7. 拒絶。そして変態へ……

 旅立ちの準備に向けて、マリアとエミリアが「餞別がある」とのことで、いったん解散。

 再びホールで集合することになった。


 俺はというと――

 ミレイユさんに「少しお話したいことがある」と呼び止められたので、トイレに行くふりをしてリゼをホールに残し、彼女のもとへ向かっていた。


「えーと、話というのは……?」

「マリアのことです」


 ……え?

 まさか、口の悪さを注意してくれって話か?

 それなら俺の手には負えないんだけど――


「女神様を探す旅に、マリアを同行させていただけませんか?」


 思っていたのとまったく違う言葉に、少し間をおいて答える。

 マリアが一緒に来てくれたら、それは確かに頼もしい。

 でも、それはあくまで“こちらの都合”だ。


「俺たちは、この世界のことをほとんど知りません。だから、マリアが来てくれたらすごく助かります。でも……彼女の意思はどうなんでしょう?」


 マリアは、ただの案内役じゃない。

 知識も行動力もあるし、リゼも懐いている。

 俺だって、信頼している。


「マリアには、旅を通して成長してもらいたいのです。あの子も、あなた方を気に入っている様子ですし、少なからず行きたい気持ちはあるはずですよ」

「……彼女がいいと言うなら、俺から断る理由はありません」

「では決まりですね。ソウタさん、あなたからマリアを誘ってあげてください」

「えっ、俺が?」


 ミレイユさんじゃなくて、俺から……?


「命令されるより、“必要とされている”と感じた方が、人の心は動くものですよ」


 そう笑うミレイユさんは、やっぱり“聖女”の肩書がぴったりだった。


 

 ホールへ戻ると、リゼがベンチで足をぶらぶらさせていた。

 目が合った瞬間、ぷいっと顔をそらされる。


「ごめん。ちょっとお腹痛くなってさ……」


 ごまかしつつ、頭の中では別の悩みが渦巻いていた。


 マリアをどう誘えばいい?

 なんて言えば、気持ちが伝わる?


「一緒に来ない?」

「行こうぜ」

「マリア様、お供させてください」


 ……どれもしっくりこない。


 そんなことを考えていると、マリアとエミリアが荷物を抱えてホールにやってきた。


「お待たせ。さ、行きましょ」


 マリアに声をかけるタイミングは――今しかない。


「マリア」


 振り返る彼女に、一呼吸おいて告げる。


「……その、もしよかったらでいいんだけど」

「何? 忘れ物?」


 小さく首をかしげるその顔に、意を決して言葉を放つ。


「俺たちと、一緒に来てくれないか? 女神探しに」


 マリアは、一瞬きょとんとして――

 次の瞬間、表情が曇った。


「嫌よ。仕事もあるし。こんなタイミングで何言ってるの」

「でも、ミレイユさんもいいって――」


 言いかけた言葉を、マリアは最後まで聞かなかった。

 手にしていた荷物を、床に投げ出す。


「……っ」


 そして、何も言わずに走り去ってしまった。


 ……やっちまった。


 追いかけるべきか、見送るべきか。

 足がすくんで、ただその場に立ち尽くしていた。

 

「……少し、お話ししましょうか」


 静寂の中、エミリアの声だけが優しく響いた。




 近くのカフェに移動し、落ち着いた空間で向かい合った。


「すみません。お姉様が、あんな態度を取ってしまって……」


 悪いのは、どう考えても俺のほうだ。


「私たち姉妹のこと、ちゃんと話しておいた方がいいと思って」


 ……そういえば。

 俺は、マリアの過去を何ひとつ知らなかった。

 仲良くなったつもりで、心の奥に踏み込もうとしなかったのかもしれない。


「私たちの両親は、昨日のように迷い込んだ魔物に殺されました。助けてくれたのは、近くにいたヴァンガードの方でした」


 昨日の襲撃が頭をよぎる。


「そのときのことがきっかけで、お姉様は聖女になると決めたんです。人の心を癒すのも、聖女の大事な役目ですから」


 エミリアの話に、俺もリゼも自然と耳を傾けていた。


「すごいですよね。普通は、魔物を憎んでもおかしくないのに……。お姉様は、同じように傷ついた人を助けたいって。……その時点でもう、私はかなわないなって。……私はきっと、復讐も癒しも、どちらも選べなかったから」


 マリアが聖女になった理由。

 その重さに触れたとき、胸にずしんと何かが落ちた。


 ……そんな大事なものを手放して来てくれ、なんて。

 俺は、どれだけ軽はずみだったのか。


「中央の聖堂で、私たちは聖女になるための修業を始めました。お姉様はすぐに力を認められて――」

「でも、よそ者の私たちが認められるのが気に入らなかったのか、一部の方から陰湿ないじめを受けるようになって」


 想像はしていたけど、想像以上だ。

 聖なる場所でも、そんなことがあるのか。


「拾っていただいた恩もあったのですが、結局、私たちは中央を出て、この街へ来たんです」


 そりゃ、中央になんて戻りたくないはずだ。


「ありがとう。誘ったことが、いかに軽率だったか分かったよ」

「あ……でも、今の話は、たぶん断った一番の理由じゃないと思います」

「え?」

「一番の理由は、私なんです。私が……まだ、独り立ちできていないから」


 静かに――でもどこか苦しそうに、エミリアは続けた。


「私、いつまでもお姉様に頼ってばかりで……。だから、お姉様は心配なんだと思います。私のことが引っかかって、一歩を踏み出せないんです」


 それを聞いて、俺は席を立った。


 ――このまま旅立つなんて、絶対にできない。




 いくつかそれらしい場所を探したが、マリアの姿は見つからなかった。

 聖堂からは、そんなに離れていないと思うんだが――


 ……仕方ない。やるか。


「マリアちゃーん!」


 道行く人が、何事かとこちらを見る。


「マ、リ、ア、ちゃーん!!」


 一心不乱に叫ぶ。

 周囲の視線? 知るか!

 一度“変態”まで落ちた男に、失うものはない。


「聖女のかわいいマリアちゃーん!」


「口が悪くて態度最悪なマリアちゃーん――」

「……誰が口悪いって?」


 背後から、ゾッとするような低い声が響いた。


「恥ずかしいから、マジでやめて」


 ――マリアが見つかった。

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