第1話


 数十年前、東京のど真ん中に、異世界と繋がる“謎の穴”が突如として出現した。


 自衛隊の調査によって、その穴は異世界と繋がっている「次元の裂け目」であることが判明。中には「モンスター」と呼ばれる異形の存在が跋扈していた。


 彼らを倒すことで、地球では見つからない特殊な鉱石や資源が手に入ることが分かった。それらの資源を活用することで日本の経済は大きく飛躍し、暮らしは劇的に変化、やがて日本は世界有数の豊かな国となっていった。


 だが、その資源を巡って他国の警戒と対立が深まり、ついには“世界を跨ぐ戦争”へと発展する。


 戦争は講和によって終わったものの、日本は大きな爪痕を残すことになった。


 政府はこの反省を踏まえ、「ダンジョンの国家管理」を放棄し、民間企業に委託する方針を打ち出した。


 その結果、ダンジョンは一般にも開放され、民間企業に雇われた“冒険者”たちがレア資源を求めてモンスター討伐に挑む時代が始まった。


 ――そして数年後。


 インターネットの発達により、顔も知らない人たちと簡単に繋がれる現代。


 そんな中、「ダンジョン攻略の様子を配信して稼ぐ」いわゆる“ダンジョン配信者”という職業が注目を集めるようになる。


 今では誰もがバズりを狙って、ダンジョンに潜り、配信に勤しむ毎日。


 そんな中、私は――


 ⸻


『こんにちは! 今日は頑張って10階層まで下ってみようと思います! みんな応援しててね!』


 ・こんちは〜

 ・あいりちゃん今日もかわいい!

 ・10階層……聞いたことある……そこは強いモンスターの巣窟だって……

 ・今日こそ頑張って!


 私はスマホ越しに、ダンジョン配信者『竜胆あいりちゃん』の配信を眺めていた。


 画面には、小柄で元気いっぱいな女の子が映っている。


 薄紫色のツインテールに、動きやすさを重視したピンクのスカートタイプの衣装。手には小さなナイフを握りしめ、カメラ越しに満面の笑みを浮かべていた。


 私はスマホに「頑張って」と一言だけ打ち込む。


「やっぱり、あいりちゃんは可愛いなぁ……!」


 その声が、誰もいないダンジョンの広い空間に反響した。


 ここはダンジョン40階層。モンスターも冒険者もおらず、私が見つけたダンジョン内の“セーフティポイント”。


 私の名前は――杉浦ひかり。

 今では珍しくなった、“配信をしない冒険者”だ。


 そして、ダンジョンの最奥を一人で目指す“ソロ冒険者”でもある。


 ダンジョンでは、通常パーティを組んで攻略するのが基本だ。


 モンスターに襲われて怪我をしたり、最悪の場合は命を落とす危険が常に付きまとう。


 保険制度こそ存在するが、あくまで基本は“自己責任”。


 だからこそ、誰かが怪我をすれば仲間が救護し、もしものときは死亡報告をする。

 それがパーティで潜る意味でもある。


 でも、私のようにソロで潜っている冒険者は稀だ。

 上層で弱いモンスター相手に稼いでる人はまだいるが、40階層まで来る者は、私ぐらいだろう。


 ――なぜ私がソロで潜っているのか?


