第25話 絶望ブリー【4】
「まだ帰んないのか?」
3つ並んだ机のひとつに手を投げ出して座っている篠原が、島山の声にハッと振り向く。
帰る前に窓や電気を確認しようとした島山も、篠原がこの部屋に座っているのを見て驚いたのだ。
「あー。うん。帰る」
ふわっとした返事をして篠原が立ち上がり、
すれ違いざまに島山の腕を掴んだ。
「どうした」
「俺じゃ力不足なのはわかってるけど…」
「北野のコピーのことか」
「だってさ、本来なら俺がコピーじゃん。
咲はいつもウォッチだし」
メンバーを危険なめに遭わせるわけにはいかない、と島山が言うのも篠原は理解していた。
島山は所長だし責任感の強い性格だ。
しかしそれでは島山はどうなるのだ。
「宮良があんなに血相変えてうちに飛び込んできたってことは心当たりがあるからだよな。
ということは十中八九犯人は北野、
いや…もしかしたら宮良を襲いに来る」
「だろうな」
「じゃあ咲は?咲は危険なめに遭ってもいいってのか?違うよな?
いつもは俺がコピーなんだから、今回もやらせてほしい」
篠原はそれをずっと考えていたのだ。
島山を危険なめに遭わせるぐらいなら、と。
島山が篠原の背中に手を当ててまた元座っていた椅子に座らせる。
落ち着くまでそのまま背中をさすった。
「なあ。俺がコピーする時、お前はウォッチとして現場にいないのか?」
「いるよ。当たり前だろ」
「俺たちは個人プレーじゃないのはお前ももう
わかってるよな?」
篠原の大きな目が島山から視線を落とす。
伏せた長いまつ毛が小刻みに揺れていた。
「確かに姿が見えてるのは今回コピーをする俺と大智だけだ。
でも現場には哉太もお前もいる。
離れているけど筧だって心は現場にいるんだ」
「…」
「みんなで仕事をするんだよ。わかるな?」
うん、と篠原が素直に頷く。
篠原が納得がいって頷いたのではないことが
島山にはわかっていた。
伏せたままの長いまつ毛を島山が指でそっと触れて、篠原を抱きしめた。
「みんながいるから大丈夫なんだよ。
俺だけじゃない。みんなのことを信じろ篠原。
お前自身のことも信じろ」
お互いを信じる。
そうしないとこの仕事はできない。
篠原ももちろんそれはわかっていたのだが、
島山はあらためて篠原の心に刻み込ませた。
「わかった」
「よし。頼んだぞ篠原」
「はい」
篠原がゆっくりと島山の背中に手を回す。
この温もりが消えてしまわないように精一杯、一生懸命仕事をしよう、と篠原は自分の心に誓った。
次の日、宮良が支店長を務める千葉支店が始まる10:00の1時間前に島山と鏑木は到着した。
まだ他の社員は出勤してきていない。
出迎えに出てきたのは宮良だけだった。
「お越しいただきありがとうございます」
宮良が北野や西と普段仕事をしている部屋に案内された島山と鏑木は、宮良がひとりなことに首を傾げた。
「あの、北野さんと西さんは?」
「あ、申し訳ありません。
そのことなんですが」
北野と西をコピーしようと思って出向いて来たのに、肝心のふたりがいないのでは何をしに来たのかわからない。
鏑木も眉間にシワを寄せて宮良を見ていた。
「実は、北野と西には島山さんのところにお願いしたことを言ってないんです」
「え?」
「西はともかく、北野には殺人予告が届いております。
北野は今のところ何ともない様子ですが、
少なからず怖さがあると思うので言ってないんです」
宮良の言っていることは矛盾している。
北野に怖さがあると思うのなら、島山たちに頼んだことを言った方が安心するはずなのだ。
それに、昨日事務所では北野がいたずらだと言って、殺人予告のことも信じてくれないと宮良は言っていた。
島山が鏑木を見ると鏑木も同じことを思っていたのか、目が合うと頷いていた。
