底辺神様の異世界録

@sakuya0009

第1話 底辺神様、異世界に迷い込む…

神の時は、人の時とは違う。

百万年が過ぎようと、ただの一日が流れたかのように思えることもある。

だが、信仰という糧を失った神にとって、その一日はまるで永遠の地獄のように長い。


「……また、今日もか」


錆びついたような声が、神殿の奥深くで呟かれた。

かつては空より高く、地よりも広かった居城も、今では苔むし、瓦礫が散らばる廃墟と化していた。


その名はすでに忘れられ、記録すら残らぬほどの遠い昔。

この神、今や“底辺神”と蔑まれる存在は、何十億年前の太古に生まれた、古き神だった。


天地創造の黎明期。

人々が雷に怯え、星を崇め、大地に祈りを捧げていた頃、彼は確かに人の信仰を受けていた。


だが、文明は進み、科学が世界を照らすと、信仰は薄れた。

神々の数も増え、“役立つ神”“便利な神”ばかりがもてはやされるようになった。


そして、時代に取り残された古の神は、忘却の彼方に追いやられた。


「まだいたのか。もはや虫けらにも劣る存在だな」


「高位にしがみついてばかりで、なんの意味もない。さっさと消えろよ」


神界の新興神たちは、彼を嘲り、排除しようとした。

信仰の力が尽き、力も残りわずかになった今、彼はもはや抵抗すら困難だった。


それでも、かつて共にあった者たちの記憶を支えに、ただ生きていた。

だがそれすら、許されなかった。


ある夜。

若き神々が数柱、闇に紛れて彼の神殿を襲った。

嫉妬、恐怖、力への渇望。神々の争いは、時として人よりも醜く、残酷だ。


「く、あ……!」


血を吐き、膝をつく。神すら死に瀕することがある。

その身は砕け、神格も揺らぎ、崩壊寸前だった。


それでも彼は、最後の一滴まで神としての誇りを捨てなかった。


その瞬間だった。


崩壊する神殿の裂け目から、光とも闇ともつかぬ亀裂が生まれた。

抗うこともできぬまま、彼の身体はその亀裂に吸い込まれた。


視界が歪む。空間が砕け、時がねじれる。

目覚めたとき、彼はまったく見知らぬ大地に倒れていた。


澄んだ空。風に揺れる草原。聞いたことのない鳥の声。

魔力の流れは異質で、神界のそれとはまるで異なっていた。


「……ここは、どこだ……?」


彼は最後にそう言うと地に膝をつきその場で倒れ込んだ。


「大丈夫ですか?」


一人の少女が、声を掛けてきた。


「君は誰だい……」


神はそういうと、意識を手放すのだった。


金色の髪をなびかせたその少女は優しく声音をしていた。隣の剣を背負った護衛は鋭い目をしている。


「この世界では見ない顔立ちですし、特殊な雰囲気ですね。迷い人でしょうか?」


「分からないわ。でも倒れている人がいるのに放置できないわ。サラ、この方を王宮まで運んでちょうだい」


「危険です、お嬢様」


「私の言うことは絶対よ。それにサラならいざとなっても助けてくれるでしょ?」


彼女の名前はアリス

実はこの異世界フランポンドのドイル王国の公爵令嬢である。


「分かりました。お嬢様がそういうなら運びますよ!」


サラはそう言って、彼に抱き抱え王宮まで運んだ


こうして、底辺にまで堕ちたかつての神は──

異世界に転移し、再びその“神としての力”を取り戻す旅を始めることになる。

だが、まだこのとき彼は知らなかった。

この世界が、神を必要としていることを。

そして、再び名を刻む運命が待ち受けていることを。

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