第6話

 七月の花火大会には穴場がある。

 それは俺が今登っている山だ。小さいながら急勾配が続くので体力が奪われるものの、頂上からは花火が綺麗に見えた。

 とは言っても屋台の近くからでも充分綺麗な為、ここに来るのは人混みを嫌う時くらいだ。

 小学生の時に見つけたが、疲れるし暗いし蚊に噛まれるしですぐ行かなくなった。しかし穴場と思っていたのは俺だけらしく、頂上には十人くらいの若者が花火を待っている。

 できれば一人で見たいなと思った俺は途中にあった小さな神社を思い出した。あそこの裏手は木もないしなんとか見ることができるはずだ。

 俺は登ってきた木と土の階段を降りて行く。スマホの時計はもうすぐ花火が打ち上げられる八時まであと三分しかないことを示していた。

 なんとか三十秒前に到着すると案の定誰もいない。新たな穴場を見つけたことに喜びながら俺は神社の裏手に急いだ。

 一応木が少ない場所を見つけたが、下の方は木が生い茂っている為に屋台の光が全く見えない。なので俺は暗闇を見つめるしかなかった。

 あと五秒。四、三、二、一……。

 時間ぴったりにひゅるるる~という音が遠くで聞こえた。

 その一秒後、暗闇に綺麗な花が一輪咲く。おおーっという歓声が屋台の向こうにある広場と山の頂上から聞こえた。

 よかった。ここからでもかなりよく見える。

 次から次に打ち上げられる花火が周囲を照らす。暗闇で分からなかったがどうやらあと数歩進むと崖らしく、俺は慌てて後ろに下がった。

 その時だった。

「危ない!」という声が後ろから聞こえた。

 咄嗟に振り向くと打ち上げられた花火が空から降ってきた女の子をはっきりと照らした。

「…………は?」

 状況について行けず呆けていた俺に女の子が激突する。ごふっという変な音が口から出た。

「いてえ……………………」

 俺は痛みと混乱でその場にうずくまった。それを女の子は気まずそうながら強気な瞳で見下ろし、白いスニーカーで踏みつけた足をどかす。どうやら俺がクッションになって無傷らしい。

「こ、こんなところに人がいるなんて思わないじゃない。だからその、あんたが悪い」

「……ひ、人が上から降ってくるなんて……思うわけないだろうが……」

 俺は掠れた越えでなんとか抗議した。だがそれがよくなかったみたいだ。

「大丈夫そうね。ならよかった」

 一体なにがよかったのか? こっちはお前の膝がみぞおちに入って息もできないに。

 こんなことするなんてどんな女だと顔を凝視すると、ちょうど花火が上がってはっきりと見えた。

 俺は仰天し、女の子は咄嗟に顔を手で隠し、振り返った。

「まあ、その、あれよ。生きてるんだからいいんじゃない。じゃあ、今日のことは忘れてね」

 女の子はどう見ても加害者が言うべきじゃない台詞を残して暗闇に消えていった。

「ま、待てって……」

 背後で上がる花火も見ずに俺は痛みを堪えながら彼女が消えた暗闇に手を伸ばした。しかし微かにする足跡は素早く下山していく。

 すぐに追いかけたかったが、今になって痛みがひどくなり、俺はその場で大の字になった。

 そんな俺を何発もの花火が見下ろしてくる。

 息を整えると痛みがひどくなる。それをなんとか紛らわしながら記憶を整理し、確信した。

 間違いない。さっきのはこの前画廊にいたあの子だ。

 どうやら神社の屋根にのぼってそこから飛び降りてきたらしい。

 一体なんでそんなことをしたのか?

 まったく意味が分からないけど、異常なほどの軽さだった。だから俺はなんとか生きている。

 そうだ。生きている。妙にその実感が体を包んだ。

 すると右手になにかが触れた。

 掴んで見てみるとそれは靴を修理する店の交換券だった。

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