第17話 同姓同名の詐欺師【8】





「ゆっくりつめて。絶対に慌てんなよ」


うまいこと社長室に一緒に入った藤井が、カメラで社長、島山、そして阿藤をコピーしている鏑木の映像を捉えた。


そのモニターを見ながら筧が通話ボタンを押す。

島山と鏑木はもちろん返事はできないが、この筧のひとことで大きく息を吸った。




「知らない…?」


筧の隣に座った阿藤が呟く。

その声に筧が、阿藤が見ていた篠原カメラのモニターを見た。


篠原は秘書たちの様子を捉えようと、隠し部屋に残っていた。


「お兄さんについて、マジで普通に仕事しに来たみたいだなこいつら」

「ですよね。秘書たちは詐欺をするためにうちの会社に来たわけじゃないし、兄が本当に僕の兄かどうかも知らないみたいです」


筧がカサカサ、と音を鳴らしてローテーブルの上に無理やり乗せていた書類を手に取る。


会社の間取り図の下から一枚の紙を引っ張った。


「調べたところによるとお兄さんと秘書の3人は元々同じ会社で働いてたんだよね。

仲介所か…。

無農薬で野菜を作っている農園を飲食店に紹介する会社をお兄さんが立ち上げたみたいだよ」


アイデア商法といわれるものなのか。


オーガニックなどを売りにしたい飲食店は、無農薬野菜を作っている農園と契約を結びたいのだが、どこが良いのかもわからない。

そして農園の方も契約を結ぶとなっては相手の飲食店が確実なところでないと結べない。


それを調べて紹介し、契約までの面倒を見るのが阿藤の兄が営んでいた仲介所なのだ。

梅谷、竹岡、松口の3人はその仲介所で働いていたようだ。


「一緒にずっと仕事をしてたんですね。

なのに、鏑木さんのこともそうだけど、秘書たちは兄の本当のことを何ひとつ知らないなんて」


考えたら淋しい話だ。

しかしそれは裏を返せば社長は誰にも何も言わずにひとりで生きてきたということだ。


誰の力も借りずに誰にも迷惑をかけずに自分の思いを貫くために。


篠原カメラが写している秘書たちはぶつぶつ言いながらも社長に言われた仕事をしている。

それを見ていた阿藤の胸は苦しかった。


「阿藤さんは総額まで計算してなかったよね」

「はい。僕が見つけたのはほんの一部だと思っていたので。

うちの会社が契約していた農園はもっとありましたから」


筧にそう言われて総額はどのぐらいなのだろうと阿藤は考えた。

農園が損をした分を返金するとなるともしかしたらラディッシュコーポレーションは倒産してしまうかもしれない。


自分ではなく兄が、だが父から受け継いだ会社。

倒産することを考えるとまた阿藤の胸はさらに痛んだ。








社長が膝の上で組んでいた手をぎゅっと握る。

社長の言葉を待ちながら島山は質素すぎる部屋を見回した。


「理由は…そうですね。たくさんではないです。

ひとつだけです」

「ひとつ…」


阿藤をコピーしている鏑木がひとりごとのように社長の言葉を繰り返す。


そのひとつのために社長は詐欺まではたらいて島山代行事務所を引き寄せたのだ。


「阿藤さんがうちに頼るように、わざと詐欺を記録した隠しファイルを見つけやすいところに置いた。

そうですね?」


目を閉じた社長が頷く。


素直な阿藤はそれを見つけ、相談する人もいない中、島山代行事務所を頼って来たのだ。


社長の書いた筋書き通りに。鏑木に用があるなら直接くればいいのに、と島山は率直に思った。


「で、阿藤さんがうちへ来て、あなたがはたらいた詐欺を暴くことになった。

うちらがいつ来てもいいようにあなたはご自身のパソコンのセキュリティを緩めていた」


簡単に証拠を揃えさせるために。

