22. マリアの拳と、天才技師

「弊社には他にも優れた職人が――」

「ソウタ、行こ」


 マリアに手を引かれ、アルカナを後にした。

 ……あのお姉さん、ちょっと気の毒だったな。



「次はリュキア……だっけ。場所は?」

「大体ね。行ったことは無いけど」


 そう言った直後だった。


 マリアが突然駆け出し、前を歩いていた通行人の裾をつかんだ。


「おい、何しやがる!」


 男が怒鳴る。

 マリアの手が強く布を握ったまま、フードが外れた。


 そこに現れた顔は――


 ヴァイル。


「マリア……? お前、マリアか。大きくなっ……てねえな。もうエミリアに抜かれてんじゃねえのか?」

「うっさい」

「そっちの連れは……あの時の野郎か。カイムに刺されてたが、生きてたのか。運のいい奴だ」


「しっかしお前……」


 こちらの足先から頭のてっぺんまで視線を流した後、続けた。


「男の趣味悪いな」

 

 挑発混じりに笑う。

 やっぱコイツ、無理だ。


「茶化さないで! セシルがどんな気持ちでいたか……分からないなんて言わせない」

「知らねえよ」

「……!」


 ふざけるな。

 家族を置き去りにして、今さら「知らねえ」はないだろ。


「おい、セシルの兄さんなんだろ? 『知らねえ』は無いだろ。兄貴なら優しくしろよ」

「あ!? 部外者は黙ってろ」

「部外者じゃない。当事者だ。お前らのせいで死にかけた」

「チッ……っせえな」


 ヴァイルは冷笑を浮かべ、俺を睨む。


「で? 仕返しか? ……ギアも持ってねえ奴が、俺に勝てるとでも?」

「マリアも……俺が選んだギアだ。対処法は知ってる。何かできると思うな」


 ヴァイルは吐き捨てるように言い放つ。


 次の瞬間――。


 マリアの拳がヴァイルの頬をとらえた。


 裾を放し、肩を震わせるマリア。

 ヴァイルは殴られたまま、彼女を静かに見つめていた。


「理由を……話せって言ってんのよ、バカ。戦いが好きじゃないあの子が、ヴァンガードになってまで探してたのよ……。嘘でもいいから、やむを得ない事情があるくらい言いなさいよ……!」


 背中越しでも分かった。

 ――泣いてる。


「……詳しい理由は言えねえ。ただ、女神とかはどうでもいい。カイムとは利害が一致するから組んでるだけだ」


 ヴァイルの声が低く響く。


「俺の目的は……あいつが女神をどうにかしたその先だ。女神が消えれば、今度こそ奴らを……」


 奴ら?

 女神が消えたら何が起きるんだ……?


「あー……泣かれると調子狂う。お前、強がりなのに泣き虫なのは変わってねえな。セシルを、あいつを頼むぜ。もう俺に関わるな」


 バツが悪そうに頭をかきながら、ヴァイルは立ち去った。


「どうして……どうして私は頼ってくれないの……。フィオナとは一緒にいるのに……どうして……」


 その場に座り込み、声を殺して泣くマリア。

 俺は、ただ隣に立つことしかできなかった。



 マリアが落ち着くのを待って、リュキアへ向かう。

 道中、アレンに「ヴァイルと遭遇した」と連絡を入れておいた。


 ヴァイルがいるなら、カイムもこの街にいるはずだ。

 ……まさか、この街に女神が!?



「ここ……リュキア」


 到着した建物は、アルカナと対照的に白と透明を基調とした明るい造りだった。

 静まり返った空気のまま入ると、ロビーでセシルが打ち合わせをしていた。


 俺たちを見るなり、マリアの様子に気づいて眉をひそめる。

 苦笑いで「大丈夫」と返すしかなかった。


 

「アルカナはどうでした?」

「いやーそれがさ! マナ測定で驚き! 俺、すごいマナ量らしいんだよ! 『ぜひ弊社にご用命ください』って言われちゃってさ!」


 わざと明るくはしゃいでみせる。


「でも、有名なクロ……なんとか博士を指名したら、最近辞めたらしくて」

「クロスタ博士ですね。噂になっています」


 答えたのはセシルではなく、隣にいたショートカットの女性。

 濃紺の髪に、冷静な瞳。

 感情を読ませない雰囲気だ。


「あ、えーと……リュキアの社員さん?」

「セラ=ファルクナーと申します。セシル様のギアを担当しております」

「あ、秋月颯太です。よろしくです」


「セラさんの腕もすごいですよ。クロスタ博士にも引けをとらないと思う。あ、ソウタさんもお願いしてみたら?」

「セシルとお揃いってのはうれしいけど……いいのかな?」


「私は構いません。ただし、いくつかテストを受けていただきます」

「マナ量の測定とか?」

「いえ。マナ量も重要ではあるのですが、そうではなく、マナの操作特性を確認します」

「操作特性……?」

 

 セラは落ち着いた声で続けた。


「例えば、威力は小さいけれどマナの消費が少ない攻撃と、威力が大きいけれど、消費が大きくて1度しかできない攻撃があったとします――」

「戦闘の持続性を考えれば、前者の方が良い選択に見えます。ですが、後者の攻撃が確実に当てられ、一撃で相手を倒せるものだとしたら」


「後者の方がいい……?」

「わかりやすく極論にしましたが、そういうことです。なので、どのようなマナ操作を得意としているかを確認することが、ギア選定で最も重要です」

「なるほど。燃費だけじゃなく扱いやすさも重要ってことか」

「ご理解いただけて何よりです。では、操作特性の診断室にご案内します。うちの技師が参りますので――」


「はーい、呼んだー?」


 元気な声が響き、奥の扉が開いた。


 姿を現したのは、水色のロングヘアに水晶のような瞳を持つ少女。

 隣にはなぜかリゼまでいる。


「初めまして! ボクはルミナ! で、こっちがリゼっち!」

「どうも……はじめまして」


「リゼ、お前は初めましてじゃないだろ。どういうことだ?」

「……この人が、わたしの会いたかった人」

「えっ、そうなのか?」

「うん。この論文、書いた人」

 

 リゼが差し出したのは学会誌。

 ……ごめん、俺には一生分からないジャンルだ。


「初めて掲載されたボクの論文、理解してくれる人がいなくてさー。でもリゼっちは『すごい』って褒めてくれたんだ!」

「ルミナの理論、すごくちゃんとしてる」

「へぇ……すごそう……」


 きっとすごいんだろうけど、やっぱり分からん。


「ゴメンゴメン、話が脱線しちゃったね。えと……キミがソウタ?」

「ああ」

「じゃあ、“たー坊”でいいね!」


 いきなりのあだ名宣言。

 キラキラした目が見つめてくる。

 顔が近い。

 初対面だぞ……距離感バグってないか!?


「なんで“たー坊”なんだよ……“た”しか合ってないじゃん」

「ボクの直感! 細かいことは気にしない気にしない!」


「ルミナ」


 セラが小さくため息をつき、冷たい声で制した。


「……あ、そだそだ! テストだった! たー坊、さっそく行こっか! リゼっちも一緒に!」


 よし、いっちょ俺の超・潜在能力を見せつけてやるか――。

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