第11話 同姓同名の詐欺師【2】





なるほどね、と鏑木はひとことだけそう言った。

その声がいつもの鏑木の低く優しい声だったことに島山代行事務所のメンバーは安堵した。


「大智、こいつのこと知らねえよな?」


島山が確認のためにそう言うと鏑木はうん、と頷く。

阿藤からの依頼でラディッシュコーポーレーションの社長である阿藤の兄の鏑木大智の詐欺を暴いてくれと言われていることを受けても、

鏑木の態度は変わらなかった。


「よし。作戦会議だ。誰かをコピーしてこの会社に潜り込むかを考えよう。

潜り込まないと証拠を掴めないしな」

「まあ、社員は100人ほどいるみたいだから。

でもなるべく社長と絡んでる人の方がうろうろしてても怪しまれない」


筧がそういいながらノートパソコンをみんなに見えるようにテーブルの上に置く。

画面にはラディッシュコーポーレーションが買い残した野菜を1/4の価格でで買う、キャロットストアを調べたものが出ていた。


キャロットストアの代表は当たり前だが阿藤の兄ではない。全く違う人物と所在地。

これが兄が所有する別会社だと阿藤は言っているのだ。


「実はもうすぐ阿藤さんが来る」

「咲くんが呼んだの?」

「ああ。阿藤さんが大智を見てどう思うかでコピーする人間を決めたいんだ」


島山の言いたいことがみんなはだんだんわかってきた。

阿藤が鏑木を見て兄と間違えるかどうかを見るのだ。


幼い時に離れて2年ほど前にひょっこりと現れた兄。そこから一緒に働いているのだ。

コピーしても肉親や親しい人には見抜かれる場合が多い。

もし阿藤が鏑木のことを兄と間違えたら逆に肉親ではないという証拠材料になる。


「阿藤さんが大智を兄と別人だと思わなかったら、」

「阿藤さんのコピーをするということだな」


鏑木がニコッと笑う。島山が頷いてそれに笑い返した。


阿藤をコピーするとなると厳重にしないとならない。

おそらくだが兄弟は毎日顔を合わせているからだ。


しかし阿藤が鏑木を兄と間違えることによって兄と肉親ではないという可能性がある。

それは兄にも言えることなので、阿藤をコピーしても兄である社長には見抜かれない。

これは一種の賭けだった。


「阿藤さんのコピーをすると前提して大智、

お前がコピーだ」

「オッケ」

「で、哉太がウォッチ」

「はいよ」

「筧は指示出し」

「おう」


前提として、と島山は言ったが確信を得ているような感じに見える。

鏑木は筧の隣に座って、詐欺だ、と阿藤が言っていた取引先の農家との出納を見ていた。


コンコン、とノックがした。

島山がドアを開けると阿藤が立っていた。


「こんにちは」

「悪いね。急に呼び出して」

「大丈夫です。僕はフリーみたいなもんなんで」


フリー?と阿藤の声に全員が目を合わせる。

社長の弟で、もし兄が現れなかったら父親の後を継いで社長になっていたかもしれないのに。


ニコッと笑って入ってきた阿藤にメンバーは立ち上がった。


「すみません。本日はよろしくお願いしま…」


鏑木に視線を置いた阿藤が言葉を切って目を見開く。

瞬きをパチパチとしたその顔が青く染まった。


「どういうことですか。島山さん」

「…」


何も言わずに島山が阿藤の表情を観察する。

他のメンバーも同じように阿藤を見ていた。


「なんで…ここに兄さんが。

もしかして、ここもやっぱり兄さんの別会社ってことか!」

「やっぱり?」

「だから島山代行事務所を勧めたんだな。

僕を陥れようとしたんだな!」


興奮し出した阿藤が後ずさる。

ドン!と入り口のドアに背中をぶつけてもなお、鏑木をにらんだ。


「阿藤さん。結論から言うけどこの人はあなたの兄さんじゃない」

「は?どう見たって兄さんじゃないか!