そしてすぐに詐欺が露見するように。


短時間で収穫があり過ぎたことを島山代行事務所のメンバーはみんな不審に思っていたが、やはり仕掛けられたものだったのだ。


「はい。おっしゃる通りです」


阿藤をコピーした鏑木が持っていたパソコンをコンコン、と指先で叩く。


鏑木が考えことをしている時の癖なのだが、コピーの時に自分の癖を出すなんて島山には考えられなかった。


思わず島山が隣に座っている鏑木に視線を送ると、鏑木も横目で視線を合わせた。


「…」


わざとやっているのだ。

声が出そうになって、島山は咳払いをする。


阿藤のことをコピーだと見抜けなかった社長は、おそらく血縁者ではない。

その辺りもはっきりとさせておかなければならないのだが。


コンコン、と動く指先は止まらない。

島山は鏑木が何を考えているのかわからなかったが話を進めていかなければならなかった。


じっと阿藤をコピーしている鏑木の指先を見つめている社長を見て島山は座り直した。


「少し過去のお話をお聞きしますね。

お父様がお亡くなりになって、あなたはお父様からの手紙を受けとった。

そこには父親の会社であるラディッシュコーポレーションを引き継げと書いてあったんですよね」


重要なところだ。

なにもかも嘘ならその手紙も嘘だろう。


筆跡鑑定はおこなわれたのかもしれないが、筆跡など細工しようと思えばできる。

細工をしないとしても鑑定士を買収することだってできるのだ。


島山が社長をのぞき込む。

阿藤をコピーした鏑木の指が止まった瞬間、社長が島山と目を合わせた。






阿藤は藤井カメラのモニターを見ていた。

篠原カメラのモニターの中では秘書たちが一生懸命パソコンに向かって仕事をしている。


藤井カメラのモニターはあまり動きがない社長、鏑木、島山を写していた。


「大丈夫?」

「大丈夫です。僕も真実が知りたいから」


そうは言ったものの2年間兄だと信じてきた人が兄ではないかもしれないという事実。

ここまでつめられてはもう嘘もつけないだろうと素直な阿藤は考えていた。


大丈夫、と言ったものの握っている手に汗が滲む。

今からの社長のひとことでこれからの阿藤の運命も変わっていくのだ。


「どちらにしてもお兄さんは降板するから。

あとは会社がどうなるかだよな」

「そうですね」


先のことなど今は考えられないが、現実は見なければならない。


優しく微笑んだ筧に阿藤は強く頷いた。


「咲。できたらそのお父さんからの手紙見せてもらって。

カメラに写してほしい」


筧が通話ボタンを押すと、うんうん、と島山が頷く。

筧が鑑定しようとしている。

そのために画像がいるのだ。


「はい。父からの手紙にはそう書いてありました。

わたしは幼い頃に親戚の家にもらわれました。

養子に出されたということらしいです」

「養子?長男さんなのに?」

「陽は知らないそうなのですが、わたしの上にもうひとり兄がいました。

農園をたくさん持っていた親戚がおりまして、いずれ会社を興したいと考えていたそうです。

しかし子供に恵まれなかったので、次男であるわたしは神奈川にある親戚の元へ養子に出されました」


阿藤が生まれてすぐ、まだ小学生だった長男が不慮の事故で亡くなった。

後継ぎに阿藤がいるからまだ良かったものの、いなかったら次男を取り返していたところだろう。


「父は最後にわたしを親戚から取り返したみたいなものです。

まだ若かったからなのでしょうか。

父は遺言書を作成していませんでした。

しかしわたしに届いたこの手紙だけは書いていたようです」

「手紙、見せていただけますか?」


