8. ハンナを鍛えよう。


翌朝、俺はすっきり目覚めた。鳥の声がする。


女の子と同じ部屋で寝たわけだが、これは朝チュンとは言わないだろう。断じて言わない。



俺は着替えてハンナを起こそうとすると、薄い毛布が床に落ち、ハンナの姿をさらした。


ハンナは粗末な下着で寝ていた。筋肉のない、細い手足が伸びている。


まあ、孤児なんてそんなものだ。俺の孤児院でも女の子を含めてそうだったからなあ。


「ハンナ、出かけるぞ。顔を洗って仕度しろ。」俺は言う。

ハンナが慌てて起きる。



俺はギンガと一緒に外に出て、用を足し、井戸で顔を洗い、水筒に水を詰める。

まあ水筒といってもただの竹の筒だが。


ギンガにも水を飲ませる。


冒険者で混んでいるギルドの中で、俺は掲示板を見たが、草取りの依頼はない。

リンの言うように、草取の依頼なんて毎日あるわけではないのだろう。


クエストの掲示板を見ながら待っていると、ハンナが現れた。

短い髪をなでつけたくらいで、外見は特に変わらない。 化粧をするわけでも、着飾るわけでもないからだ。



昨日とは違う服だ。昨日着た服は、体を拭いたあとの残り湯で洗い、部屋に掛けてあった。


「ハンナ、リンに、昨夜借りた薬草のサンプルは返したか?」

「はい、さっき返しました。返すのが遅れると罰金がすごいので、先に返しておきました。」


うん。ミス防止には早めに行動だな。


俺たちは中の食堂でパンを買い、ギルドを後にする。


「今日は何をするんですか?何かクエストでも受注するんですか?」ハンナが聞く。クエストとは、ギルドに依頼された仕事だ。簡単なお使いや掃除から、ドラゴン討伐まで様々だ。


まあ、さすがにドラゴン討伐なんて普通はないだろう。



「まずは、ハンナのスキルの確認と検証だな。」俺は伝える。


ステンマルクの街の門を出ると、周りには農地が広がっている。


街の壁の中にも農地はあるが、それほど大きくはない。外の農地は、木の柵があるだけだ。


「あの…、アレン、草取りの依頼って出てなかったですよね。」

ハンナが不安そうに言う。


「そんなものは要らない。自分で探しに行くのさ。」



俺たちは、ある畑にやってきた。

おじさんが一人で農作業をしている。


俺はおじさんに声を掛ける。


「おじさん、おはよう。」


「ああ、おはよう。今日は特にギルドに仕事は頼んでないぞ。」

赤ら顔尾のおじさんは言う。



「ああ、わかってるよ。掲示板見てきたし。ところでおしさんの畑はどこからどこまでだい?」


「ああ、あの赤い柵で囲まれたところ全部だ。あの黒いところが中心になる。」


見ると、4つに別れた畑で、いまおじさんが作業しているのはそのうちの1つだ。




俺はおじさんんに言う。

「おじさん、この向こう側の畑のこっち部分、銀貨一枚で草取りするけどどう?」


通常はその広さで銀貨2枚半から3枚だ。半分はギドの取り分、冒険者の取り分は銀貨1枚半以下が相場だ。


「一枚でよけりゃ、頼むよ。今日中にできたら、銀貨1枚やるよ。」


「ああ、任せてくれ。俺はアレン、こいつはハンナだ。」俺は胸を張る。ハンナが不安そうに見ている、


「そうか。じゃあ頼むよ、アレンとハンナ。俺はアダムだ。抜いた草は、畑の外に積んどいてくれ。」


おしさんはそう言うと自分の作業に戻った。




俺はハンナを連れて畑の反対側に行く、


「草取りをすればいいの?」

ハンナが聞いてくる。


「まあそうなんだが、まずはそうだな。ここからここまで、草取りをしてみてくれ。」

俺は2メートル四方くらいに畑に線をひいて言う。言う。



「うん、わかった。」うなずいたハンナは草取りを始める。ハンナの手がわずかに光る。ハンナが動きだした。 なるほど、こんな感じの動きか。 たぶん、普通の人の半分くらいの時間で、ハンナの作業が終わった。 


これがスキルの力か…まあ、草取だとやはり地味だ。


「ちょっと早くできるでしょ。でもそれだけよ。」

ハンナは自嘲気味に言う。


俺はハンナに諭す。


「ハンナ。自分のスキルを卑下してはいけない。自分のスキルは素晴らしいと思うんだ。

まあ、そこはおいおいやっていこう。」


俺は、また畑の中に目印を置く。そして、端っこに20センチくらいの正方形の枡目を描く。


「ハンナ、次はこのエリアだ。端に四角の線をひいてあるよな。その広さの草を取り、それと同じ大きさのエリアを次にやるって感じで、枡目を埋めるようにやってみてくれ。端っこははみ出してもいいからな。」



「わかんないけど、やってみる。」自信なさげなハンナの返事。」


「急がなくていい。丁寧に、一マスずつやってくれ。」


「ゆっくりでいいのね。ならやれると思う。」ハンナが作業を始める。手が鈍く光り、エリアの草が抜ける。

ハンナは少し動いて、また手を伸ばす。鈍く光る。 その繰り返しだ。



そのエリアの草取りが済んだ。さっきよりちょっと時間がかかっている。だがそれは構わない。

「ハンナ、どんな感じだ。」俺が聞くと、


「うーん、さっきより、スムーズに草取りが出来ているような気がする。 とくに後のほうね。 ただ、なんだかちょっとだるいかも。」



それも予想通りだ。まあ、予想より早いかもしれないが。


「じゃあちょっと休憩だ。 あそこの井戸で手を洗おう。」


俺とハンナは井戸で手を洗った。暇そうにしていたギンガもついてくる。


俺は朝にギルドで買ったパンを取り出す。

干した肉と野菜をはさんだパンが二つ。


それを四つ切にしてある。

俺は、パンをハンナとギンガにひとつずつ渡す。

俺も一つ取った。



「じゃあ、食べよう。とりあえずの朝食だ。」


俺はそう言って、みんなで食べる。

ハンナはゆっくりとかみしめて味わっている。


昨日も感じたが、やはりこの子は動作が遅い。 普段はいいけど、緊急の時にはちゃんと動けるようにしないと命取りになる。 まあその辺もおいおいだな。


ハンナが食べ終わるのを待って、さっきの所に戻る。


畑の中に、穴があった。 どうやらモグラの穴だ。


モグラは害獣だ。 野菜や作物の根っこを傷めてしまう。




俺はギンガに言う。

「ギンガ。この辺にモグラがいるみたいだ。穴を掘って土の中にいるやつだよ。探して、狩っておいてくれ。 モグラってのは、こういう穴にいるやつだ。」


俺はギンガに穴を指さしながら言う。


「ウォン」ギンガはそう言って、穴の入口の匂いを嗅ぐと、どこかへ走って行ってしまった。

まあいい。


次だ。


俺は、さっきよりも大きな四角を書く。


「ハンナ。今度はこの大きさを一度にやる感じで。端っこまでやってごらん。早くなくていいから、どうやったらこの広さを一度にできるか考えながらね。


「わかりました。やってみます。」


ハンナはゆっくり、一ます分を作業していく。手を左右に動かしながら試行錯誤しているようだ。


まあ、それでいい。ゆっくり、着実にだ。


今度は、さっきの半分の時間で一マスの草取りが出来た。


「そう。その調子だ。」


ハンナが草取りを続ける。


「だんだん、こつがわかってきました。」


ハンナは言う。


「こうかな。」ハンナが手をかざすと、突然そのエリアが光り、草が全部抜けて畑の端に並んだ。


おお!これこそ草取りスキルの真骨頂だ。むしろ草取り魔法と言ってもいいくらいだ。


「すごいぞハンナ。その調子だ。もっとやってくれ。」


ハンナはその調子で、畑の端まで一列を処理していった。・

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