騙したって、」

「違う。それは本当だ。落ち着いて」

「阿藤さん」


鏑木が低く優しい声で阿藤に微笑む。

その声を聞いて阿藤はまた目を見開いた。


「え?」

「声が違うんでしょ?顔も姿もあなたのお兄さんにそっくりでも僕はあなたのお兄さんじゃない。おわかりいただけましたか?」

「…」


兄でないことがわかった阿藤は力が入っていた肩をガクッと落とす。

島山がドアの前にいる阿藤を迎えに行って長椅子に座らせると、阿藤は鏑木をずっと見上げていた。


「阿藤さん落ち着いた?」


落ち着かないと話ができない。

阿藤はまだ疑わしげに鏑木を見ている。

どうやって落ち着いてもらうかを島山は考えて腕を組んだ。


「阿藤さん。昨日は僕休んでたんですよ」

「…あなたはここの?」

「はい。申し遅れました島山代行事務所の鏑木大智と申します」

「え?」


阿藤は頭が混乱しているのだろう。

しかし鏑木が落ち着いた声でゆっくりと話すのを聞いて、さっきまでの興奮はおさまったようだった。


「びっくりするよね。名前も同じなんて。

僕もびっくりしたんですよ」

「どうなってるんですか?」

「僕たちにもわからない。それも込みで調査を進めさせていただこうかと思ってます」


鏑木が優しく話すと阿藤がやっと落ち着いた。

ここにいる鏑木が兄ではないことを信じ、詐欺を暴くために協力してくれることも理解したようだ。


もう大丈夫か、と様子を伺っていた島山が阿藤が来る前にみんなで打ち合わせしたことを話し始めた。


「阿藤さん。あなたはうちの鏑木を見てお兄さんだと思ったんだよね?」

「はい。声以外は兄にそっくりなので」

「うん。でもうちの鏑木は阿藤さんのお兄さんの鏑木大智さんではない。

ということは別人なんだよ」


島山がゆっくり噛み砕くように阿藤に話す。

一生懸命理解しようとしている阿藤をみんなが観察していた。


「でも、本当の肉親なら別人だってわかるはず。

そう思わない?」

「…」

「長いことお兄さんに会ってなかった、というのもあるかもしれない。

でもお父さんが亡くなってから2年間、阿藤さんはお兄さんと一緒に働いてきたんだよね?」

「確かに。でも僕は、その、こちらの鏑木さんのことを兄だと…」


阿藤がハッとした顔をする。

さっきから阿藤を観察しているメンバーのみんなが、阿藤は兄である鏑木大智が寄越したものではないことを確信していた。

それぐらい阿藤の目は本物だった。


「そういう…ことですか」

「まだ確定ではないけどね。

小さい頃に生き別れていたから血が繋がっててもわからないってこともあるかもしれないけど、あなたの本当のお兄さんではない可能性はある」


阿藤が下を向く。少なからずショックなのだろう。

しかし詐欺をはたらいている兄が自分の本当の兄ではないかもしれないことに安堵したのもあるだろう。


「それも調べてくれるんですね」

「はい。それとなぜあなたのお兄さんがうちの大智をコピー、いや、うちの大智になりすましているか、ってのも調べさせていただきます」


今は鏑木と同じ容姿をしているが、元々の容姿は違うはずだ。

おそらく阿藤の兄は鏑木のことを知っている。


「で、さっき、やっぱり俺たちがお兄さんとグルだ、みたいなこと言ってたよね?

