マカロニサラダについて(「地に落ちて死なずば」二次創作)

みつじ3

マカロニサラダについて。

 マカロニサラダについて、ということに対してさほどの意味はないし、じゃあ、意味がなければ語ってはいけないということもまたないのだから、今日の話題はマカロニサラダについてにしようということになった。


 深夜の戯言である。

 軽薄で、軽妙な、ペラッペラのペーパーで、ついでに言えば、あるこーるによって、頭もパーだ。

 しかしながら、語るという行為をするときには、相手も必要になるから、マカラロニサラダについて真剣に物語る相手にもご登場願わなくてはなるまい。

 

 まずは'ぼく'だ。

 息苦しく感じて、水面で口をパクパクとさせている観賞魚、それが'ぼく'で、しかしながらそれは'ぼく'の一面に過ぎない。


 なぜならこの'ぼく'はニセモノで、決して本物ではないし、あるいは、近づけるという努力すらも放棄されていた。

 ただし、今この場においては、量産されて、ラッピングされた総体の中の一つとして、'ぼく'がいた。

 ナンバリングされるとしたら、それは10ぐらいかもしれないし、501ぐらいかもしれない。

 誰か、他人の頭の中に住み着いた'ぼく'は、それだけ理解の外に独りでに歩いて行ってしまったからだ。

 

 本物っていうのは何だろう。


 マカロニサラダについて語ろう。

 成形されたテュラム小麦粉を茹で上げた物。マヨネーズだとかを和えて、コンビニで買えるサラダも混ぜて。

 ときにはパウチの明太パスタソースと幸福な結婚をすることで、よりパスタらしくなりもするだろう。

 親和性がある。粉チーズを振りかけたっていい。

 

 それでいて、できる限りにおいて、雑味が混ざらないほうがいい。

 パンやコメや、主食に限らずだけども、そのまま食べてしまうことが好きだ。


 ごっくん。


 咀嚼して味わうことが苦痛ならば、栄養キューブのようなものを飲み込んでいたほうが、シンプルでいいかもしれない。

 マカロニサラダも、そういう意味では余計な修飾がなされていると言えるだろう。


 'ぼく'は話した。

 だから、君が話す。

 由理くんが、ワインを嚥下する'ぼく'へ向かって話す。

 

「アルパカが跳ねる。喉を鳴らす」


 目の前のことをただ言葉として発せられただけなので、そこに脈絡も意味も感じられない。

 そも、話題として提案した物がそうなのだから。


「先輩は」


 何かを言いかけたのだろうが、その先の言葉はとくに紡がれることもなかった。


 テレビジョンでは、西部劇が流れていた。

 マカロニ・ウェスタン。

 アルパカが跳ねる。


 僕たちは視線を合わせた。


「マヨネーズって、よく出てくるじゃないですか。鶏卵場だとかを作って、孤児たちを働かせるために」


 いわゆる、内政物の発展途上において、産業を興そうという流れの話だろうか?


「マカロニサラダには、明太マヨネーズがついていたほうが嬉しい。卵と卵だから」


 そうでもなかった。

 支離滅裂だが、酔っ払い同士の会話はこれぐらいでなければいけない。

 そして、謎の緊張感がなければいけない。


「それに、固ゆでだったほうがなおいい。ハードボイルドで、硬骨な男らしさがある」


 普通に、柔らかく茹でたやつが良くないか。

 冷えたときにはそっちのほうがなお良い。

 

 そこに何かの寓意が含まれているのかな、とぼんやりとしていると、彼はなぜか、この仕草を好ましいように見ていた。

 肩をすくめる。

 

 由理くんは――'ぼく'の見る限り、いや、感じる限り、そして言葉を交わしてきた上での雑感を踏まえて語るのであれば、少々、いいや、多大に'ぼく'を過大評価している。

 ときには熱を帯びて囁くような声で。

 情熱的に、感情をこめて。

 マカロニサラダについて。

 マカロニ的なものについて、マカロニックなものについて。

 そして、話題の発端になった、マカロニ・ウェスタンについて。

 本物から産まれ落ちて、偽物でありながら本物へと羽化するものについて。 


「いま考えてること、だいたいわかりますけども、先輩も大概に語りたがりですよ。考えてみてもください。

 いえ、自明のことなので、今さらですが。言葉の全てが本心から発せられるわけでも、物語られたことがすべてを捉えているわけでもない。

 こうして、文字として書き起こされている物を改めて読んだときに、こんな人間が自分なのかと愕然としませんか?」


 ここはどこだっけ。

 ああ、自室だ。由理くんとソファーに腰掛けて、なんとなく、趣味に合わないだろう映画を流している。

 いつものアルパカを飲みながら、端末を操作して、アリバイを証明するための雑な操作をしていた。

 酩酊が、臼絹めいた触感の浮遊感を生み出している。

 鈴虫の合唱が聞こえる。聞こえるはずのない高さで。


「固ゆでだろうが、半生だろうが、プツンと、抵抗もなく串が刺さるぐらいであろうが、マカロニはマカロニでしょう。まぁ、そんなものはマカロニとは到底呼べないという向きもあるにはあるのでしょうが」


 ボーン、ボーン、ボーン、と、時計が鳴っていた。

 がち、がちがち、と歯車の音が聞こえた。

 妙に遠くで、変に近くで。


 由理くんは、相変わらずの整った顔立ちでいて、’ぼく’の自意識についてみていた。

 なるほど、物語られる'ぼく'を観測する手段を、君は得ているのかもしれない。瞳の奥、嚥下されるアルパカ、所在なく動いた指の動きで察しているだけかもしれないが。

 効いているはずの空調から聞こえる僅かな音。ピコン、と存在を知らせた端末。


 酸欠だ。

 あるいは、水質の変化によって変調して聞こえるようになった、好ましかった音。

 そして、機構。

 

「観測されて解体されて、はじめてその価値が見出されるものじゃないですか」

 

 緊張が解けた。

 由理くんは、もう曖昧にぼやけていた。


「遺ったものが掘り返されて、その本当を知ろうとしたとしても、その価値は変遷していくし、何もかもが風化して消えていくことのほうが多いでしょう。このテクストが、誰にも省みられることがなくなるように」


 数日前に食べた食事の内容も、味も、そのときの感情を覚えていられないように?


「きっと。でも、確かに今に続いている。省みられることがなくとも」


 語られることで、再構成されることがなくとも?


 返事は、水底には届かなかったようだった。



 渇きの中で目覚めた。


 由理くんと飲んでいるつもりでいたけれど、それはどうやら夢だったらしい。

 汗ばんだ部屋着を脱ぎ捨てて、手近な(それでいて整頓されていた。今は少しばかし混沌を取り戻しつつある)衣類を身に纏った。

 

 4時を回っていた。

 

 5時前には明るくなってくるだろうから、その前に'ぼく'は31階から地上へと降りることにした。

 世界に音楽は鳴っていなかったから、音を出さないように口笛を吹きながら、31階からの死刑台を逆さに下っていく。


 ちょっとした遠出だ。


 マカロニでも茹でるかと思いながら、夜と朝の中間地点で、口笛を吹くために気体を吸い込む。

 ぬるくてしけった空気は、とくに不味いなと、そう思った。

 巻かれた腕時計のベルトが、ほんの少し、キツく感じもした。


 夜明け前。

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マカロニサラダについて(「地に落ちて死なずば」二次創作) みつじ3 @yayatukisima

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