「咲、大智。北野と西のコピーをすることを先に宮良に言ってみて。反応見てみよう」
筧もおかしいと気づいたのだろう。
筧の声が島山と鏑木、そして気づかれずに中に入って来ている藤井と篠原の耳で響く。
耳に触れるフリをして島山はイヤホンをさらに耳に押し込んだ。
「わかりました。
では本日の流れをお話させていただきます。
宮良さんにも昨日ご説明させていただいた通り
うちは身代わりになって案件を処理しております」
「はい」
「今回のご依頼でわたしは北野さんを、鏑木は西さんをコピーさせていただきます」
「えっ!」
驚いたのか、体を動かした宮良が後ろにあった椅子にぶつかる。
鏑木が宮良の背後に回って倒れた椅子を起こした。
「わたしは…?」
「宮良さんはご依頼をいただいた方ですのですので、現場にいてコピーしたわたしと鏑木に指示などを出していただかないと。
今日だけで北野さんと西さんの特徴を掴むわけですから、完全にというわけにはいきません。
宮良さんの手助けが必要になってきます」
予告を出した殺人犯が来たら現場は危険だ。
その場にいたくないと宮良は思っているのか、
それとも。
「もし、宮良さんご自身がターゲットなら
依頼者であっても仕方なくコピーさせていただきますけどね。
しかしその際でも北野さんか西さんにサポートしていただく必要があるんですよ」
完全にコピーするので本来ならばサポートなど要らないのだ。
だんだんと顔色が変わっていく宮良を、島山と鏑木がそれに気づいていないふりで見ていた。
「やっぱりターゲットは俺らの予想通り宮良だな。
あの予告の手紙は宮良が作ったもので、本物じゃない」
予告自体は本当に来ているのだが、北野ではなく宮良宛てに来たのだろう。
だからそのことを何も知らない北野や西に、
島山代行事務所の人間として島山たちを会わせられないのだ。
ということは警察に相談した、というのも嘘だ。
「事の顛末がわかってきたな。
宮良はうちが依頼者である自分の身代わりをしてなんとかすると思ってたんだろ。
咲、大智。北野と西には何も言わないから観察させてもらうだけでいいから、って言おうか」
ターゲットが自分だということは宮良は隠したいのだ。
支店を任されたところでこんなことがあかるみに出たら、支店長の座を降ろされるだろう。
だから部下が狙われたと島山代行事務所に依頼して、自分の身を守ってもらおうとしたのだ。
宮良は自分の身代わりをして欲しかった、というわけだ。
「北野さんと西さんには受け答えぐらいでこちらから話しかけたりしませんので、
この部屋で…そうですね、わたしたちを宮良さんの知り合いの企業家ということにしていさせていただけませんか?」
「あの、」
鏑木の説明を聞いていたのか、宮良の返答は答えになっていなかった。
「なんですか?」
「わ、わたしの身代わりは、」
「先ほど島山が説明しましたが?」
「それは理解しました。
しかしそれではもし犯人が来た時にわたしが危険に晒されるのでは」
これで確定した。
殺人予告を受けたのは宮良だ。
北野や西よりも自分の命が大切なのだろう。
なったばかりかもしれないが宮良は支店長だ。
本来ならば従業員の命を守ることを優先するのが当たり前ではないか。
島山と鏑木は合わせたわけでもないのに同時にため息をついた。
「もちろん宮良さんのところに犯人がいかないように最善を尽くしますが、島山はターゲットの北野さんの身代わりをしますので
わたしは島山の命を守る方を優先します」
鏑木がそう言い切ると宮良の肩がガクリと落ちる。
今すぐにでもターゲットは本当は自分だ、と言ってしまいたいだろう。
しかしそうなると本店から指導のために来ている北野と西から宮良の父である社長の耳に入る。
それを宮良は恐れているのだろう。
「社長にバレたら支店長クビになるからか?
