33. 無限の手《インフィニティ・ハンド》

「じいちゃん!」


 ルミナが目を輝かせ、老人に駆け寄った。


「ふぉっふぉ。孫が世話になっておるのう」

「ルミナの……おじいさん?」

「いかにも。ヘルマン・クロムウェル。ここリュキア工房の会長じゃ」


 会長……絶対すごい人だよな?

 ルミナがお嬢様だったのか。

 ウマが合うと思ってたけど、なんかちょっと裏切られた気分だ。


「おや?」


 ヘルマンは何かに気づいたようにリゼに近づくと、その顔をまじまじと見つめた。

 リゼがビクッと肩をすくめて後ずさる。


「いい目をしておる……婆さんにそっくりじゃな」

「じいちゃん! ボクの友達をナンパしないでよ!」

「ふぉっふぉ。安心せい。わしは婆さん一筋じゃよ」


 ……どういうやり取りだよ、これ。


「ヘルマン翁、わざわざご足労いただきありがとうございます。カミラ女史も」


 アレンさんが、ヘルマンともうひとりの女性に丁寧に頭を下げた。


「いや、礼を言うのはこちらじゃ。なあ、カミラ殿」

「はい。この度は、街をお救いくださり心より感謝申し上げます。アルカナ社の代表として、改めてお礼を」


 “カミラ”と呼ばれた女性が、深く頭を下げる。


「娘、クラリスがしでかしたこと、本当に申し訳ございません。なぜ、あのようなことを……。私がもっと注意深く見ていれば……」


 どうやらクロスタ博士の母親らしい。

 涼しげな目元が、娘によく似ている。


「幸い、人は無事じゃ。あまり気に病むことも無かろうて」

「ですが……」

「建物なぞ、“街の記憶”で直せばよい。ひと月もかからんじゃろう」


 “街の記憶”?

 聞き慣れない言葉に、俺は小声でマリアに尋ねた。


「“街の記憶”って、何?」

「街の状態は、常に女神様によって記録されてるの。それを再生する装置が、各地の聖堂にあるのよ」


 なるほど。

 壊れる前の状態をバックアップから復元できる、と。

 つくづく万能だな、女神様。


「私は今回の責任を取り、代表を降ります。ですが、アルカナ社として、問題解決への支援は惜しみません」

「感謝します。娘さんについても、ヴァンガードとして可能な限り寛容な措置を模索するとお約束します」


 親として、我が子の罪と向き合うのはどれほど辛いだろう。

 まったく、親を泣かせるもんじゃない。


「さて……」


 それまでの和やかさが一転、ヘルマン氏の声色が低くなる。


「わしのかわいい孫を、死地へ送り込むという話になっとるそうじゃな」


 ……これは、ちょっと厄介な展開かもしれない。


「じいちゃん……もしかして」

「うむ。これをな……」


 ヘルマンが懐から何かを取り出し、机の上にそっと置いた。

 見た目は金属のキューブのようだが――何だこれ?


「これは……まさか!」


 アレンが驚きの声を上げる。


 そんなにすごい物なのか?


 さらにヘルマンは、パンフレットのようなものも差し出した。

 表紙には笑顔の女性とキャッチコピー。


「えーと……『旅するあなたの楽園――キャビリン2』……?」


 思わず読み上げてしまう。


「う、嘘……!」


 セシルが手で口元を覆い、感激したように声を漏らす。


 だから、一体何なんだこれは。


「そう! これは可搬式キャビン“キャビリン”の新型、“キャビリン2”じゃ!」

「バスルームは1.5倍の広さにジェットバス機能を新搭載! 極上の眠りを約束する圧力感応式ベッド! オート調理メニューも一新! そしてなんと、マナ消費は据え置きじゃ!」


「じいちゃん、大好きっ!」


 ルミナが勢いよくヘルマンに抱きついた。


 ……どうやら、とんでもなくすごい物らしい。


「可搬式の居住キャビンだよ」

 

 俺の疑問を察したのか、アレンが補足してくれた。


「“外”での調査では、寝泊まりや食事をこの中で行う。空間圧縮されているが、展開すれば数名が快適に過ごせる居住空間になるんだ」

「“キャビリン”の登場で、ヴァンガードの遠征は一変したと言われているんですよ!」


 セシルも興奮気味に続く。


「ヘルマン翁、本当に構いませんか?」

「ちょうど発売前のモニター先を探しておったところじゃ。それに、孫が行くんじゃからな。少しでも快適に過ごさせてやりたいのが親心というものよ」

「感謝いたします。もし他にもモニター先をお探しでしたら、我々中央本部でも――」

「いや、このひとつで十分じゃ。もし気に入ったら、購入検討を頼むぞ」

「そ、そうですか……」


 がっくりと肩を落とすアレン。

 自分も使ってみたかったんだろう。

 ヴァイルに負けたときより落ち込んで見えたのは――気のせいだろうか。


「えと……ありがとうございます!」


 俺も慌てて頭を下げる。

 この“キャビリン2”は、きっと大きな助けになるに違いない。


「うむ。それから――たー坊殿」

「えっ……はい?」


 なんで“たー坊”呼びが定着してるんだ。誰だ、広めたのは。


「ルミナが完成させた、“初の完全二重術式型ギア”。名前は、もう決めたかの?」

「名前、ですか……?」


 念じると、手を包むようにギアが出現する。

 そういえば、他のみんなのギアには、それぞれ名前がついてたっけ。

 しかも、ちょっと中二っぽいやつが。


「特注の専用ギアは、使い手が名前をつけるんですよ」


 セシルが優しく教えてくれる。


「そうなんだ……。うーん、まだ考えてなかったな」

「たー坊、かわいい名前がいいな〜!」

「かわいいって……ていうか俺、剣がいいって言ったよな? なんでグローブなんだ?」

「ギクッ」


「……細かいことはキニシナイ、キニシナイ」


 完全に忘れてた顔だ、これ。

 ……それはともかく、名前か。

 急に言われてもピンとこない。


「決められないなら、私が考えてあげようか?」

「いや、結構。マリアのセンスはちょっと……」

「はあ!?」


 怒るマリアを尻目に、俺は自分のギアを見つめた。

 

 ――無限。

 ふと、頭に1つの言葉が浮かぶ。

 何でもできる、万能のギア。

 だったら……。


「“無限の手インフィニティ・ハンド”……ってのは、どうかな?」


 少し気恥ずかしい。

 だが、しっくりくる。


「いい! すごくカッコいいよ! 特に“ハンド”ってとこ! “ソード”じゃなくてよかったね!」


 ルミナさんよ、全力で自分のミスを正当化しようとしてないか?


「無限……」


 リゼが静かにつぶやく。


「どうやら決まったようじゃな。ギアは相棒。大事にせいよ」


 “無限の手インフィニティ・ハンド”――俺だけの、相棒。

 今なら、どんな敵が相手でもきっと立ち向かえる。

 そんな万能感に包まれていた。



 その夜はリュキアに宿泊し、翌朝には中央へと戻る予定になった。

 そして――いよいよ、“外”の世界へ旅立つ時が来る。

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