲しさが一気に押し寄せて来る。すごい勢いで、失恋の痛みがせりあがって来る。やだ、止まれ。止まれ!!


――だけど。楽しかった玲くんとの思い出がまぶしすぎて。昨日までの思い出が愛し過ぎて……我慢するのは、無理だった。


「うぅ……っ」


 身を切られる思いに、立ち続けていられない。ドサリと荷物を降ろし、ベッドで泣き崩れた。


「うわぁぁ……っ!」


 恋を自覚した日に、失恋した。しかも好きな人の彼女は、私のお姉ちゃん。そんな悲しい偶然が、存在するなんて――


 ピコン


 スマホにメールが届く。いつまでも泣き続ける私に、まるで開封されるのを待っているかのように。スマホのライトが、いつまでもチカチカ点灯した。

 

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