んー。なんか違う気がするなあ」
ひとりごとを言った筧がモニターを見ながら腕を組む。
筧のひとりごとは全員に聞こえているので、
みんなもそれそれ考えているのだろう。
何も返答してこない宮良。
沈黙の時間が流れた。
「あ。なーるほどね」
筧が手をパン、と叩く。
おそらくみんなも気づいたと筧は思ったが、
今話せるのは自分だけだ。
頭の中でサッとまとめて筧はインカムのマイクを口に近づけた。
「宮良のヤツ、犯人が誰かわかってるな。
いや、名前まで特定できないかもしれないけど…俺たちが予想した通り、宮良は自分が昔いじめてたヤツが犯人だと思ってるんだ」
犯人が捕まった後、宮良にいじめられたから犯行に及んだ、と警察に吐いたところで証拠はない。
宮良は命を守ってもらってあとはそんな事実はない、としらばっくれるだけだ。
ここまで持っていくことができたら、社長の耳に入ったとしても警察が噛んでいるので宮良の言うことを信じてもらえる。
宮良はそこまで筋書きを書いていたのだ。
「どこまでも汚いヤツだわ。
帰ってきたら会議を開こうぜ。
咲の言ってた通り宮良にもう一度地獄に落ちてもらう。それも確実にな」
筧の怒りの声をみんなが聞いていると、北野と西が出勤してきた。
打ち合わせ通り宮良はふたりを知り合いの企業家だと説明する。
北野と西にはいつも通り仕事をしてもらうように宮良は元気のない声で伝えていた。
「失礼しております。わたくし
本日は宮良さんから色々とお話をお伺いしたくて参りました」
「お疲れ様です。わたくし本店から期間限定でこちらに来ております北野と申します。
良かったらわたしにも遠慮なくお聞きください」
「ありがとうございます」
支店長ごときに何を聞くのだ、と北野の目が語っている。
宮良が社長の息子だというだけで支店を任されることになったのが気に食わないのだろう。
当たり前の話だ。
「わたくし
本日はお邪魔になると思いますが、よろしくお願いいたします」
「珍しい名字でいらっしゃいますね。
わたしは西と申します。平凡な名字ですが」
ははは、と笑った西がチラリと宮良を見る。
みんな笑っているのに宮良だけ笑っていないことに西はため息をついた。
「わたしと西は支店長に仕事をお教えするために、本店から来ております」
「そうなんですか。
ではお二人はいずれは本店に?」
「もちろんです」
こんなところに一秒もいたくない。
北野と西がそう思っているのが伝わってくる。
島山と鏑木は微笑みながら北野と西の観察を続けた。
「宮良さん、お話させていただいてよろしいですか?」
自分の身代わりをしてもらえないことがよほどショックだったのだろう。
心ここに在らずの宮良は島山の声にハッとした。
「あ、すみません。
どうぞこちらにお掛けください」
宮良たちが仕事をしているこの部屋の窓際に四人掛けのテーブルと椅子がある。
宮良は島山と鏑木をそこに座らせてから自分も座った。
「うちの店の業務内容なんですが、」
筧が作ったデタラメな不動産屋の業務内容をプリントアウトしたものを宮良に渡す。
【(やましま)と(きかぶら)と呼んでください】
と、さっき話を聞いていなかったであろう宮良のために鏑木があわてて付箋を書いて貼った。
「あの、木鏑さん」
「はい。すみません、先にこちらにも目を通していただけますか?」
宮良が見た付箋を鏑木が素早く回収する。
北野や西に見られては困るからだ。
手に取った用紙を宮良がぼんやりと見つめている。
窓際から離れたところに置いてある机で、北野と西は黙々と仕事をしていた。
島山と鏑木が宮良に向かってでたらめな業務内容の話をしていると、北野が窓際のテーブルに近づいてきた。
「支店長。
おふたりにお茶をお出ししましょうか」
「いえいえ。おかまいなく」
ニコッと笑った島山が北野を見上げるとあきれた顔をしている。
