死の勝利
もう死んでしまった友人と初めて出会った時を思い出す。大学を1週間で辞めて、辞めてというよりはめんどくさくなって行かなくなって、1ヶ月くらい経った頃、バイトでもしようと思い、小田急ロマンスカーの車内販売の飲み物やら弁当やらサンドウィッチやら酒やらを補充をするバイトがあった。ラクそうなので面接を受け採用された。私は夜番で出勤は午後の3時だったので、昨晩、一人でかなり飲んで二日酔いだった。胸がムカムカして吐いてばかりいたので朝の9時くらいからムカイ酒をして飲み始め、段々と体の調子が良くなり、吐き気も失せてほろ酔い気味で、初出勤に望んだ。ダンジョンのような新宿駅の地下2階に事務所があり、ジャンプやビッグコミックを読んでいる連中が2~3人いた。年は皆、私と同じ19、20くらいのガキどもで、一応l軽く挨拶したら、うなずくくらいの態度を見せて連中はすぐに漫画に目を落とした。
一人の男が私に声をかけた。私は当時金髪でドクターマーチンのブーツを履いていた。
「なに、聴いてんの」
「レイジとか、コーン」
「日本のは?」
「ブランキーとか、ミッシェル」
「飲みにいかん?」
「いいよ」
バイトは思っていたよりもかなりラクだった。新宿駅のホームにデポと呼ばれる商品倉庫兼、私たちスタッフの待機事務所があり、私たちは待機していた。大学生、バンドマン、役者、自称アーティストなど社会不適応者などがほとんどで、社員は一人もいない現場だった。待ち時間の方が長く、スタッフは皆、漫画を読んだり、ラジオを聴いたりしていた。今ではありえないが、皆、商品のジュース飲んだり、お菓子やサンドウィッチ食べたりしていた。私も勧められた。デカイ冷蔵庫がありその中に缶ビールがあった。この缶ビールって飲んでいいのか?と私は聞いた。一応リーダーがいて、そいつは流石にこれはダメだな。と言ったが、友人の男は冷蔵庫を開け、一本取ると栓を開け、喉を鳴らして飲んだ。後でわかったが、男はリーダーよりもバイト歴が長く、男がビールや、ウィスキーの小瓶に手を出すのは暗黙の了解となっていた。確か男はその時、25くらいだったと思う。
男はもう一本取り出し、私に手渡した。
「飲んでいいよ」
私は栓を開け喉を鳴らして飲んだ。
仕事は単調で、ロンマンスカーが入線すると商品の補充をして、ゴミを受け取る。これだけだ。私は新入りなので一番きつい、と言ってもきつくはないのだが、溜まったゴミを台車にのせ、ゴミを捨てに行く仕事を経験する事になった。新人の初日は必ずこの洗礼があるらしい。男が一緒についていってくれた。新宿駅の地下のさらに地下にゴミ捨て場がある。新宿駅で働く者しか使えないエレベーターがあるのだが、私は少し興奮気味だった。エレベーターの扉が開くと、本当にブレードランナーの世界がそこに広がっていた。天井が嘘みたいに高く、暗いのだが、新宿駅に店舗を出している店の商品の格納ブースがあって、きちんと区分けされていた。実際にまるで小さなポッアップ店舗のようで、コージーコーナーだの、ひよこだの、お菓子やお土産の格納保管場所があった。そのブースはちゃんと看板がありネオンがヒカっていて面白い。私は滅多に驚かないが、この時ばかり呆然となり、この世界に見とれていた。その店の店員やスタッフたちもいて、随分賑やかだった。ブレードランナー➕台湾夜市とでも言ってもいいのか。もちろんネズミやゴキブリが何匹もうろちょろしていた。そんな事は皆、全く気にすることはない。それから男は慣れた感じで私を促し奥に進む。するとゴミ袋が山となっている場所があった。本当に5メートルくらいの山だった。男は台車のゴミを掴むとその山にぶん投げた。私も同じように真似てぶん投げた。そのゴミの山の前に折りたたみ椅子に座っている婆さんがいた。男は婆さんに近づき、ポケットからウィスキー小瓶を2本渡した。婆さんは
「好きなの持ってきなよ」と言って首をそっちに向けた。
漫画雑誌の山があった。日本で出版されている最新の漫画雑誌がほぼ全てあって、男は空になった台車に漫画20冊くらいを載せた。
「あの婆さん、怒らすなよ」と私に耳打ちした。
私はテキトーに頷いた。
「ここのヌシなんだよ」男はそう言った。
仕事は夜の9時頃終わった。私と男はチェーン店の居酒屋へ向かった。店員が来て注文を聞いた。
「飲む方だろ」男は私に向かって聞いた
「ああ」
「生、大4つ」と男は店員に注文した。店員は少し怪訝な表情をして厨房に向かった。
「頼むのめんどいからな」と男は言った。
生ビールの大ジョッキが4つ来た。
「なんか食うか?」
「枝豆と奴」と私は言った。
「それとフライドポテト」
そして私たちは乾杯した。そして一気に大ジョッキを飲み干した。
そして二杯目を各々飲む。少しスローで。
それから店員が枝豆、奴、フライドポテトを持ってきた。私たちはそのつまみを全く手をつけなかった。食べると酔わないからだ。中島らももおんなじ事していた事を後から知った。中島らもの場合は奴だけ頼み、
こういうつまみの事を「にらみ豆腐」と言うらしい。その時は知らなかったが。
それから私たちはしたたか飲み、かと言って好きな音楽の話をボソボソしたくらいで酔い潰れて騒ぐ事はなかった。ようやくほろ酔いになり、河岸を変えようか、となり勘定を済ませた。
レジの店員が
「はい、ありがとうございます。生大ジョッキ4、枝豆、奴、フライドポテト、それから、えーとウーロンハイ30、ええ!30!レモンハイ40!」
嘘くさいコントのようで笑えない。私たちは無表情だった。男が俺が出すというのでご馳走になった。ちなみに私はウーロンハイだった。
私たちは河岸を変えながら朝まで飲んだ。
これが男との出会いだった。
私たちは仕事おわりに飲みに行き、男は八王子に住んでいたので荻窪に住んでいる私のアパートに泊まり、そのまま飲んだくれたりした。付き合っている女は大分嫌がっていた。悪いがロフトで寝てもらっていたっけ。
それから、バイトを辞め、私はあるデザイン会社に就職した。それから男とは音信不通になった。当時のバイト仲間から連絡を受けた。男が行方不明になり、屍体で発見され、事件性はなく自ら命を絶ったらしい。との事。とにかく男は死んだ。私は喪服がなかったのでジーパンとTシャツで線香をあげに行った。
母親が憔悴していた。
男が言った事を思い出した。
「俺の父親、自殺したんだよ、先生だったけどな」
母親は憔悴しきっていた。
私は頭を下げてその場を立ち去った。
私は悲しいとか、寂しいとか、そんな感情はなかった。涙も出ない。
正直言って男の事を忘れていた。男とはバイトおわりにチェーン店で飲みまくった事くらいの関係性だった事もある。私たちはお互いの身の上を話す事はなかった。
荒れ狂う世の中に対して酒を飲んだくれる
というだけの間柄で意気投合しただけの関係だ。
笑いわう事はあったのかも思い出せない。
男の笑った顔が思い出せない。
でもいいんじゃないのか。
男の飲む顔は憶えている。無表情だが、リラックスした顔だった。
そういえばこう言う事を言った事を思い出した。
「お前、飲み過ぎだ、死んじまうぞ」
その言葉が懐かしい。
では股。
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