拠り所

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拠り所

 ちょっとやそっとバイトに行っただけなのに、こんなにも耐えられないものか。タイムカードを切るや否やコンビニに駆け込んで、安い焼酎を買った。

 買ってすぐ浴びるように飲んで、口から溢れてるのも一切気にしなかった。改札にピタパを通した時にはもう飲み干してしまっていた。でも大丈夫、もう一本同じのがある。

 電車の中で酒を飲むのも迷惑な話だろうが、大阪やし、もう午後九時やし、ええやろ、みたいな。

 ザ・トレイン・イズ・バウンド・フォア、なんちゃら。

「なかもず行き、すぐの発車です」

 梅田だから電車のドアが開くと大量に人が降りてくる。ホームドアの前にそれぞれ五人ずつぐらい並んでいたのが、それと引き換えに吸い込まれていく。

 目の前のサラリーマンは、電車から降りてきたハイヒールの女性に足を踏まれたみたいだ。一瞬私が睨まれた気がしたが、その視線はすぐに私の後ろの方に、もっと言うと階段の方を恨むかのように見つめていた。もう該当の女性はどこかへ消えただろう。

 電車の中は、朝より人が少ない。これぐらいなら居心地がいい。

 とはいえ朝の満員電車というのも存外楽しいものだ。何百人が同じ列車に乗っていようとも、私のことを知っている人はほとんどいない。楽観の極地だ。

 帰路はというと、最寄りに近づくにつれて人が減ってゆく。そうなると、みんな私を知っていて、監視してきているような気さえ起こる。

 まあ今はアルコールでそんなこと考えてる余裕なんかないけど。

 長居に着いたから降りようとしたら、後ろからパーカーを着た男性に声をかけられた。

「あの、落としましたよ」

 精一杯その人の顔を見ないように努力した。定期券を受け取った。

 閉まるドアギリギリで降車した。プワン、という発車の音が私のことを怒っているみたいだった。

 改札を抜けてバスに乗り換えよう。もう足が疲れたんだ。家までは徒歩二十分。バスならなんと、五分。今日は家の前まで運んでもらおう。

 バス停にはバスがもう停まっていた。ちょっと小走りで乗り込む。中に人はいなかった。珍しいな。私ひとりか。いつもならこの時間でも席の半分は埋まっているんだけれども。

 そう思って一人席に腰掛けると、何かが足元をチョロチョロしている気がする。ゴキブリだ。ゴキブリが、二匹、三匹? 一匹ではない、私の靴の周りを触覚で探っていた。

 そうか、ついに幻覚でも見始めたのか。そう思ったあたりでバスは発車した。

 なんだか今日はやけに暗い。外の明かりってこんなに少なかったっけ。ゴキブリに尋ねても分からないか。

 お前達は、なんだ、そうか、バス停のマンホールから来たのか。あの辺はそうだよな、いっぱい餌ありそうだよな。

 バスの中で電気か空調かがジージー鳴ってる気がする。

 床から窓に視線を移すと、何故かバスは木々の中を走っているようだった。あれ、私は、一体どこへ来てしまったのだろう。月の光も見えない。

 長居公園の中を走っているんだろうか。それにしても見覚えがない。人もいない。街灯もない。道もない。車内が揺れている。私はさっきから頭が揺れている。

 五分ぐらい揺られるとバスが停まって、ピーって音がして降りるように促された。なんかゴキブリたちも降りていったからついて行くことにした。

 あれ? 君達何匹かいたけど、一匹に減ってない? 私が可笑しいんだろうか。 

 あ、ここに喫煙所がある。

 それ以外何もない、真っ暗闇。

 ああ、ここで死ねってことか。

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