島山がお願いします、と軽く頭を下げると社長は座っている長椅子の後ろにある机に歩いて行く。

鍵を使って引き出しを開け、真っ白な封筒を持ってきた。


受け取った島山が自分が付けているカメラに写るようにしてまずは白い封筒を確認した。


「神奈川県川崎市…あなたはここに住んでいたのですか?」

「この住所はわたしが養子に出された親戚の家です。

この手紙が届いた時には、わたしは家を出てひとりで暮らしていました」


社長宛に届いたこの手紙の封筒には差出人の名前はない。


しかし宛名を見た親戚が、社長がひとりで住んでいた家に転送したのだった。


「中も拝見しますね」


元々開いている封筒の中に島山が指を入れて便箋を取り出す。


2枚のうち1枚はなにも書いていない白い便箋。

それに重なるもう1枚の便箋を広げた。


【静へ わたしがいなくなった後は阿藤の家に戻って来て陽とふたりで会社を守っていってくれ】


その2行の文章の下にはこの手紙が書かれた日付と父親の名前が書いてあった。


「宛名にも書いてありましたが…

しずかさん?あなたは静さんとおっしゃるのですね」

「はい。秋沢静と申します。鏑木大智は偽名です」

「あきざわさん、ね」


偽名というのがわかってはいたものの、島山は驚いた。


しかしそれよりもこの手紙には日付、署名があるのだ。

これがもし本物なら遺言書として認められる。


筧が取り込みやすいように島山は折れている便箋をなるべく広げた。


「お名前のことはわかりました。

あなたはお父様の意志を汲もうとラディッシュコーポレーションに現れたのですね。

親戚の方、あなたの義理のご両親はよくあなたを手放されましたね」

「手放したのではありません。

親戚が営んでいた会社、まあわたしが再建したのですが、いずれそちらにまた戻るという約束なので」


社長が傾いていた親戚の会社を立て直すために仲介所を興したのだ。


義理の両親に軌道に乗ってきた仲介所の権限を渡し、弟の陽がしっかりと継げるまでラディッシュコーポレーションで働く許可をもらったのだ。


「ということは籍はこちらではないんですね」

「はい。ラディッシュコーポレーションが陽ひとりで大丈夫になるまでの、いわばわたしはお手伝いみたいなものです」


さっきからひとことも話さない、阿藤をコピーしている鏑木を見て社長が微笑む。


信じられないが社長と阿藤は正真正銘の兄弟だったのだ。




「お父さんの字で間違いないな」



筧の声に島山は目を閉じた。


血が繋がっているのになぜ阿藤は鏑木を見て兄だと思ったのか。

そして兄である社長はなぜ今目の前にいる阿藤のコピーに気づかないのか。


考えられるとしたら…幼い頃から会っていなかったので、たとえ血の繋がりがあったとしても、そういう場合は見抜けないのかもしれない。


社長の顔は鏑木に似ている。


しかし毎日のように鏑木と会っている島山には似ているぐらいで阿藤が間違えるほど全く同じとは思えない。


大学からの知り合いだが、鏑木と島山はもちろんだが血の繋がりはない。


「そういうことか」


パッと目を開けた島山がひとりごちる。


今まではこうだったからという固い考えではダメだったみたいだ。

いい経験ができた、と島山が考えていると筧の声が聞こえてきた。


「血が繋がっててもわかんないことあるんだ。

で、血が繋がってなくてもわかることもある。

咲、勉強になったじゃん」


心を読んだような筧の声に島山は口元で微笑んだ。


「わかりました。

それなのになぜあなたは詐欺をはたらいたんですか?

本当にラディッシュコーポレーションは傾いていたんですか?

