断罪された悪役令嬢は、世界を救うために「真の悪」になる ~何周目かの人生で、ようやく見つけた私の居場所~

ましろゆきな

プロローグ

第1話 悪役令嬢、断罪されず

 王国の社交界を彩る、年に一度の盛大な夜会。

 豪華絢爛な王城の広間は、シャンデリアの輝きに満ち、甘やかな香りの花々が飾られていた。

 貴族たちは煌びやかな衣装をまとい、優雅に談笑している。


 その中心には、乙女ゲームの主人公であるリリア嬢が、可憐な笑顔で王子レオンハルトと並び立っていた。

 誰もが認める、美しく完璧な一枚絵。

 その光景を、私は舞踏会の片隅で、静かにシャンパンを傾けながら眺めていた。


(ああ、またこの日が来たか……)


 私の名は、エヴァンジェリン・グランヴィル。

 この乙女ゲームでは、ヒロインを虐げ、最終的に断罪される悪役令嬢だ。

 そして、今この瞬間こそが、ゲームのシナリオ通りに私が悪事を暴かれ、公衆の面前で罵倒される、「断罪イベント」の始まりだった。


 脳裏に、何度も繰り返した「周回」の記憶が蘇る。


 ある周回では、王子に激しく断罪され、罵倒の言葉を浴びせられた。

 ある周回では、ヒロインに「あなたなんて……嫌い!」と絶叫され、突き放された。

 どの周回でも、私は独りぼっちだった。誰にも理解されず、たった一人で絶望に打ちひしがれてきた。


 だから、今周では決めたのだ。

 悪役の仮面を脱ぎ捨て、誰とも敵対しない、善良な令嬢を演じようと。

 そうすれば、皆が私を信じ、この平穏な関係が壊れることはないはずだと。


 やがて、王子レオンハルトが高らかに宣言する。

「皆の者! 本日、この場で、ある罪を犯した者がいる!」


 会場の視線が一斉に私に注がれる。息を飲む音が、広間に響き渡る。

 来る。罵声が、悲鳴が、絶望が、また私を襲うのだ。

 私は、硬く目を閉じた。


 しかし、次に聞こえたのは、私の予想を裏切る言葉だった。


「エヴァンジェリン・グランヴィル令嬢……」


 王子は壇上から降りて、私の前に進み出た。

「君に、この王国の社交界を仕切ってほしい。君の統率力と、周囲への配慮は……素晴らしい」


 断罪の言葉ではなく、まさかの称賛。

 会場は静まり返り、誰もがその状況を理解できない。私も、自分の耳を疑っていた。

 私の努力は、報われたのだろうか?


 王子の言葉が、過去の周回での記憶を鮮明に呼び覚ます。

 ヒロインに嫌われる周回。兄に追放される周回。

 そして、たった一人で影の魔術師の前に立ち、力尽きていく周回。


(もう、独りぼっちは嫌……!)


 私の瞳から、こぼれ落ちそうになる涙を必死で堪える。

 王子の優しい笑顔が、私の心を揺さぶる。

「君の笑顔は、いつも皆を和ませてくれるね」


 その言葉が、私の心を抉る。

 この笑顔は、何度も作り直してきた、偽りの笑顔なのだから。

「ええ、ありがとうございます…」

 私は完璧な笑顔を浮かべながら、心の中で決意を新たにした。


 その時だった。

 会場の片隅で、リリアが身を震わせ、苦痛に顔を歪める。

 彼女の背後から、不気味な「影」が立ち上るのを、私だけが気づいた。

 それは、過去の周回でも私を破滅に追い込んだ、真の悪の存在。


「……始まった」


 私の視線が、リリアに向けられる。

(だから、あなたを……絶対に守り抜く)

 そのために、私はこの偽りの笑顔を、いつか捨て去る時が来るだろう。


 そして、私は「真の悪」になる。

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