事務員にお茶を持ってくるように手配もしていないのか、とあきれているのだが、
島山には宮良が何をしても北野や西は気に入らないのだとわかった。
「そうですよね。すみません」
椅子から立ち上がった宮良が内線をかけるために席を離れる。自分の机の上に置かれている電話の受話器を取って宮良は島山たちに背を向けた。
「気が利かなくてすみません。あの、支店長とはどういうお知り合いですか?」
「知り合いといいますか、大手のミヤラエステートさんに近々出す店のことでご相談をさせていただこうと思いまして」
島山と鏑木が友達などではないことかわかった北野は口元で少し笑う。内線をかけに行って戻って来ない宮良は西に足止めされているようだ。
「支店長では山島さんのご相談に乗るのは難しいかと。
実は支店長は中卒でして。中卒が悪いというわけではないのですが宅建の資格もなかなか取れず、持っておりません。
本来ならば宅建だけではなく管理業務主任者など他にも取らなければならない資格もあるのですが」
息を継ぐ間もなく宮良が出来が悪いと並べ立てる北野。宮良の情報が少しでも欲しい島山と鏑木は興味深そうに顔を寄せた。
「社長の息子さんなんですよね?だから、その、資格もないのに支店長に?」
「でしょうね。ひとり息子ですから」
そしていずれは社長に。学歴もなく資格も取れるかどうかわからないのに将来が約束されている宮良はおそらく全社員から嫌われているのだろう。北野の話から宮良は、同じく退学した藤井のように編入などをして大学に行ったりしなかったのだ。
「こんなこと言うのもなんですが、やってられませんね」
島山が話に乗っかると北野は笑って頷き、さらに声をひそめてきた。
「失脚するのも時間の問題かと」
「でしょうね」
鏑木まで乗ってきたのに怪しむこともなく北野は続けた。
「逆に続けていくことが支店長にはしんどいと思います。支店長のためにも早めに辞められた方が良いかとわたしどもは思っております」
「支店長さんのことを想ってらっしゃるんですね」
「まあ、一応上司ですから」
島山が褒めると北野はまんざらでもないように笑う。宮良はまだ西に引き止められているみたいだった。
「北野さん。もしよろしければ宮良さんにここへ戻っていただく前に西さんにもお話をお伺いしたいのですが」
鏑木がそう言うと北野は笑ったまま頷いてテーブルを離れる。鏑木が宮良に内緒で、と含めたことに気付いたようだ。そしてそれを飲んだということは北野と西は宮良に対して同じ考えを持っているのだ。自分の机に座った北野が宮良に声を掛ける。支店長とは本当に名ばかり。呼ばれたら宮良から行かなければならないようだ。北野の机に宮良が行ったので、交代で西が近づいてきた。
「西さん申し訳ありません。お仕事中に」
「いえいえ」
宮良を呼び寄せた北野が目配せしたのを受けて、西は島山と鏑木が座っているテーブルにやってきた。目配せだけで西は全てを把握したようだった。
「西さんは北野さんとずっと一緒にお仕事されてるんですか?わたしどものようなものから見てもおふたりともとても優秀でいらっしゃるように見えます」
人間に限らずではあるが褒められるとうれしい。そして余計なことまで話してしまう。西は支店長を恨むものなどいないと言った。恨むほどの人物ではないという意味だ。
「放っておいてもそのうちいなくなるでしょう。この世界はそんなに甘くはないので」
この短時間に北野も西も支店長である宮良が無能だと、そして自分たちが何もしなくても勝手に失脚するだろうと会って間もない島山と鏑木に言ったのだ。恨まれてはいないが嫌われている。高校の時の宮良からは想像もつかない人生を宮良は今送っているようだった。
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