Thread 06|気づく者

美咲の机から出てきた、あの破れかけのメモ。

「気づいてしまった」──その言葉の意味が、ようやく分かり始めていた。


あの夜から、俺は毎晩、悪夢にうなされるようになった。

知らない誰かの顔が、次々に浮かんでは、暗闇に溶けていく。

名前も、声も、思い出せないのに──確かに"知っている"気がする。

朝、気づけば、手元のノートに文字がびっしり書かれていた。

「気づいたら最後」

「順番」

「消える」

書いた記憶はない。

だが、そのノートはどこかで見覚えがあった。

──美咲の部屋で見た、あのノートだ。


「ここにいる、でもここにいない」

彼女が怯えながら記していた文体と、俺のノートの筆跡が重なる。


背筋が冷えた。

俺はもう、彼女と同じ道を辿っている。



消えた人のことを覚えていられる者は、ごくわずかしかいない。

が巧妙な”罠”のようなものだった。


忘れなければ、気になって調べる者も出てくるだろう。そして 調べれば、どこかで必ず“気付いて”しまう。 そして気付いた者が、次の順番になる…。

忘れられない限り、抗えない。

思い出すたび、記憶が辿るたび、俺はその順番に組み込まれていたのだ。


俺は思い返す。

高倉先輩も、藤原さんも──

みんな「それ以上はやめろ」と言っていた。

彼らは、危ういところで踏みとどまったのだ。

だから消えなかった。

でも、俺はもう遅かった。


だったのに。


好きだった美咲がいなくなった、と”気付いた”時から、

俺には逃げ場なんてなかったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る