 理由は単純明快。


 私はコミュ障だからだ。


 人と話すのが苦手だし、連携とか絶対無理。

 だったら最初から一人で潜った方が気楽だし、迷惑もかけない。


 だからこそ、ダンジョンの知識を徹底的に叩き込み、戦闘の特訓も積んできた。


 その成果もあって、今では下層階層をソロで攻略できるほどにはなった。


 そんな私が、なぜそこまでしてダンジョンに潜るのか。


 理由は一つ――お金だ。


 一人きりの家族である妹が、病に倒れて入退院を繰り返している。


 福祉制度や支援もあるにはあるが、それもいつまで続くか分からない。

 それに私自身、高校生なので学費も自分で稼がなきゃいけない。


 両親は、私たち姉妹が幼い頃に蒸発。頼れる親戚もいない。


 そんな状況で、稼ぎのいいダンジョン攻略を選んだのだ。


 ……そして今、私の唯一の趣味は――


「ダンジョン配信者・竜胆あいりちゃんの配信を見ること」だ。


 可愛らしい女の子が、一人で必死にダンジョンを攻略している姿に心を打たれた。

 同じソロ冒険者ということもあり、勝手に親近感を抱いてしまっている。


「よし、今日も稼げたし、帰ろっかな」


 配信が終わり、スマホをポケットにしまって帰り支度を始める。


 結局、今日のあいりちゃんは5階層までしか潜れなかった。


 5階層からはパーティ推奨の危険エリア。

 ソロでは厳しいのも無理はない。


「でも……頑張ってほしいなぁ」


 私もソロだからこそ、余計に応援したくなる。


 彼女が苦労しながら攻略している姿を見ていると、まるで昔の自分を見ているようで……。


「私も、学校も、推し活も、ダンジョン攻略も、頑張らなきゃね……!」


 そんなことを考えながら、帰路を急いでいたその時だった。


 3階層付近――もう遅い時間で、他の冒険者の姿もない。


 私一人だけのはずのダンジョンで――


「だ、誰か……!」


 助けを求める少女の声が響いた。


「――っ!」


 私は即座に“ギフト”を発動させる。

 それは、冒険者登録の際に与えられる、特殊な異能力。


 ギフトで身体能力を強化し、声の方向へ駆け出す。


 声の反響から、そこまで離れていないはず。

 数分足らずで、声の主に辿り着く。


 薄暗がりの中――モンスターに襲われている人影を確認。


 私は迷わず、腰の双剣を抜き、モンスターに肉薄する。


「ギッ!?」


 ハッキリと確認する。相手は――ゴブリン。

 しかも5体。


 5階層に生息する凶悪な集団型モンスター。


 緑色の小さな体だが、知能が高く、集団で人間を襲い、殺し、奪う――

 時には尊厳すらも踏みにじる、忌まわしき存在。


 一体だけなら弱い。

 だが、集団になると脅威が跳ね上がる。


 ――だが、奇襲なら話は別。


 私は闇討ちで1体の頭を跳ね飛ばし、

 その勢いで2体目の腹を切り裂いた。


 連携を崩されたゴブリンたちは混乱し、各個撃破に持ち込む。


 5分もかからず、殲滅。


「……なぜ、5階層のモンスターが3階層に?」


 通常、モンスターは階層を“降りる”ことはあっても、“登る”ことはない。


 これは異常事態だ。


 私は警戒しながら、襲われていた少女の方へと視線を向ける。


「あ、あの……!」


 その姿を確認した瞬間――私は目を疑った。


 ボロボロになった装備のその少女は――


 竜胆あいりちゃんだった。


「まさか……どうしてここに?」


 配信は終わって、すぐに帰ったはずでは?


 疑問が浮かびつつも、彼女は深々と頭を下げて言った。


「ありがとうございます! 助けてくれて!」


「ううん、大丈夫。冒険者は助け合いが基本だからね」


 そのとき――


 背後に殺気を感じ、短刀を抜き、ノールックで飛んできた矢を弾き落とす。


 まだ残党がいたか……。


 私はすぐさま使い捨ての短刀を投げる。


「ギギッ!?」


 矢を放った影から、ゴブリンの死体が倒れ、鉱石を落として消滅した。


「……じゃあ、私は帰るけど。君はどうする? 一緒に帰る?」


「は、はい! よ、よろしくお願いします!」


 こうして、私とあいりちゃんは、二人でダンジョンを脱出することになった――。


「はい、本日の鉱石の確認が完了しました。こちらが今回の報酬になります」


 ダンジョンはエンタメ事業として民間に公開されているため、夜遅くでも受付で鉱石の換金が可能だ。


 受付にいたのは、やたら胸の大きい金髪の美人なお姉さん。

 私は彼女から現金を受け取り、換金所を後にした。


 建物を出ると、そこには――


「……あれ? もう帰ったと思ったのに」


 あいりちゃんが、私を待っていた。


「どうしたの? もう遅いから、早く帰ったほうがいいよ?」


「は、はい。そうですよね……」


 そう答えながらも、あいりちゃんは私の横をチラチラ見つつ、ついてくる。


 ……なんだろう、推しが目の前にいるのに、私は無理に知らないふりをしていて、端から見たら完全に挙動不審だ。


 気をつけねば……!


