冒頭から読者を一気に引き込む緊張感が凄まじいです。
静かな家庭の食卓が描かれた直後、深夜に忍び込む“何か”。
床をきしませ、鉄錆のような血の匂いを伴うその存在は、絵本でしか見たことのないはずの狼男でした。
両親を惨殺され、ただ一人だけ生き延びた未澪。
彼女の記憶は夢と現実の境界で揺れ動き、やがて孤児院での日常にも再び「牙の影」が忍び寄る――。
緻密な情景描写、息が詰まるほどの恐怖の臨場感、そして「信じてはいけないものを信じてしまったときの絶望感」。
ホラーでありながら、サスペンスやダークファンタジーとしての魅力も兼ね備えています。
狼男は本当に存在するのか?
それとも未澪だけが“見てしまった”のか?
読み進めるたびに疑念と恐怖が膨らみ、ページを閉じることができません。
夜に読むと眠れなくなる、極上のダークサスペンス。
――『孤狼』、あなたも深紅の眼に射抜かれてみてください。
最後まで読んだ上でのレビューです。
まずこの作者の筆力は、信頼に値します。
年頃ゆえか、どこかぎこちなさと温かさの同居する主人公と家族の団欒。血に飢えた狼男の恐ろしさ。
緑溢れる穏やかな春の木陰。
静謐さと、どこか張り詰めた神聖さが漂う祈り。
暖かい灯りと笑い声の滲む子供たちのささやかな幸せ。その裏に見え隠れする僅かな痛みと優しさ。
――……そして死のにおいがこびりつく、血なまぐさい陰鬱な夜。
その全てを(それ以外の場面も!)僅かな息遣い、小さな仕草ひとつなどに押し包み、柔らかく細やかな筆致と圧巻の描写で描き切ります。
語彙力も豊富で、何より言葉や音のリズム、韻律を感覚的に捉えられる才がある。
それをきちんと文章に落とし込んでいらっしゃって、心の中で文章を音に変換して読む派の読者にとっては、読んでいて非常に心地いいです。
またこの作品自体のシナリオもラストまで特に大きな破綻はなく、安心して読みきることができます。
たとえ修道学園という特殊で閉ざされた空間の中だとしても、辛い境遇の末にそこでようやく手に入れた、確かで暖かな居場所。
けれどそれは冷たい夜空に満月が昇るたび、親を殺した狼男の影に――森の底から響く遠吠えに――侵食されていく。
13歳という、純粋に子供でありながら確実にどこか大人でもある絶妙な年頃の少女の目線で描かれる、サイコロジカル・スリラーサスペンス。
おかしいのは誰なのか。狼男は誰なのか。
――そもそも読み手の目線で言えば『狼男』とは、なんなのか。
『狐狼』。
タイトルの意味も含め、ぜひラストまで読んで、その目でお確かめください。
そして私と同じように、とても幸せなのに一枚めくればその下には痛みと後悔しか残らない、砂糖だけ入れた甘苦いコーヒーのような読後感をぜひ味わっていただければと思います。いやぁ良いもの読んだー!