語られざる者達

ツナギ(綴)

ある日の君

 ある日、ODオーバードーズをした少女の話を聞いていた日のことだった。

 突然現れた知人と俺が話をしていた話。


 少女が意識を朦朧としていた時、知人は突然俺に話しかけてきた。

『俺はこういう人を見るとほっとするんだ』

 俺には最初彼が何を言いたいのか分からなかった。

 俺にはない感覚だったから。

 だから聞き返したんだ。

「どうしてそう思うんだ?」

 知人は少し考えて応えた。

『変な話…』

『俺より苦しんでいる人を見ると、俺はその人よりましな生活をしてるって安心するんだ』

 俺はその言葉で感覚的に理解した。

 この言葉に含まれている重みを…。

「そうだったのか……」

『酷い人間だろ。人として決して良いこととは言えない』

「そうか?人にはそれぞれ生き方がある」

「君の生き方がたまたまそうだった、それだけの話だろ」

(俺には分からないが、知人が苦労してきたのは伝わってくる)

『そうか』

『もちろん、助けてあげたいとは思うが、俺にはどうしようもできない…』

 知人は悔しいのか、もどかしいのか、そんなことを言った。

「それは仕方のないことだ。」

「それに、この少女はまだ ”将来を変える選択" が出来る年齢だ」

『……』

「まだ…、間に合うかもしれない」

『君は…』

「俺はもう……、選択することは出来ない」

『っ……』

 知人の反応を見て、俺は微かに笑った。

『それは…真理かもしれないな…』

 知人は呟いた。

「……」

『俺はもうおじさんになった』

『選択の機会を逃した成れの果て』

『今じゃ見事なまでに底辺だ』

『昔は』

『”天才”だったんだがな』

『……』

 ふいに出た一言だったのだろう。

 知人は黙ってしまった。

「天才……」

『……』


(少し話を逸らすか…)

「俺は人を分析して育ったんだ、その中で気づいたことなんだが」

「人はその日その時で違う人間なんだ」

『…そうなのか?』

(興味ありげだな)

