2.

「こ、これはなんというか。ハードな案だな。」

総理は月野大臣から提出された草案に面食らっていた。

まずは国民に向けた施策からだ。選挙がただの権利でだけでなく、義務でもあることを明確にするものだ。


①国政選挙、地方選挙に欠かさず参加した有権者は所得税、住民税の減免措置5%。


確かに明確な優待措置ではある。一瞬、現金配布じゃダメなのかとの考えが頭をよぎったが、むしろ高額納税者の海外脱出を防止できるかもしれないと考え直す。たかが5%、されど5%だ。とりあえず財源の問題もあるので、数字は調整が必要かもしれない。

そして罰則も中々のものだ。


・選挙を2回連続で棄権したものは選挙権剥奪。(一定手続き後の復権措置あり)


「罰則付きとは……。選択の権利はないのかなど、反発もありそうだが。」


「祖先が勝ち取った参政権という権利がいかに重要なのか理解が足りません。痛くなければ覚えません。」

月野は有権者にも手厳しかった。確かにこの悲惨な現状は、有権者にも責任がある。

「現在のシステムでも不在者投票は充実しています。そして今こそマイナンバーカードを利用してのオンライン投票も実施すれば問題ありません。これまで真面目に投票されてた方は普通に減税です。」

「いや、厳しすぎやしないかね?」

「ほう、実は投票強要者の厳罰も考えていたのですが、投票率が上がれば是正されそうですし、時代にすでにそぐわないですし、必要なら今後議論すれば良いと思い見送りましたが、やはり必要ですかな?」

「いや、やはりこの案で行こう。」

「犯罪とは割に合わぬと伝えたかったので残念です。あ、実際は法律が施行された後、周知までの猶予期間として3回くらいは罰則なしでの運用でいいとは思います。その辺りは後から詰めましょう。」


有権者の反発を恐れる総理が月野大臣に問うが、月野大臣は涼しい顔である。

確かに真面目な有権者は痛くも痒くもないし、反発する者は自身が危ういものだろう。

きちんと周知しているはずなのに正式施行寸前で「知らなかった。政府の周知不足だ」などと声が上がるのもいつものことだ。


そして政治家にとってはここからが本番である。



②新たな投票「信任票・不信任票選択式投票」の実施


これは全く新しい投票システムだ。既存の投票に加え、有権者が『信任票』『不信任票』選択制投票方式。

全国の地方・比例問わず立候補者にNOを突きつけられる『不信任票』は、候補者の総投票数を一票減じることができる。

そして『信任票』は投票数にプラスにはならないが、選んだ候補の『不信任票』を一票無効にできる。


このシステムによって、政治家はより自分の活動を有権者に見られる、評価されることになる。


「いかがですか総理、この信任投票システムは。当選した時も、付随データとして信任票と不信任票のデータが見られるオマケ付きです。」


「いやはや考えるだけで恐ろしいね。私など、どのくらい不信任票を受けるものかね。」


総理は普段の支持率や、過去の総理大臣への非難の意見などを思い浮かべ、思わず顔をしかめた。


「総理、大きい声ほど目立つものですが、実際はそれ以上に無言の応援もあるものですよ。私が見るに総理は在任中、良くやっていらっしゃる。信任票もそれなりに得られそうな気もしますね。このシステム、不信任票ばかり目が行きがちですが、むしろ重要なのは信任票でしょう。気に入らない政治家を皆罷免していたら担い手が居なくなってしまいますよ。」


確かにその通りだ。短期的には混乱が起きるかもしれないが、長い目で見れば有効な手段になり得ると総理も思考し、やはり自分のことほど客観視は難しいのだなと独言した。

 

「まあこれらの判断を行うためにも、国民に対してよりわかりやすく、より細かく国政の様子として公開して行く必要はあるでしょう。そこで最後の案です。」


③国政.comによる議員個人の政治活動の情報公開


これは、新たなる政治の情報サイトで、議員や候補者の参加した委員会、提案した議員立法、そしてなんと国会での採決における投票内容の完全公開を行うというものだ。さらに採決の投票は、投票した理由まで書かねばならない。(必須ではなく任意になってはいるが)。


「現行のマスメディアに任せられれば良かったのですが、残念ながら不足ですし、また意図的に情報をコントロールされても困りますからね。ああ、採決の理由は『高度に政治的な判断』と記入しても構いませんよ」と月野は笑う。


「国民がどう評価するかは分かりませんがね。その議員が一貫した政策を取られているなら通用するでしょう。ちなみにもう運用できるようにシステム構築は終わっております。」

「もうシステム構築は終わっているって、予算はつけてなかったろ?」

「私費です。あ、でも今後のシステム改善の費用は必要ですね。せっかくですからクラウドファウンディングにしますか?返礼品は無いですけど、名誉なことですからね。良いですね。そうしましょう。国民からも募りましょう。将来的には維持費は歳出していただけると大変結構です。」


