真面目で優等生な委員長は、やっぱり一人の女の子でした

東霊ハジメ

第1章

第1話 委員長に選ばれた君と俺

 誰が委員長になるかは、神様だけが知っていた。

 

「えーっ、今年の委員長は……」


 抽選の結果が今、発表されようとしていた。ある者は胸の前で両手を組み、また別の者は目を閉じながら両手を合わせる。おそらく、男子全員が心の中で祈っているだろう。もちろん俺も同様だ。

 

 どうか……。神様、どうか、俺のことを委員長に……。


 選ばないでくださいっ!


「はいっ、七篠ななしの!」


 俺じゃねぇかっ⁉


「しゃあっ、七篠サイコーっ!」

「かっくいーっ!」

「俺もなりたかったんだけどなー。あーくやしー」


 俺を生贄に捧げ、平穏を勝ち取ったやつらの声が次々に湧きあがる。明らかに安堵の雰囲気が教室に満ち満ちていた。もちろん、俺以外の男子から発せられた、委員長に選ばれなかったことに対する安堵である。おのれ。俺もそっち側にいる予定だったのに。


 本日は4月9日、2年生に進級してから2日目である。そしてこの時間は、毎年恒例の所属委員会決定のために使われていた。


 高校生活も2年目となり、つつがなく進行されると思われていたそれは、しかし早々に停滞した。学級委員長に立候補する男子が誰もいなかったのである。全く情けない人たちだ。まぁ、俺も当然立候補してないんだけど。


 そういうわけで、委員長決めは泥沼の戦いになった。初めに他薦が行われたが、やり玉に挙げられた人が他の人を巻き込み、それが繰り返されることで秩序が崩壊。結局、痺れを切らした担任の先生による鶴の一声によって、くじ引きで当たった人が委員長になることになった。


 そして結果はこのざまだ。このクラスにいる男子19人の内、ピンポイントに俺が当選した。どうして当たっちゃうかねぇ……。


 まぁ、過ぎたことは仕方がない。どうせ任期は半年だ。いい経験になると思って割り切ろう。

 気持ちを切り替えて立ち上がり教壇に向かう。栄えある委員長に当選したからな。みんなの前で意気込みを語らなくてはならない。


 教壇の逆サイドには、早々に決まっていた女子の委員長が立っていた。どっちが先に意気込みを述べるか、という疑問をアイコンタクトで投げかける。彼女は右手で俺を指した。おそらく俺からでいいってことだろう。正直助かる。


「えーっ、七篠優太ななしのゆうたです」


 マイクなんて教室にないから、地声を張り上げながら挨拶をする。俺の知り合いの大半は、俺のことをニヤニヤと見つめていた。俺はあんまりこういう役職につかないタイプだから、さまになっていないのかもしれない。


「クラスをよりよいものにするために立候補しました」

「嘘つくなー」


 俺の冗談で何人かが吹き出した。まだはっきりとは分からないけれど、クラスの雰囲気は温かそうだ。しかも、ふざけたら合いの手を入れてくれる友達もちゃんといる。うん、何とかなりそうだな。


「まぁ、選ばれたからにはきちんと仕事をこなします。半年よろしくお願いします」


 無難に挨拶を締めくくる。同時に拍手が沸き上がった。クラスの生徒の半分くらいはほとんど接点のない人たちだけど、委員長としての心配はそこまでしなくてよさそうである。それに、相方の委員長はかなり頼りになりそうだからな。


 ちらりと横に立っている委員長を見る。彼女は俺の視線に気づかないまま、拍手が終わった頃合いを見て挨拶を始めた。


「この度委員長を務めさせていただきます、弥生美月やよいみつきです」


 凛とした声が教室に響き渡る。美しい容姿に見合ったその声は、教室中の注目を集めるのに十分だった。


 弥生美月。同級生の中で彼女の名を知らぬものはいないと言っても過言でないほど、この学校では有名な存在だった。抜群のプロポーションに、思わず気圧されるほど端麗な顔つきの持ち主。


 そして当然のように文武両道である。バレー部では長身と確かな技術を持って一年時からレギュラーを張り、北信越大会での上位入賞に貢献したようだ。さらに勉強面では常に成績上位を維持し、テストの順位表で10位以内から落ちたのを見たことがない。さらにさらにリーダーシップあり、芸術面での実績もあり、彼女の伝説はエトセトラ。まぁ、月並みに言うところの超人である。


