2話 冒険者カルトフ・マーシュ

俺はクエストカウンターの隣にある依頼掲示板へと足を向ける。

 これは、あまりにも多すぎる依頼数の中からギルドが受理できなかったものや、手続きを面倒がる依頼者が直接貼り出したものが集まっている掲示板だ。


 専用の用紙を安価で買って記入するだけで発注できるので、融通が利くという点でも需要がある。

 

 俺のような末端冒険者にとっては、まさに命綱みたいな場所でもある。

 掲示板に無造作に張られた依頼書の束から、今日もFランクのものを探す――が、あまり見当たらない。

 こういうときは、カウンターで直接受注するしかない。


 ふと目を向けると、受付のお姉さんたちがバタバタと忙しなく動き回っていた。

 無人のカウンターを見て、正直気が引けたけれど、それでも腹を空かせた体を引きずるように歩みを進める。


「おい、聞いたか」

「なにをだよ」

「例のあれ、なんつったかな……ああ、“群青の破壊者”が近くに来てるらしいぞ!」

「げっ!? あの、通った後には何も残らねぇっていうやつか!?」


 ……酒場スペースでは、妙に物騒な単語が飛び交っているが、俺には関係のない話だろう。


 呼び鈴を鳴らしてしばらく待つと、額にうっすらと汗を浮かべた短い金髪の女性が小走りで現れた。

この人は馴染みの受付嬢で、《ココット》さんだ。

元気でよく喋るタイプで、俺と年は一緒らしい。


「はぁ……はぁ……すみません、お待たせいたしました」


「あ、いえ、こちらこそ。お忙しいところすみません……何かあったんですか?」


「ええ……いえ、その、ちょっとした噂話のせいで、手続きが少し滞っていまして」


 噂話というと、さっきの“群青の破壊者”とやらのことかもしれない。

 少し気になったが、口にしかけた言葉をぐっと飲み込む。


 余計なことに首を突っ込むのは御免だ。

 俺はいつも通り、仕事をこなすだけでいい。

 ……こなせるかどうかは、まだ分からないが。


「ええと、それじゃ、Fランクのクエストを一つ受けたいんですが――」


 * * *


 無事にクエストを受注した俺は、冒険者ギルドを後にし、目的地の平原へと向かった。

 依頼内容は、街近くの平原に出没するスライム三体の討伐。

 いつものように、地味で地道な仕事だ。


 色あせた中古の皮シャツを着込み、鍛冶屋見習いが打った格安のショートソードを片手に握る。


 俺は周囲を見渡し、軽く息を整える。

 こういうときに役立つのが、俺のジョブ《スカウター》だ。

 偵察や探知、隠密に特化した補助系のジョブ。華やかさはないが、使い方次第で生き残る術にはなる。


 ……とはいえ、正確に言うと、これは“選んだ”というより“選ばざるを得なかった”ジョブだ。

 冒険者登録時に提示されたジョブ候補は、《トラベラー》と《スカウター》の二つだけ。

 受付のお姉さんの説明によると、《トラベラー》とは、何のスキルも効果もない、ただの“旅人”とのことだった。

 それならまだスカウターの方がマシだろう、という消去法だった。


 ただ、今のところはそれなりに役立っている。

 まずは基本の探知スキルを使う。


「発現せよ【サーチ】!」


 そう唱えると、視界の一部にさまざまな情報がテキストとして浮かび上がる。

 道端に咲いた花、見たことのない虫、きれいな石ころ。

 どういう仕組みかは分からないが、対象の名前や簡単な情報が表示される。


 もう一つの効果は、“探したいもののおおよその方向が分かる”というもの。


 人でも物でも場所でも、イメージさえできれば、おおよその位置が感じ取れる。

 つまり、こんなだだっ広い平原でも、スライムの位置がおおよそ把握できるというわけだ。


 感覚のままに進んでいくと――見つけた。

 ぶよぶよとした青緑色の粘液の塊が、のそのそと動いている。

 サイズは五十~六十センチほどで、全部で五体。


 俺は草むらに身を潜め、敵からの認知確率を下げるスキル【ハイド】を心の中で発動。

 隠密性能を高めながら、じりじりと距離を詰めていく。

 スライムたちは、俺の気配に気づく様子もなく、相変わらずぽよぽよと跳ねている。


 呼吸を整え、タイミングを見計らって――突っ込んだ。

 茂みから飛び出し、目の前の一体に向かってショートソードを振るう。


 ぽうんっ。


 強い弾力に跳ね返され、剣先は虚しく弾かれた。

 当のスライムは、俺の攻撃の反動でぷるぷると震えている。


「……ふっ、なかなかやるな」


 こうして、俺とスライムによる泥試合が始まった。


 * * *


 翌日。

 ボロボロになった体を引きずり、日が沈みかけた頃にグランオリジアへと戻ってきた。

 初日は一匹倒したところで、撤退を決断。

 翌朝から再び挑み、ようやく三体全ての討伐に成功した。


 今の俺にとっては、これが“勝利の凱旋”だ。

 足早にギルドのクエストカウンターへ向かい、スライムの"魔結晶"が入った袋をゴソゴソと取り出す。


 魔結晶とは、全てのモンスターの体内にあるとされる小さな水晶体で、その存在が討伐の証明になる。

 俺は今のところスライムの魔結晶しか見たことがないけど、大きさや形は様々で、とんでもない価値がつくものもあるんだとか。

 ……まあ、冒険者向けのガイドブック『冒険者になろう!』の受け売りなんだけど。


 少し緑がかった、ビー玉ほどの大きさの石ころ――スライムの魔結晶を納品箱へ放り込む。

 やがて、受付のお姉さんがやってきた。


「はい、スライム三体の討伐、確認しました。諸費用などを差し引いて、こちらが報酬の五百ゴルドです」


「ありがとうございます」


 チャリチャリと小さな音を立てて、銅貨が五枚、手のひらに乗せられる。

 その重みは、今の俺にとっては確かに“稼ぎ”だった。

 なけなしの小銭を握りしめ、ギルドを後にする。

 さて、今夜の晩御飯は――何にしようか。

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