「あ、あのっ! お名前、教えてくれませんか?」


「……ああ、そういえば自己紹介してなかったね。

 私は杉浦ひかり。見ての通り、ただの冒険者だよ」


「ひかりさん……。今日は本当にありがとうございました! 助けていただいて……!」


「いや、お礼はもうもらったし、それに冒険者は助け合いが基本だから。

 自己責任って言っても、見捨てたら夢見が悪いしね」


「ふふっ、そうですね。……でも、さっきのひかりさん、すっごくカッコよかったです!

 こう、カキーンってやって、ズバーンってモンスター倒してて!

 もしかして……配信とか、されてるんですか?」


「あはは……ありがとう。でも、してないよ」


 配信は見る専門。

 私が表に出るなんて、考えただけでも無理。


「もったいないです! あの強さなら、すぐバズりますって!」


「いや、私は目立ちたくないんだよね……」


「え〜!? でもすごく綺麗な顔で、あんなに強いのに!」


 き、綺麗な顔……!?


 な、なに言ってるんだこの子!? 推しにそんなこと言われたら、どうしたらいいの!? 


 私は昔、小さな子をあやそうとしたら「顔が怖い」って泣かれたことがあるくらい、自分の顔に自信がない。


 そんな私に綺麗って……どういう感性!?


「そ、そうだ! よかったら連絡先、交換しませんか!?

 それと……私、配信者でいろいろ活動してるんです。もしよかったら、チャンネルに出てくれたら嬉しくて……!」


「え!? 私が!?」


 あいりちゃんの配信に!?

 え、コメント欄が荒れる未来しか見えないんだけど!?

 仏頂面の女が出てきたって叩かれない!? 


「はい! もちろん、報酬もお支払いします! その……金額とか、ちゃんと……」


 そう言って、あいりちゃんはスマホの計算機で何やらポチポチと計算し、金額を私に見せてきた。


「えっ……こんなにもらえるの? う、嘘……今日の私の稼ぎの倍以上……」


「はい。でも……コラボの相場はこれ以上なんですよね。

 ただ、今私のチャンネル、ちょっと伸び悩んでて……。少ないかもですけど……」


 そう言ってしょんぼり落ち込む、あいりちゃん。


 ……うぐっ、目の前で推しが困ってる……!


 しかも、この金額……私にとっては喉から手が出るほど欲しい。


 たしかに、あいりちゃんのチャンネル登録者は8万人。


 これまで誰ともコラボせず、完全ソロでここまで伸ばしてきた実力派。


 でも、10万人が見えてるのに伸び悩んでるのは、配信で本人も言っていた。


 目立ちたくない……でも、推しが困ってる……!


 なにより、正直、お金が欲しい!


 いろんな感情が天秤にかけられた末、私は――

 あいりちゃんと連絡先を交換し、配信への出演を約束してしまっていた。


「ありがとうございます! 日程が決まったらまた連絡しますね!

 今日は本当にありがとうございました!」


 そう言って、あいりちゃんは深くお辞儀をし、そのまま去っていった。


 私は小さく手を振って、それを見送る。


 ……ま、一回くらいなら配信に出ても大丈夫……だよね?

 いきなりバズることなんて、ないだろうし。


 そう思っていた私の考えは、あまりにも甘かった。


 数日後――


 あいりちゃんの配信がバズりにバズって、SNSランキング1位。

 動画は全世界に拡散され、私はとんでもない注目を浴びることになる……。



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