【現行版】それはもう業が深い異世界少年旅行

リールク

第一部:それはもう業が深い異世界少年旅行

01-01-01 かみさまが選んでしまったのは、ショタビッチでした - 1

 神の座、瓢風の領域。


 地平線が見えるほど広大なパステルイエローの空間に、神のおわす居室があった。


 室内には同じ色をしたベッドと机、二つの椅子。

 カーペットにはチリ一つなく、部屋の主の几帳面さを物語る。

 どこにでも繋がるはずのドアは、その機能の大半を失っている。


 部屋から少し離れたところ。

 ブロンドの髪を持つ、黄金色のポンチョを着た美しい少年が、床に魔法陣を書きながらぼやいていた。


 「はーあ。全く面倒なことになったよね。各地域及び神殿との連絡途絶、他の神々もほぼ不通」

 彼こそが、風の陽面を司る神にして、吹き渡る見聞と情報の象徴、瓢風神アヴィルティファレトである。


 「このレベルの障害はいつ以来だったかな。とにかく、ぼくはぼくの仕事をやんなきゃね」

 魔法陣を完成させ、すぐさま魔力を注ぐ。

 事態は刻一刻と進行している。急いで事に当たる必要があった。


 「異世界へのリンク、取得。コネクション、確立」

 大気が渦を巻き、魔法陣に吹き込む。


 魔法陣に、入る。

 ビルの立ち並ぶ異世界に、潜り込む。


 彼はポンチョをはためかせながら、風の声を聞き、異世界を見通す。

 「条件に合うヒト、居るかな?」


 視点を動かすたび、彼の脳内に召喚候補の異世界人データベースが構築されていく。


 「この人は一般人だ、厳しいな。こっちは……なんだコレ? 強さは申し分ないけど情報量が狂ってる。ナシだ」

 異世界人を選ぶ方も大変であった。程々に強く、世界を壊さない程度の格である必要があるのだ。


 「げっ」

 ふと、気配を感じて手が止まる。


 「こんにちはー! 珍しいお客さんだね?」

 脳内に鳴り響く声。どうやら現地の神に捕捉されてしまったようだ。

 どうやら、アヴィルティファレトと同じような少年の姿であるように思える。


 「こ、こんにちは」

 とりあえず、挨拶を返す。


 「どもども! 見た感じ、そっちの世界になにか問題があって、こっちから召喚しようって感じだね?」

 「うぐっ」

 バレている。

 すぐさまリンクを切り、別のポイントから出直すべきかとも思ったが。


 「おっと、転移型の召喚は勘弁願いたいけど、コピーなら別に良いよ? それだったら有望な子たちのカタログも送ってあげるからさ」

 虫がよすぎる話だと、訝しむ。


 「そっちにメリットが無さすぎない? それ」

 腹を探る。


 声の主はカラカラと笑い、続ける。

 「どっちかというと、被害を出さずに穏便に済ませる方が大きいかなー? だって君、急いでいる上にとっても強い、でしょ?」


 しかも、こちらは切羽づまっている。

 確かに、『今のアヴィルティファレトと正面からやりあうと、それはそれで互いの世界が壊れかねない』状態と言えた。


 「わかった。きみのプランでお願い。落ち着いたらお礼させてよ」

 外交用の笑顔を作り、脳内で握手する。


 契約、成立。

 「ん! じゃあ、カタログを出力する間、大体一分くらい待ってて。そっちに直接データ送るから」

 リンクを保持したまま、意識を現世へと戻す。


 一段落、だろうか。


 彼は深い溜め息をつき、戸棚を「ぽん」と生成する。

 「何が『とっても強い』だよ。あっちも大概じゃないか」

 戸棚をがさがさと漁り、小箱を探し当てる。信者から捧げられた、ソルモーン社製クッキーだ。封を開け、頬張る。


 「あまい」


 こういう時は甘いものに限る。


 ソルモーン社。

 大陸東方のソルモンテーユ皇国にある小麦粉業者のことだ。流通は大洋ラ・メール商会。

 最近製菓事業を始めたようで、参入から日が浅いにも関わらず、クッキーは捧げ物としてかなりの高品質であった。


 当然、そのソルモンテーユ皇国とも連絡が取れていない。

 とても、とてもまずい事態であった。


 「そろそろかな」

 バニラ、チョコレート、紅茶フレーバーの三枚を味わった後、魔法陣から「しゅぽん」という音とともに冊子が現れる。

 駆け寄り、タイトルを読んでみる。

 