「もちろんベースは変わらないが、その日の環境などによって考えや、行動が変化する。気温とか状態とかも毎日全部が同じという訳ではないだろ?」

「わかりやすく言えば、暑いからアイスが食べたい日もあれば、暑いのにラーメンが食べたくなる日もある、そんな感じで」

「ある時、“お前は間違ってる”って言ってきた人に、正しいことを返したら、今度は“正しさだけが全てじゃない”って言われた」

「人の言葉も考えも、そのときの気分や状況で変わるものなんだよ」

「要するに、人間は生活の中で小さな変化を繰り返してる。

 だから、その時々で分かり合えたり、すれ違ったりするんだ」

『確かにな』

『君は面白い考えを持っているんだな』

『俺にはない考えだ』

「お褒めに預かり光栄です。なんてなっ」

「俺はそういうことを考えるのが好きなんだ」


「まぁ、好きだけでは生きていけないがな」

『そうだな』

「社会に出たくないな…」

「だって、みんな苦しそうだ」

『そうだな』

「この国の仕組みが変わればいいのにって俺はいつも思ってるんだ」

「俺は凡人だから分からないが、凡人は天才を嫌う傾向にある」

「俺はこの国しか知らないが、この国は天才を殺す」

「そういう仕組みが出来上がっているから」

『才関係なく足並みを揃えさせられ、いつの間にか出来ることが出来なくなってしまう』

『俺はずっと才能を生かせなかったのは自分のせいだと思っている』

『だが、ずっと…納得いく事でもない』

「そうだろうな」

「確かに、君の言うことは正しい」

「才能を上手く扱えなかったのは君の落ち度だ」

「だが、才能を生かせなかったのは、環境が整っていなかった問題もあると俺は思う」

「状況にもよるが、全て君が悪いとは思はない」

「それに、一人の力などたかが知れてる」

「それがたとえ天才でも」

『……』

「そういえば最近…気温が激しく変動して季節間が崩壊し始めたよな」

「俺はあれを肌で感じる度思うんだ」

「俺たちは破滅に向かっているんだなって」

「俺は正直、人間は馬鹿だと思ってる」

『え?』

「俺も馬鹿だけど、一部の人間は」

「これから先の犠牲を減らすよりも、今をどう乗り切るのかしか考えてない」

『……確かに』

「俺は、もうずっと前から人間に期待してないんだ」

「俺が上の人間なら、今多くの犠牲を払ったとしてもこれから先の人間のために出来ることをしたい」

『……』

「俺は、社会の考えは無知で甘いと思う」

「AIの使い方もその場凌ぎの愚策、大半が資源の無駄遣いで終わりだ」

「たとえ多くの人間に嫌われてしまったとしても、俺は今できる最大限をするべきだと思う」

「だけど……人間はもう選択の機会を逃している」

「俺らと同じだ」

「もう、延命するしか方法はない」

「俺は確かに知識不足で、言ってることも机上の空論で筋も通ってないかもしれない」

「だが、俺の持っている知識だけでも、それくらいはわかる」

「人間の文明は発展しすぎてしまった」

「人間の出来は良くない」

「一度得た楽を手放せもしなければ、どんなに合理的な方法であろうと、人の犠牲を嫌う」

「自分が苦労するのなら尚更」

「だからこそ、俺の意見は理想論で甘い考えなんだ」

「……」

 こんな話をしたって、帰ってくるのは批判だけ。いつも通りだ。

『俺はいいと思うぞ』

「……?」

『若者が理想を持たないなんて、俺はそれこそ生きてるのか疑ってしまう』

『例えば…………』

『……』

「……生きる屍みたいで?」

『そうだ。生きる屍のようになってしまったら、何故生きてるのかも、分からなくなるだろ?』

『俺はそんな人生は嫌なんだ』

「……俺もだ」

「だから、俺は」

「俺の理想を実現してくれる天才が現れてくれるのを願ってる」

「地域で起きる大きな問題を解決する小さな英雄たちを、適切な時適切な場所へ配置できる」

「先を見通せる天才が欲しい」

「そして世界を変えるには同じ思想を持った天才たちを国の上へと押し上げなければならない」

「それを成すには人間では寿命が足りない、だからできない」

「俺はただ、不幸な人が少しでも減ってくれればいいんだがな」

『そうだな』

『俺も、生活に満足出来てるかと言われるとそうじゃない』

『周りの人間は、それはお前に問題があるからだとか言うが』

『俺は……違うと思う』

『どう伝えたらいいのかわからないんだが…適応しているのに、適応できていないような気がするんだ』

「……人は、日によって違う者であると話したのを覚えているか?」

『あぁ』

「人間は確かに身体的環境適応能力は低くない」

「だが、精神までもが同時に環境適応するわけじゃないだ」

「その違和感は、これから自分がどうしたいのかを考えるために必要な思考の材料ピースで」

「問題は、それを”これからどうするか”それだけなんだよ」

『これから……か』

「まぁ、今更どうにもできないものもあるだろう。この選択は時に良くないかもしれない」

「だけど」

「それでも考えることが大切なんだ」

「だから君にも、今一度考えてみてほしい」

「君は何をしたいのか、君は”本当は”どう生きたいのか」

「考えることは、自由なのだから……」

「そういえば君は……何の天才……だったんだ?」

『俺の才能は……』

『剣道だ』

「……」

『別にできるからって社会の役に立つわけでもない』

『それでも、俺は剣道が好きだったし、大会でも何度も優勝していた』

『だから……俺はその道で生きると思っていたんだ』

『だけど………』

『………………』

 知人はそれ以上は語りそうになかった。

 様子を見るにあまりいい思い出でもないのだろうし、無理に聞くのは気が引けた。

 ゴーンゴーンと鐘の音が鳴る、朝が……近づいているらしい。

(俺も、もう……帰らなければ……)

『今日は君と話せてよかった』

 タイミングよく知人がそう言った。

「それならよかった」

「俺如きの話でいいなら、またここに来なよ」

「”本当に”話したくなったらさ」

「俺はいつでもここで待ってる」

『……分かった』

『今日は本当に話せてよかった』

「こちらこそ」

「あっ、そういえば…」

「俺の才能については話していなかったね」

『……やっぱりあるのか』

 知人は少し呆れながらそう言った。

 やっぱり人というのは面白い。

「ここまで、俺の話を聞いてもらったからね~」

「特別サービスだ」

「俺の才能は…… ''しんり'' だよ」

「解釈は君に任せる」

「君がこの言葉から何を見い出し、何を思うのか、俺はすごく興味があるからね」

「それじゃあ」

「俺の想像を超えることを期待しているよ」

「"天才"」

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語られざる者達 ツナギ(綴) @Tunagi_gennrei

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