 俺は弥生さんのことをよく知らなかった。しかし、なんとなく彼女の後に挨拶をするのは荷が重そうだったから、ありがたく先にしゃべらせてもらったのだ。そしてその予感は正しかったと実感する。


 彼女の意気込み発表は、おそらく特に捻ったことを言ってなかった。だが、俺は強気そうな彼女の横顔を眺めながら聞き入っていた。雑談が耳に入ってこなかったし、たぶん教室の生徒の大半も俺と同じように聞いていたのだろう。これがカリスマってやつなのかもしれない。


 弥生さんは無駄なく挨拶を締めくくった。拍手は当然のように力強く鳴り響く。


「すげぇ……」

「これが弥生さん」

「七篠とは格が違う」


 思わず漏れ出たかのような声に、俺は心底同意した。これが選ばれし人間の姿なのかねぇ……。いや待て。格が違うって言ったやつは誰だ。絶対俺を小ばかにする必要なかっただろ。


 しかし、俺の密かな犯人捜しは先生の発言によって打ち切られた。委員長の初めの仕事として所属委員会決めを進行しなさいとのことだ。仕方がない。さっさと進めるか。


 こうやって、俺の2年生は開始早々予定外の事態が発生した。正直、弥生さんと関わりが生まれるなんて想像もしてなかったのだ。


 俺は弥生さんのことを、なんとなく自分より一段上で生きているような存在だと感じていた。誰が言ったわけでもないけど、見えない壁みたいなものを感じていた。いわゆる学内カーストというものか。そして、俺の知り合いに彼女の友達がいないのも相まって、同じクラスであったとしても関わらないだろうと予感していたのだ。


 しかし、そんな予感は早々に打ち砕かれた。幸か不幸か。今はまだわからないが、とりあえず、委員長という任された仕事は全力で取り組もう。


 ちなみにクラスの委員会決めだが、当然弥生さんの力もあって一瞬でまとまった。さすがだ。



◇◆◇◆◇



『ふーん、落ちたんだ』


 目の前にあったケーキのお皿が、ザリザリとテーブルの反対側へ運ばれる。それはお母さんの手によって持ち上げられ、台所へと連れていかれた。


『じゃあ、仕方ないか』


 シンクの上でお皿がひっくり返される。ケーキは重力に引っ張られ、私の視界から外れた。どしゃっと鈍い音が耳に届く。座ったままだと何が起こったか見えないけれど、想像するのは簡単だった。


『お兄ちゃんは選ばれたのに』


 手が震える。吐き気がする。今すぐここから逃げ出したいのに、体が椅子に張り付けられたみたいに動かなかった。


『弥生さん……』


 いつの間にか、私の周りにクラスメートがいた。みんな私を哀れそうな目で見ている。


『そんなこともできないんだ』

『がっかり』

『何もできない弥生さんに価値ないよ』

『思ってた人と違ったなぁ』


 落胆の言葉を吐きながら、徐々に私に迫ってくる。嫌だ。やめて。ここから逃げ出したい。早く。早く。早くっ!


「あ”あ”っ」


 気が付くと見慣れた部屋にいた。私の部屋だ。ということは、さっきのは夢だったんだ。


「はぁ」


 ため息が漏れ出る。ここ半年、こんな感じの夢を見ることが何度もあった。


 去年の10月、私は生徒会選挙に立候補して、落選した。初めての経験だった。今まで委員長にも、部長にも、生徒会役員にも落選したことがなかったから。


 ついにやってしまった、というのが正直な気持ちだった。私はお兄ちゃんと比べて不出来だ。そんなことは昔からわかっている。でも、お母さんに認められたくて、何とか頑張ってきた。


 生徒会に落選した日。テーブルにケーキを置いて準備していたお母さんは、私の目の前でケーキを捨てた。その時の光景が頭から消えない。いつ見捨てられるんじゃないかと不安で仕方がない。


 嫌な夢を振り払いたくて、布団を両手で強く握りしめる。でも、そんなことをしただけで振り払うことなんかできなかった。


 怖い。私が失敗したとき、誰も側にいてくれなくなるんじゃないか。そう思うと、怖い。

 

 失望されるのが嫌。見放されるのが嫌。だから私は、私を取り繕い続ける。


***



お手に取っていただき誠にありがとうございます。

拙作ですが、お楽しみいただけたら幸いです。

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