 「厳選おすすめ勇者カタログ」

 持ち上げてみる。表紙はすべすべとしており、勇者輸出業でもやっているのかと思うくらいに本格的な出来である。


 リストを開き、目を通す。

 「浄炎の君。攻撃適性特化。性格は野望持ち。放っておくと群れて勢力を築くので扱いに注意」

 一ページ目からアクが強い。なんだよ、放っておくと群れるって。自然湧きするアンデッドじゃあるまいし。


 「魔法使いの弟子。回復に強い適性。性格は弱気だが、真面目。人たらしなので喧嘩の仲裁に最適」

 ソロでの任務には向かない、か。


 「バンドマンの竜人。攻守両面において英雄領域。性格は楽天的。酒が弱いのに酒好き」

 本当にバンドマンなのか、そいつは。


 ペラペラとめくり、無難そうなものを探っていく。


 「ん、これは」

 中程のページで、めくる手が止まる。


 「兎耳の名を持つ少年。現時点での能力は万能型。成長性が高いので、最終的な予想戦力と比して世界に組み込むコストが小さい。性格は好色」


 これは、アリかもしれない。

 今回の召喚――と言うよりは転写なのだが――にあたって、召喚者が解決すべき障害が一つではない可能性がある。

 となると、こちらの世界で何度か成長のチャンスがある。加え、初期の召喚コストが安いと、己の手で適切なバフを与えることも可能だ。


 「こいつにするか」

 決断し、カタログを閉じる。


 「よし、決まったなら、すぐやろう」

 再度魔法陣に魔力を注ぐ。

 今度は、風向を逆向きに。こちら側に吹き出るように。

 神の座を照らす光が明滅し、雷めいて断続的にアヴィルティファレトの顔を照らす。

 その表情は、滾る魔力と裏腹に、痛々しい。


 「遠き彼方におわす英雄よ、英雄の住まう世界を統べる神々よ」


 激しい風が、ばさばさとポンチョをはためかせる。


 「白日の地の神々の名をもって、お訪ね申す」


 光は帯をなし、魔法陣に吸い込まれていく。


 「御身のお姿を拝借いたします」


 世界に満ちていた光を全て吸い込んだ魔法陣は、目もくらむような輝きを放ち、一人の少年の姿を描いていく。

 

 頬まで伸ばした髪と、好奇心に満ちた目の虹彩は透き通る水色。

 白磁の肌に、マットブラックのチアリーダーコスチューム。

 左手首にはリストバンドが巻かれている。

 美しい脚は素肌を晒しており、見るもの全てをうっとりとさせる。

 

 そして、男であった。


 それが、『兎耳の名を持つ少年』である。


 ◆◆


 少年の肉体が構成されるやいなや、彼は周りを見渡す。

 突然のことだ、誰だってそうするだろう。


 「やあ、**ルノフェン。**突然だけど、ぼくの話を聞いてくれないかな?」


 彼が名前を思い出す前に、アヴィルティファレトが彼を「定義」する。

 本来の名前をリスペクトした、別の名だ。こうしなければ、世界に齟齬が出る。


 「ルノフェン? ボクの名前は……」

 少しの当惑。


 「まあいいか、そうだった気もするし。ルノでいいよ。君は誰?」

 駆け寄り、手を握られる。


 なんだか距離が近い。


 室内に足を踏み入れながら、説明を行う。手は握られたままだ。

 「ぼくはアヴィルティファレト。この世界の神の一柱。それで、君は異世界から召喚された。早速なんだけど、頼みがある」

 ルノフェンを椅子に座らせ、その傍らで、懇願する。

 

 「この世界は、危機に瀕している。君の手で、問題を取り除き、救ってはくれないか。助力は惜しまない。終わったら、できる限りでお願い事を一つ、聞いてあげるから」

 目を合わせ、真摯に。


 「良いよ」


 コンマ二秒での決断であった。

 

 「良かっ……」

 アヴィルティファレトは当座の関門を乗り越え、胸を撫で下ろそうとした。


 その瞬間であった。

 

 「むぐっ!?」


 唇を、唇で塞がれる。

 握られていた手は、いつの間にかこちらの顔を抱き寄せている。


 唐突な行動に、理解が追いつかない。

 そのままルノフェンはアヴィルティファレトを優しく床に押し倒し、たっぷりキスを堪能した後、告げる。


 「ボク、丁度失恋したばっかりでさ」

 「ひっ!」

 愛情への飢えを隠さずに、耳を舐め、囁く。


 「誰かのぬくもりが欲しいんだ」

 唾液の橋を作りながら上体を起こし、シャツ越しに細い体を撫で上げる。


 「んっ。待って、ぼくはおと」

 「知ってるよ?」


 (なんだ、こいつ)

 からかわれているにしては、動きが本気すぎる。

 信仰を集める者として、本能で分かる。

 この子は、人を虜にするのに慣れている。


 「じゃあなんで」

 「ボクが好きだったのも、男の子」


 唖然とする。確かに、珍しい話ではないのだが。


 「その子、つい先日結婚して手が届かなくなっちゃった」

 慣れた手付きで、ポンチョのボタンを外す。


 (まさか、まさかこいつ)


 ルノフェンは妖艶に、悲しげに微笑んで、舌なめずり。


 (――こいつ、この場でぼくを犯す気だ!)


 理解した。アヴィルティファレトは脳を急速に回転させ、この窮地を乗り越えるための方策を巡らせる。

 (時間はない、考えろ、思い付け……!)

 ポンチョを脱がされながらも、確実な方法が一つ思い当たる。


 (これだ)


 両腕を伸ばし、「待て」のポーズ。


 「はあ。分かったよ。じゃあ、ぼくがリードする」

 深呼吸し、主導権を握る。


 「もう一度、キスしよ」

 作り笑いを浮かべ、潤んだ瞳で、訴える。


 「嬉しいなあ」

 ケダモノは上体を再度かがめ、アヴィルティファレトだけを視界に入れるがごとく、キスの準備をする。


 唇が、迫る。


 ぎりぎり触れようかというところで、振り上げた右手に水晶玉を召喚し。


 「お前さあ……」

 「んー?」

 唇が触れる。

 必然的に、ルノフェンの頭部が固定される。


 「無理やりは」

 

 油断している側頭部に。


 「ダメだろ!」

 

 クリーンヒットを叩き込んだ。


 「きゅう」

 ルノフェンは意識を失い、倒れ込んだ。


 気絶する彼の体の下からどうにか這い出し、呼吸を整える。


 「なんなんだ、なんなんだよコイツ」


 数十秒経っても、アヴィルティファレトの心臓は高鳴ったままだった。

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