「あの」なんでも屋

解月冴

ひとり目

御依頼

カランカラカラカラン。

入り組んだ路地裏にひっそりとあるにしては派手なドアベルの音。

蝋燭の灯された暗い店内。

ギギィ………バタン、と閉まるドアの音は、不明瞭な不安感を湧き上がらせる。

暗い店内の奥、店とは対象的にカウンターが輝いている。その中には、歯車のモノクルに絵本の魔女のような出立ちをした人物がいた。

その人物がこちらに気がついて顔を上げる。

「やあ、いらっしゃい」

怪しげに嗤い言うその声は、年若い青年、30〜40歳辺りの女性……いや私の姉と同じ年頃か。

いや、それより。

「本当に存在したのか………」

「おや?僕の存在を疑うとは…………」

カウンターから出てきたその人物は、私の呟きに不思議そうな声を上げる。

「……たかが伝説、作り話だと思っていた」

少し決まりが悪くなり、思わず顔を顰め視線を逸らしてしまう。

「そうかそうかぁ〜そんな嘘か真か分からぬような話を頼りに来たということは、余程困っているとみえる」

そう言って奴はビシッとこちらを指す。

「まあ、相談事に立ち話は宜しくない。こっちにおいで」

奴はこちらの返答を待たずに手招きをして、カウンター横の廊下──奥にうっすらと階段のようなものが見える──を挟んだ先の光の漏れ出る方へ消えていく。

恐らくそこに空間があるのだろう。

所狭しと並べられたよく分からないものを引っ掛けてしまわないよう慎重に隙間を縫っていき、奴が消えていった方へと向かう。

「遅かったね……あぁ、そうか、物が多いから来るのが大変だったのか。すまんね、昨日たまたま良いものに沢山出会えたもので急に増えてしまったんだよ。まあ、座って」

奥の壁側にあるソファにゆったりと座る奴には隙が無く、若干の恐怖を覚える。

促されるまま手前のソファに座り、長机を挟んで奴と対面する形になった。

「それにしてもあれだな、招かれるまで入り口で待っているとは。随分と古めかしい礼儀を教わっているようだの」

奴は呆れたような口調で言う。

「屋敷の主人に許可を得るまでは入ってはならないと教わったものでな」

古めかしいと言われたことに若干腹が立つ。

「そこまでお堅い礼儀作法を重んじるということは……アーゼンハイドの者か」

少し視線をずらし考えた後、こちらを見てまた嗤いながら言った。

「………!」

「当たりだな」

奴は笑みを深めて言う。

「あ〜待て待て、なにも害を与えようという気は微塵も無い。だから剣から手を離してくれないか」

奴は少し後ろに仰け反り、降参とでも言うように両手を頭の辺りに掲げた。

「警戒心があるのは良いことだが、お仲間にまで託すとはなかなかの警戒っぷりだの」

私が剣から手を離すと、奴は手を降ろしつつ言った。

「………っ。気づいていたのか」

王都でも最高級の魔道具師が作った、高性能な隠匿性を持っている物だというのに。

「当たり前だ。お主自身と、剣にも付けているな?お主に何かあれば即座にお仲間が持つ発信機に連絡が行く仕様だろう。その剣はなかなか良い品質をしておるからの。大抵の奴ならばお主を害しその剣を持って逃走するだろう。犯人を追いやすくする為に剣にも付けたといったところかの」

………全て見抜かれている。発信機があることも、それが相互に作用する物だということも、私自身と剣、それぞれに付けている訳も……。

「それじゃあ、本題をお聞かせ願おうか?」

思わず眉間に力が入り下を向いてしまう私をよそに、そんなことはどうでもいいと奴は突然話題を変えた。

怪しく嗤う奴は、とても伝説にあるような「人類の味方」には見えない。

だが物は試しだ。先程の発信機のことも今まで相談してきた者達は気づきもしなかった。

無いと思っていたものがあるならば、今の私はそれに縋るしか無い。

「…………姉が、行方不明なんだ」

「ほう?」

「探して欲しい、頼む」

目の前の奴が相手なのは癪だが、頭を下げた。何か頼み事をする時は頭を下げろ、礼を尽くせと教わってきたから。

「………いいだろう。詳しい情報を寄越せ」

少しの沈黙の後、肯定の返事が返ってきて安堵する。緊張が幾らか解れた気がする。

「情報ってのは……」

「名前、性別、年齢、外見、性格、行方不明になった日時、状況、思い当たる原因、それに関係する者……とにかくなんでもだ」

こちらから少し視線を外し、指を折りつつ情報の内容を並べていく。

先程の怪しげに嗤っていたときとは変わり真剣な表情で言われ、何処となく圧を感じる。

「姉の名前は、スティリア・アーゼンハイド。性別は言うまでもないが女性だ。年齢は25、身長は私の肩の辺りで、華奢な体をしている。髪色は濃紺、瞳はガーネットに似た赤い瞳をしている」

じっと聞いていた奴の表情が、瞳の色の話をした一瞬、揺らいだような気がした。

「いつも笑顔で、優しい顔つきをしている。性格は温厚でとても優しい。人間に対してだけでなく、動植物に対しても慈しみを持って接していた。行方不明になったのは……いつか分からない。私に行方不明になったと連絡が来たのは2月ほど前だが、それ以前から連絡がつかなくなっていたとは、姉の友人から聞いている。だから、行方不明になったときの状況も良く分からない。原因も………姉はとにかく優しい性格だったから、誰かに恨まれるようなことをする人じゃないはずだ。だから分からない。関係者は……私に連絡をしてきたのは、父のシュベルト・アーゼンハイドで、姉とよく文通をしていて、以前から連絡がつかなくなっていたと言っていた姉の友人は、ユーメリア・ドゥービット様です。後は……弟である私、ロベルト・アーゼンハイド」

取り敢えず奴に言われた情報の項目を全て並べてみたが……こうして改めて整理すると、己の不甲斐なさが露呈するようで居た堪れない。

「ふむ…………僕の記憶だとドゥービットとアーゼンハイドは代々親交が深かったと思うが」

「ああ。姉の友人は他にもいるが、幼い頃から親交のあるユーメリア嬢とは特に仲が良かったと両親からも聞いている」

私は騎士団の寮にいることの方が圧倒的に多いため殆どが伝聞にはなってしまうが、姉からも同じようなことを聞いている。

「分かった。こちらでも情報は精査する。君が知りえなかった情報もこちらで集めておこう。進展があれば都度連絡する。今日は帰ってもらって結構だ」

奴は未だ何かを考え込んだ様子のまま、必要事項だけを伝えるように淡々とそう言った。

「連絡って……どうやって」

「来れば分かる」

「いや、」

「帰って結構だ」

「……分かりました。よろしくお願いします」

有無を言わさず帰そうとするので、諦めて大人しく帰ることにした。

礼を尽くせ。

忘れずに頭を下げて、来たときと同じように物の隙間を縫って出口まで行く。

ドアの前でもう一度礼をして店を出た。

ずっと薄暗い店内にいたせいで外の太陽の光が眩しく感じた。

「今度こそ、見つかるといいな……」

首に掛け肌身離さず持っている家族写真の入ったペンダントを開く。

「姉さん」

必要のなくなった発信機を回収しに、騎士団の寮へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る