これほど早く方策を打ち出すだけでなく、運用の準備を終えている。改めて総理は月野大臣の底知れなさに畏怖を覚える。

狐狸妖か神仏の類か、いずれにせよ自分の物差しでは計り知れない男なのだ。


「主要政府機関や政党のデータも随時収集しており、AIアシスタントのオモイカネのサポートで国民が欲しい情報に大変アクセスしやすくなっております。あ、サンプルデータとして内閣全員のデータは登録済みです。それと、現行の法律では強制開示ですと違反に抵触しますので、法改正が終わるまでは任意での登録となっております。登録いただいた時点でデータは開示できるほか、サイトを使っての広報活動も行えます。なお事情を説明したところ、与野党若手の議員を中心に10名程度、登録をいただきました。」


前言撤回。準備どころか運用を始めていた。

実際に総理も『国政.com』を開いてみる。

サイトを開くとポップアップで「政治家は公人です。ですが人間です。お互いに配慮を」と表示される。表示を消す×マークは見やすい位置に大きく表示された。


「この注意喚起は毎回表示されるのか?強制か?」

「今の所は毎回にしております。なにせ知る権利と騒ぐ輩もおりますし、人権問題にしたがる方もいらっしゃる。問題は本来お互いの思いやりのはずなのですが。それに甘える方も多いですから。」

月野は珍しく困った顔をする。彼がこのような顔をするのは珍しい。

「現在の政治には透明性が足りないと言えるでしょう。国民の理解が得られない最大の事由はそこです。しかし、既存の公開されている情報を見やすくするには良いのですが、政治家の潔白の証明などしては、最終的にまた違った閉塞を迎えるでしょう。清すぎる水には生物は生息できません。目指すは透明度は高いが生き物も豊富な南洋の海のような景色でしょう。

そのためには皆の協力が必要。私にも現状での正答は出せませんでした。」


総理はうなづいてまたサイトを閲覧する。国民の気持ちで自分の今日の活動や、過去の出席会議を開いた後、緊張しながらAIに聞いてみる。


「総理の収賄の事実を知りたい」


「はい、オモイカネです!この情報は要約しますか?」


「Yes/No」が表示されたので、総理はYesを選択する。


「この返答はAIが要約したもので議論の根拠にはなりません」と表示された下にこうあった。


「総理の収賄確率30%」その下にはリンクが3つ示された。「この数字の根拠」「もっと調べたい場合」「他のことが知りたい」


「ほう、自分の収賄率を見るとは客観視されてますね。国家の首班としては低すぎるくらいでは? あ、これは忖度とかしてませんよ。首相の行動のログや普段の言動から白と確定できる部分を確定して計算してるんですよ。もちろん、根拠になるデータも全部出せますし、掘り起こしたい場合に助けになる情報も出せます。収賄の場合はですね、行動を完全に否定できないデータが残るので数値上は多く見えますが、調べるだけ無駄なパターンでしょうね。」


「これは、まるで天気予報だな。確かに明確な返答ではないが、国民が知りたい情報を、まずはわかりやすく表示し、その上で先に進むかも選択できるとは。調べる時間を大分短縮できそうだな。こんなシステムをこんな短時間で準備するとは……。」


「いや、実は知人と遊びで作ったシステムを流用しているのです。『こんなサイトだったら使いやすいんじゃないか』と、AIの使い所はここではないかと考えて。役に立って私も嬉しい。」


悪戯が成功した男子のように月野が笑う。


総理もなにか愉快になってきた。自分がこれまでの政治の常識の上でしか考えていなかったことに気づいたのだ。有権者に胸を張って政策を行ってきたか。無論日本だけの問題ではないから仕方ない部分もあるだろう。それでも、自信をもって選択ができたか。外圧に対しても「日本はこのように政治を行っておりますので」と跳ね返せるのではないか。なぜかそうまで思えてきたのだ。


「大変結構だがね。これを議会で通すとなるとかなり反対に合うだろう。そのあたりはどうする?」


「総理、私に考えがあります。これは『国民の権利と義務に関わる法案』ですので、憲法の改正に当たるのですよ。国民に是非を問いましょう。憲法の改正案という形にして、国民にその意を問うように国会に提出しましょう。」


総理はその言葉に体が打ち震えるのを感じた。武者震いだった。


「実際は公職選挙法の法改正のほうが容易いかもしれません。ただ、法改正ではいつものように難癖つけられて廃案になるか、小手先の誤魔化しのような法案に貶められるでしょう。しかし、最初から『国民投票』を視野に入れると大きく喧伝するのです。国民に意識させるのです。世論を味方につけましょう。そうすれば、反対派も大きく反対はできなくなると思いませんか?」


「ははは。私の政治生命はこれまでかも知れないが、間違いない。私は日本の歴史に名を残す政治家になるだろう。これが私の一世一代の大仕事だ。やるぞ月野大臣!」


月野は優しい目をして、丁寧に頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る