第9話 命の分かち合い

お盆が近づくにつれて、畑の作物はすくすくと育ち、収穫の時期を迎えていました。ユイは、自分の手で育てたトウモロコシが、毎日背を伸ばしていく様子を見るのが楽しみになっていました。


ある日の朝、畑に出てみると、何本かのトウモロコシが食い荒らされていました。「やられた……!お母さん、狸にやられちゃったよ!」ユイはショックを受け、すぐに追い払う対策を立てようと母に訴えます。都会では、問題はすべて「排除」するものだったからです。クレーム、ブロック、そして自分にとって不都合な存在は、徹底的にシャットアウトする。それがユイの当たり前でした。


しかし、ミサキは荒らされたトウモロコシを見ても、特に慌てる様子はありませんでした。「ああ、今年も来たか。こいつら、一番甘みが乗った頃を見計らってくるから、賢いんや」そう言って、ミサキは収穫したばかりのトウモロコシの中から、形の良いものを数本選びます。「あんた、このトウモロコシ、持ってきて」ユイが戸惑いながら言われた通りにすると、ミサキは畑の端にある木の根元に、そのトウモロコシを丁寧に置きました。


「これでいいの?追い払わなくていいの?」ユイが尋ねると、ミサキはにっこり笑いました。「そうや。追い払うだけじゃ、あかんのや。追い払っても、また来る。狸も生きていくのに必死なんやから」ミサキは、優しくユイに語りかけます。「狸もな、生きるための分を少し分け与えてやると、それ以上は荒らさへんようになるんや。全部取ろうと欲をかいたら、逆に全部やられてまう。人間も狸も一緒。欲張ったらあかん。分かち合う智慧が大事なんや」


その瞬間、ユイの心に、これまで感じたことのない感覚が広がりました。都会では、常に誰かと「取り合う」ことに疲れていました。少ないパイを奪い合い、SNSの「いいね」の数に一喜一憂し、常に「もっと、もっと」と満たされない思いを抱えていました。その結果、自分の心に「溜め込みすぎた氣」が、体調不良となって現れていたのです。


「分かち合う……」ユイは、母の言葉を噛みしめました。それは、都会で忘れ去られていた、当たり前のようでいて最も大切な感覚でした。それから数日、狸が畑を荒らすことはなくなりました。代わりに、トウモロコシが置かれた木の根元には、狸が食べた跡だけが残されていました。その跡を見て、ユイは怒りではなく、不思議な安堵感と温かさを感じました。都会で「排除」していたものが、ここでは「共存」しているのです。


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