もしうちと繋がりを持つために阿藤さんを導くならもっと他に方法があったのではないですか?」

「ラディッシュコーポレーションが物価高に悩まされていたのは事実です。

父から受け継いでからすぐに物価の高騰が始まりました。

農園から野菜を買い、それをレストランに卸すだけではなくレストランの経営も我が社が担っています。

働けば働くほど赤字になっていきました」


同じような業種の会社がどうやってこの物価高を乗り越えているのかも調べ、実践したがうまくいかなかった。


そこで思いついたのが別会社を興して格安で買取をすること。

しかし普通に農園と交渉してもこのご時世に格安で野菜を売ってくれるところなどどこにもない。


期間限定だと言い聞かせて一緒に来てもらっていた梅谷、竹岡、松口にだけ事情を話した。

自分の代になってから会社を倒産させるわけにはいかない。

たとえ罪を犯すことになったとしても。


社長は自分のことよりも会社のことを第一に考えたのだ。


島山と、阿藤をコピーしている鏑木に社長がそう説明する。

自分の胸の内をやっと出せたとばかりに社長は穏やかな表情をしていた。


「わたしはここ10年ほどずっと探している人がいました。

同じ業種の方と繋がりを持つ中で、島山さんの事務所のことを知ったんです」




困ったことがあったら頼ればいいよ、と仲良くなった同業者に教えてもらった。

代行など不要なのに、と思いながらも社長は島山代行事務所の名前を手帳に控えた。


「そこにさ、あんたにそっくりな人がいるんだよ。

一瞬鏑木さんかと思ってビックリしたよ。

でもあんたのわけないしね。

てかそれぐらいおんなじ顔だったんだよ。

世の中には似てる人が数人いるって言うけど、あれは似てるってどころの話じゃなかったな」


情報を共有していた同業者が言ったこのことに社長は凍りつく。


ラディッシュコーポレーションの社員たちは社長に就任する前の自分の顔を知らない。

もちろん弟である阿藤もだ。


父の会社を継ぐ時に社長は探していた男の顔に変えるために特殊なメイクを習った。

映画などで全く違う人物になるメイクを担当している会社へ行き、金を払って特殊なメイクを教えてもらった。


それは全て探していた男の情報を得るためだった。


島山代行事務所に自分と同じ顔の男がいる。

願いがやっと実ったのだ。




島山と弟に話をしている社長が優しく微笑む。

顔を変え、名を変えてまで探していた男がやっと見つかったのだ。


「陽に詐欺をはたらいていたことを見つけてもらおうと思ったのは探していた人に会うためと、もう犯罪を重ねることを終わりにしたかったのかもしれません」


会社の経営に苦しめられ、詐欺をはたらいていたところにずっと探していた人が見つかった。

罪を償わないとならない自分の運命なのだと社長は思った。


「阿藤さんは告発するつもりはないと思いますよ」

「でしょうね。会社のために、」

「いえ。あなたにもう一度やり直してもらうために」


秘書たちに農園の損害金を計算させているのも返金する気があるからなのだろう。


返金させて会社を終わらせ、社長は全ての罪をひとりで被ろうとしている。

しかしそこからも社長の人生は続いていくのだ。





「阿藤さん、確認するけど警察には通報しますか?」


モニターを見てさっきからひとことも話さない阿藤に筧が確認すると阿藤は首を横に振った。


阿藤が話し出そうとしたのでみんなにも確認させるために筧は通話ボタンを押した。


「別会社のキャロットストアから返金してもらいます。

そしてキャロットストアは潰します。

でもうちの会社はまだ打開策があるかもしれない。それを今後…」


阿藤が話していることをコピーの鏑木が下を向いたまま話す。

社長は驚いた顔をしていた。


「兄さんと上役である秘書たちと一緒にこれからを考えていきたいです。

ラディッシュコーポレーションは潰さない。

潰させない」

「陽…」


社長は弟がこんなにしっかりと考えてくれていたと思っていなかったのだろう。


社長は阿藤のことを無能だなどと思ったことは一度もない。

普段は自分の考えを口に出さない阿藤が、こんなにはっきりと考えを口にしたことに驚いたのだ。


「ありがとう。その気持ちだけでじゅうぶんだ」


離れていたとはいえ兄弟の絆が見える。

兄は弟が立派な社長になるまで支えようとし、弟は罪を犯した兄に未来を持たせようとしている。


こんな世の中で一生懸命に二人は会社を守ろうとしていた。


阿藤をコピーしている鏑木の気持ちが揺れているのを島山が感じ取った。


そろそろ最後の話をしなくてはならない。


「鏑木さん、いや静さん。

あなたが探していたのはうちに所属している鏑木大智ですね」


弟を見て微笑んでいた社長の顔がスッと真顔になる。

それと同時に阿藤をコピーした鏑木の体に力が入った。












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