お兄さんにここを紹介された、とも。

あれはなんでかな?」


昨日とは打って変わって今日は普通にぶら下げて来たカバンの中から、阿藤が手のひらほどのサイズのファイルを取り出す。

細々したものをまとめているのだろう。

パラパラとめくっていき止めたページから一枚のプリントアウトされた紙を取り出した。


「兄がくれたんです」


島山が阿藤から渡されたその紙は島山代行事務所のホームページをプリントアウトしたものだった。


「人間の代行って意味がわからなくて。

兄に聞いたら探偵みたいなもんだよって。

困った時にここへ相談したらいいって」

「お兄さんがねえ」

「はい。兄は利用したことがないけど良い噂を聞くからと。

その時は兄が本当の兄ではない、と、僕が疑っていると兄が思っているから、それでこれを渡してきたのだと思ってたんです」


これから一緒に仕事をしなければならないのだ。

それが亡くなった父の願い。

だから必要ない、と思いながらも阿藤は捨てることなくファイリングしていた。


「お兄さんおすすめのうちによく依頼しようと思ったね」

「兄に再会?してすぐにすすめられたんで。

もう忘れてるだろうと思ったんです」


阿藤の兄、ラディッシュコーポレーションの社長がこの島山代行事務所をすずめてきた。

それはきっと阿藤を島山代行事務所へ行かせるためなのだ。


「阿藤さん、お聞きしてもいいですか?」


パソコンを見つめていた筧がサッと手を上げる。はい、と言った阿藤が筧の方へ体を向けた。


「フリーみたいなもの、と言ってたけど、阿藤さんの仕事って具体的にどんなことですか?」

「僕は肩書きは一応副社長なんですが、秘書が組んだスケジュールに従っていろんな仕事をしています。営業もしますし、事務仕事も。

でもいつでも調整できるので」

「お兄さんの仕事を手伝うことは?」

「あります。毎日少しの時間ですが兄とふたりで打ち合わせのようなものはしています」


聞いていたら忙しそうだ。どこがフリーなんだ、と筧は思った。

とんとん、と筧が自分の額を指で叩く。


1日の勤務時間はだいたい8時間。

いろんな仕事をしていると阿藤は言っているがそれが1〜2時間で終わってしまうとしたら。


「フリーな時間がたくさんあるということ?」

「そうです。僕の仕事は時間も決まっていないので」


副社長だから会社の仕事を全てできるようにするために弟である阿藤にこういうスケジュールを組んでいるのか。

それともいわゆる雑務をやらせているのか。

後者なら阿藤に聞くのは酷だった。


「わかりました。ありがとう。

ということは阿藤さんはこちらに全面的にご協力いただけるということだよね」

「はい。なんでも言ってください」

「ありがとう。じゃあこれから会社に潜り込ませてもらうので阿藤さんにはいろいろ教えてほしいんだよね」


島山がそう言ってパソコンのウィンドウを閉じて別のページを出すと、ラディッシュコーポレーションの間取り図が画面の中に出てきた。

三階建のそこまで広くないフロア。


ひとつひとつの部屋の説明を阿藤に聞き、それを書き込んでいった。


「阿藤さんもご存知の通り、うちは人間の代行をする事務所。

いわゆる身代わりね。

今回は阿藤さんの身代わりをします」

「はい」

「あなたの身代わりとしてお兄さんに近づき、詐欺の証拠を掴みます」

「兄にバレませんか?」

「大丈夫だよ」


コピーの鏑木が阿藤を見て微笑む。

どこからどう見ても兄にしか見えない鏑木に阿藤も微笑み返した。


今の小一時間ほどの間に阿藤の話し方、声、仕草などの特徴を鏑木は全て掴んだ。

血の繋がらないと思われる阿藤の兄に見破れるはずがない。

そしてそう信じ込まないとならない。


コピーをするからには堂々と。

自分は本人だと自分自身に言い聞かせ、思い込ませるのが一番重要なことなのだ。


「それと、阿藤さんにひとつお願いがあるんだけど、阿藤さんの都合のいい日でいいから俺とこいつで会社見学させてもらいたいんですよ」


ん?と篠原が目を丸くする。島山から事前に聞かされていなかったのだ。

というか島山が今思いついたことなのだと篠原はわかったので何も言わずにうんうん、と島山に合わせて頷いた。


「島山代行事務所の篠原です。

よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。

あの、僕が案内したらいいですか?」

「いえいえ。そうねえ、ここ」


島山がパソコンの画面に出ている会社の一階にある椅子とテーブルを置いてあるブースを指差した。

いろんなことに活用できるブースなのだろう。


「ここで俺と篠原と打ち合わせしてるフリしてもらえますか?1時間ぐらいでいいので」

「あ、はい。わかりました。今からでもいいですよ。明日でもいいですよ」


フリーで動いていると言った阿藤だ。

時間を作ることなどたやすい。

それに阿藤も早く動いて欲しいのだろう。

島山が腕時計を顔の前に持ってきて目を細めた。


「では今から阿藤さんに会社に戻っていただいて、1時間後に篠原と向かいます。

アポ取ってることにしてもらって、

そうだなあ。こうだい農園って名乗るんで」

「わかりました。こうだい農園さんですね」

「よろしくお願いします」


こちらこそ、と阿藤が頭を下げる。

そしていそいそと、出していたファイルをカバンに入れて帰って行った。


「可愛い子だね」


鏑木が弟を見るような優しい目をして阿藤が出て行ったドアを見つめた。


「なんとかしてやりたくなるよな」


筧もニコッと笑う。

そしてパソコンのキーボードをカタカタと打ち始めた。


「咲と篠原も入るの?」

「さすが筧。

一階なら社員がたくさん通るだろ?

チラッとでも俺たちのことを覚えてもらってたら後々行きやすい」

「いきなり名前出されたからビックリしたよ。

急に思いついたんなら仕方ないけど」

「悪いな。

お前の言う通りさっき思いついたんだよ。

なんか社長が手強いなと思ってさ」


詐欺の仕組み自体は簡単だ。

しかし暴くことがひとつではない。


なぜ鏑木大智を名乗っているのかも暴かないとならない。

現場にいる人数が多ければ多いほど良いのだ。


「じゃあ今日、咲と篠が入ってからまた情報もらうわ」


筧がパソコンを閉じて背もたれにもたれる。


鏑木が棚の上に置いてある鏡に自分の顔を映し、表情をいろいろ変えてから振り向いた。


「阿藤さんてこんな感じの表情がベースだよな」

「おお。大智やべえな!」


島山が大声を出して手を叩く。

藤井も筧も篠原もみんな続けて手を叩いた。


コピーをずっとやっている鏑木は特徴を掴むのが早くてうまい。

メイクも何もしていないのに振り向いた顔はさっきまでここにいた阿藤に見えた。


「あと声だな。話し方はだいたい掴んだし…

あ、咲と篠、阿藤さんの秘書にも会ってきてほしい。情報収集よろしく」

「わかった。篠原、そろそろ行くか」

「このままの顔面で行くの?」

「顔面って。顔はこのままでもいいけど俺ら農家さんだからな。それっぽくいこうぜ」


それっぽく。まだコピーになって日の浅い篠原にはピンと来なかったがこういうのも勉強なのだ。


島山が車のキーを持って事務所を出て行く。

篠原がぶつぶついいながらそれに続いた。




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