病癖
精肉ショップ
静寂を脅かす
夏本番、とでも言うべきだろうか。
そんなある日の夜。
外では遠くから、花火の音が蝉の作り出すリズムに、拍をとるように鳴っている。
このアパートは、人気も少ない場所で、周りからは自然による美しい環境音のみが聞こえる。
喧騒が大の苦手な自分にとっては、この静けさが、心を落ち着かせる。
こういった環境で作業をするととても捗る。
虫の声、草が風に震え、木の葉が擦れ合う音。
これこそが私のBGMだ。
まあ、今日はこの花火により普段よりは騒がしくあるが、
この音はこの音で夏の風情とでも言うべきか、
そういったものを感じる。
先週くらいまではこのアパート駐車場を溜まり場としていた小学生のガキ共もいて、騒音のストレスが半端でなかったものの、
今はもう解決している。
それにしても疲れた時にはこの静けさが心を癒す。
静寂という熟語は"寂"という文字が入るが、自分にとってはこの静けさが満足感なのだ。
8部屋ある中で、入居者は自分のみ。
こちらが大きな音を出す分には、誰からも干渉されない。
少し山側に建っており、さらに2階の部屋のため、
ベランダからの見晴らしは良好。今日の花火大会も、遠いが全体がよく見える。我ながら、良い場所を発見したと思っている。
困るところはその古さゆえにエアコンがない事だ。
扇風機があるとはいえ、夏は暑苦しい。
ひと作業を終え、使い切ったガムテープの芯をゴミ袋に捨てると、扇風機のスイッチを入れた。
エアコンがないのは不便だが、こういった涼み方をできるというのは、何かこう、風情を感じて、悪くないのかもしれない。
「そこまで大きいものじゃなくて助かったな…」
と、独り言を呟く。この手のものを運ぶことを想定しておらず、他に誰も入居していないなら、1階でも良かったか?と少し後悔する。
「でも、この景色もいいんだよな…。」
また、独り言を発する。しかし誰からも苦情はない。
やはりここは良い場所だ。
それにしても、今日は花火大会で車通りが普段より多いのだろうか?普段なら、全く聞こえない車の音が
今日は先ほどから数十分には一回聞こえてくる。
人との交流を避けたい自分としては、これだけでも少し不快に感じてしまう。
今日は胸騒ぎがする。なんだか落ち着かない。どうにかリラックスする方法はないか、そう考えていた瞬間だった。
「ピンポーォ…ン」
少し古ぼけ、音がこもったインターホンの音。
心臓の鼓動が早まったような気がした。
こんな時間、こんな場所に?一体誰が?何の用で?
思考が回り出す。宅配は基本頼まない。怪しいな。
考えすぎか?でも実際こんな夜遅く、誰が…?そう考えているともう一度インターホンが鳴る。
それと同時に、
「コンコン」
塗装の若干剥がれた、この扉を小突く音がする。
胸騒ぎの正体はこれだったのだろうか。自分の気持ちを落ち着かせようとする。
「コンコン」
「ゴンゴン」
音が大きくなるのを感じる。
このままでは何が起きるか分からない。恐る恐る、扉の覗き穴を覗く。
ここで私は、自分の過ちに気づいてしまった。
扉が古く、覗き穴が汚れているのかぼやけて何者か判別できない。
ぼんやりと、向こうに誰かがいるということだけは分かる。
しかしそれ以外の情報がない。
「ボンボンボン」
次第に音が乱暴になる。
自分もここまでか…。と少し覚悟した。
「警察の者なのですが──。」
「誰もいらっしゃいませんか─?」
警察…。
「すみません、少し待っていただけますか?」
少しの沈黙の後、そう返答すると、
ガタン、ズズッ…、
ガチャ… キィイィィィッ。
扉を開けた。
「夜遅くにどうもすみません、警察の者です〜。
少し、お話をお伺いさせていただきたくてですね…。」
警察官にしては、随分と腰の低い人だ。見た目から
推測するに、新人の警察官だろうか。
「ああ。大丈夫ですよ。すみません出るのに時間がかかってしまって。」
それにしても、警察とは…。
「先ほど物音がしていましたが、一体?」
警察官が尋ねてきた。
なんだ、さっさと用件を言って欲しいものだ。
だがここで怪しい態度をとるわけにもいかない。
「ええ、先ほどまで玄関口にて作業をしていまして。散らかっていたんです。」
「作業、と言いますと?」
やけに迫ってくる。怪しまれているのか?
「荷物の運搬です。少し大きめのモノだったんで大変だったんです。」
「なるほど…。」
警察官がメモをとっている。
「関係ないお話すみませんでした。少し尋ねたい事がありましてですね。」
警察官が、ポケットから何やら折り畳まれた紙を取り出し、広げる。
少しの緊張が走る。
「こちらの女の子、見覚えありませんか?」
そう言い、見せてきた紙には、
ピンク色でイチゴ柄のノースリーブを着た、6〜7歳ほどの女児が、笑顔でこちらを見る写真だった。
警察官はそれを見せると続けて、
「昨日の午後6時ほどから行方不明でして…。何かこの周辺で見かけた。あるいは、降った所の街で見かけた等、ありませんか?」
と聞いてきた。
「いえ、自分は…。」
なるほど。もっと深刻な話かと思ったが…。
と、ホッとしてはいけないかもしれない話だが、
少し、胸騒ぎが落ち着いた。
「そうでしたか。夜遅くに突然尋ね、すみません。ご協力、感謝いたします。
ここ最近、子供の行方不明事件や誘拐事件、といったものが増えております。
そちらのご家庭も、お気をつけください。」
そう言うと警察官はどこかへ歩いて行った。
"そちらのご家庭"?と少し疑問に思い、振り返ると、
玄関の隅に男向けの子供用靴が、一足落ちていた。
ああ、片付け忘れたのか。よく見ているものだ。と驚きながらも、感心した。
翌日の朝、テレビをつけるとニュースに
[女児誘拐犯逮捕、警察官に扮装し情報収集]
と出ていた。
さらに、ニュースに掲載された顔写真は昨夜の警察官と一致していた。
驚愕したのちに、納得した。
よく考えれば警察手帳も見せず、最初から怪しい点はあった。
パトカーやバイクでもなく、徒歩というのも、今考えればなんだか、おかしな話だったわけだ。
それに本当の警察というのは、もっとしつこく、根掘り葉掘り聞いてくる。
バカな犯人だったんだろう。
全く、驚かせやがって。
俺の静寂を脅かそうとする奴はこういう結末を辿るのが相応しい。
しかし、これで自分も"もっと注意深く生活しなければならない"と気を引き締める結果になった。
しっかりとあの靴、片付けておかないとな。
[犯人は容疑を認め『楽しそうに騒いでいる小学生が嫌いだった。バレているか心配で警察のフリをして目撃者がいるか探してしまった。』と供述しています。
警察は本件の犯人と、先週から同県で発生している男児の行方不明事件との関連も調べています。]
俺だっていつ尻尾を掴まれるか分からないんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます