5. ハンナを口説こう



俺たちは夕暮れのステンマルクの街を歩いて行った。


この通りには冒険者ギルドだけでなく、いろいろな店や宿屋などがあり、にぎわっている。


次の角を曲がっていくとどうやら歓楽街のようで、何やらいかがわしい雰囲気が漂い、女性の嬌声も聞こえてくる。


もちろん、俺たちはまっすぐ歩いていく。


ちょっと行くと、「銀の月亭」についた。

ここは宿屋でもあり、食事だけでもできるところのようだ。


俺とハンナとギンガの二人と一匹でドアを開けると、


威勢のいい太ったおばちゃんの大声が響く。

「いらっしゃい、宿泊は一人銀貨3枚、従魔は追加で1枚だよ。」


「いや、食事だけ頼むよ。」俺は言う。


おばちゃんは大して気にせず、「ああ、そうかい。じゃあそこに座んな。」と、奥のテーブルを指さした。 ちょっとスペースがあるので、ギンガも居られるのがありがたい。


「飲み物はエールでいいかい?」 と聞くので、


「いや、果実水で頼むよ。」と俺が言うと、

「私も。」とハンナがか細い声で同調する。


「定食でいいかい?焼いた鳥とスープとパンだよ。飲み物一杯付きで銀貨1枚さ。」


「ああ。それで頼む。」「…私も。」


「あいよ。定食二丁ね!」おばちゃんの威勢のいい声が厨房の奥へ届く。

「おー」という男性の声が聞こえた。


とりあえず果実水が来たので、乾杯する。

「とりあえず、今日の出会いに乾杯!」


俺は言う。


「乾杯!」ハンナもか細い声で言う。


気障ったらしい大人だったら、「君の瞳に乾杯」とでも言うのかもしれない。


ただ、俺の見てくれは12歳のガキだし、ハンナもそうだ。孤児だから栄養も悪いので、細くて背も低い。肉付きも悪い。


いわゆる第二次性徴前のつるぺただ。手足すらのびきっていないガキだと言える。

まあそれは俺が前世で大人だったから気にするところだが。


俺は果実水を飲みながらハンナに言う。



「今日一日、大変だったな。

お疲れさん。」



ハンナは言う。

「確かに疲れました。 今日はゴブリンから助けていただき、ありがとうございます。」

そういって頭を下げた」礼儀はしっかりしているようだ。



「いや、たまたまの通りがかりだし、ついでにゴブリンの討伐報酬も貰えてラッキーさ。」


俺は笑う。


「…アレンは凄いね。初日から魔法が使えて、魔物も退治できるんだもの。ついでにギンガまで仲間にして…私なんてスキルも草取りだし、それも満足にできなかったし…」


ハンナは泣きそうになる。もしかしたらもともとネガティブな性格なのかもしれない。



「あ、あと、宿代も立て替えてくれてありがとう。今返すね。」



ハンナが財布を出そうとするのを押しとどめる。

「ハンナ、孤児院からはいくらもらったの?」


「銀貨7枚。」


何だ、うちの孤児院よりさらにしわいじゃないか。うちでも10枚だぞ。



「冒険者登録したし、何か食っただろ。だったらもう4-5枚しかないよな。」


「…まあ、そうですけど。」



「宿代払うと、今度は飯代がなくなるぞ。」俺が指摘すると、ハンナはしまった!という顔をする。



「まあ、そんなことはどうでもいい。それよりハンナ、お前は明日からどうするんだ?」


ハンナは黙って下を向く。


今日、ゴブリンに襲われたのがショックなのだろう。これではなかなか稼ぎようがない。


俺は口にする。

「なあハンナ、2か月間、俺とパーティを組まないか?」


ハンナは驚いたようだ。

「え…ありがたいけど、でも、どうして…」


疑問なようだ。


「俺はこれから、魔法とスキルの検証をする。スキルを持っているハンナに、協力してほしいんだ。

その間、宿代と食費は出してやるよ。もしお金が余ったらその時返してくれればいい。」


ハンナは俺の目を見て言う。


「全面的に協力するから、パーティに入れてください。」

ハンナが言う。



「条件もあるよ。俺が検証したいときには協力すること。 ハンナがお金を稼いでもそれはパーティの収入としてあとで分配すること。あと、できるだけ俺の言うことを聞くこと。どうだい?」


「…全部当たり前じゃない。もちろん大丈夫です。」


俺は言う。

「とりあえず期限は2か月な。」


「どうしてですか?」


「2か月後には、次の新人がやってくるからだよ。そうしたら、また新しい奴に声を掛ける。」


「…その時私はどうすれば?」


「ハンナの働き次第だな。」


俺は言う。まあ心の中ではキープすることを決めているんだが、口にする理由はない。


「とにかく2か月、俺についてきて、魔法とスキルの検証に付き合ってくれればいい。」


「頑張りますので、捨てないでください。」

ハンナが泣きそうになりながら俺を見つめる。


緑色の瞳に涙がたまっている。



「俺に従っているうちは、多分大丈夫さ。」

俺は答える。


まさか、異世界で女の子に捨てないでと言われるとは思わなかった。


その時、食事が運ばれてきた。

焼いた鳥肉にソースがかかっている。横に付け合わせの野菜、あとはパンと豆のスープだ。


「ほら、よければこれおまけだよ。」

おばちゃんは言うと、脂身がちょっとついた骨をギンガにくれる。


「ワオン」ギンガも喜んで尻尾を振った。


ハンナについては、何か、思ったより簡単だった。

さあ、これで自分の魔法だけじゃなくて他人のスキルも検証し放題だ。


世の中の真実、見極めるぞ!

俺は有頂天になりながら、定食を食べる7。



鳥は焼き加減が絶妙だし、ソースもシンプルだが塩加減がよくうまい。スープは素朴な豆のスープ。これも悪くない。


パンは固い黒パンだがスープに浸して食べればいい。

というかそういう食べ方のようだ。


俺とハンナはどちらも孤児院出なので、ほとんど外食はしたことがないので新鮮だ。


孤児院の話などをしつつ、俺たちは食事を楽しんだ。

ハンナにはちょっと、いやかなり多かったようだ。鳥肉の三分の一くらいはギンガのものになった。


もともと冒険者用だから、量が多いのだ。



「おばちゃん、うまかったよ。また来るね。」俺は社交辞令ではなく本気で言う。


「ああ、待ってるよ。2か月したらおいで。一泊銀貨3枚だ。二人で泊まるなら、従魔の分はタダでいいよ。 」


「俺たちがギルドに泊まっているの、わかるんですか?」俺がちょっと困惑して聞く。


「あったり前さ~長いことこの商売やってるんだから。」おばちゃんは胸を張る。


「だって、今日は天賦の才の儀式だろ?新人冒険者がかなりうちに泊まるのよね。」


なるほど。ここに泊まれない貧乏人がギルドに泊まるわけだ。



ここの一人一泊銀貨3枚は決して高くはない。普通の家で餞別をもらって出てくるような田舎の若者でも通常は問題なく払える額だ。


だがら、ギルドに泊まる連中の多くは金のない孤児なのだ。



俺はおばちゃんに銀貨2枚を支払う。


「おばちゃん、ご馳走様でした。うまかったよ。



「そうかい。それはよかった。」

おばちゃんはにっこり笑う。


「今はギルドに泊まってるけど、そのうち来るかも、」


「ああ、待ってるさね。」

おばちゃんは陽気に答える。


太ってて元気なおばちゃんだ。


世界中、いや異世界でも太ったおばちゃんってこういうものなのかもしれない。


俺たちは「銀の月亭」を出て、冒険者ギルドに戻ることにした。


空には二つの月が輝いている。見慣れた光景ではあるが、転生前の記憶を取り戻した俺にはとても新鮮に見えた。。


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作者です。

プロローグから5話まできました。

そろそろ★つけてくれてもかまいませんよ(笑)


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