第10話「隠しきれない思い」
――恋人になった翌朝
“いつも通り”で通すはずの2人。しかし、周囲はあまりにも敏感だった。
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朝。佐倉家。
柔らかな陽光がカーテン越しに部屋へ差し込んでいた。
遥は、まどろみの中でゆっくりと目を開ける。
見慣れた天井。けれど、どこか違う“感覚”。
視線を隣へ向けると――そこには、静かに寝息を立てる悠真の顔。
遥は小さく息を呑み、少しだけ頬を赤らめた。
(……本当に、こうして隣にいることが“当たり前”になる日が来るなんて)
布団の中でそっと呟いた。
「……大好き」
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リビング。
椅子の背にかけられた2人分の制服。
キッチンには、エプロン姿で朝食を準備する遥の姿があった。
悠真は、まだどこか照れた表情で近づく。
「なあ、遥……その……」
「――今日は、いつも通りでいきましょう!」
遥は振り返らず、きっぱりと言う。
「誰にもバレないように。……恥ずかしいから」
「そ、そうだよな! 恥ずかしいよな!」
気まずさを紛らわせるように2人で朝食をとるが、沈黙が気まずさに拍車をかける。
やがて悠真がぽつりと口を開く。
「恥ずかしいっていうのは、“遥と付き合った”ことが、じゃなくて……
なんていうか……可愛いし、料理もうまいし……
その……昨日だって――」
「バカーっ!!//////」
遥の手が、頬を赤く染めながら動く。
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登校中。
2人並んで歩く、いつもの登校風景――のはずだった。
だけど、その足取りも視線も、どこかぎこちない。
(バレないように、自然に……自然に……)
意識すればするほど、周囲の視線が刺さる。
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教室。
「おはよーっ!……えっ、あの空気、何?」
いつものように席に座る2人。
だけど、それが“いつも通り”ではないことに、クラス中が気づいていた。
(いつも通り……って、俺たち、普段どうしてたっけ?)
(いつも通りに……話せばいいだけなのに、どうして緊張してるの?)
そんなタイミングで――
「おはようございます、佐倉ご夫妻」
教室の天井から逆さまにぶら下がって、ムゲンが現れた。
「うわっ!? また天井かよ!!」
「本日は、新婚初登校――おめでとうございます♡」
「ちょっ、ムゲン!?」
「ムゲンくん、また勝手に……!」
教室はざわつき始めた。
「今、“新婚”って言った!?」
「まさか……あの2人、ついに?」
「いや、正直もう時間の問題だったよな!?」
女子たちが澪のところへ駆け寄る。
「ねぇねぇ!澪!、ムゲンが言ってたのってホントなの?」
澪は、ニヤりと笑い、2人の席へ近づいた。
「よっ、新婚さん♪」
顔を真っ赤にしてうろたえる遥と悠真。
その様子を見て
――澪は小さく、でもはっきりと言った。
「……あー、これ、確定だわ」
その瞬間、教室が爆発したように盛り上がる。
「やっとかよーー!!」
「遥ー!!おめでとう!!」
「尊死……ごちそうさまです……」
澪はさらに遥の耳元で、からかうように囁く。
「初めてを迎える時は、お姉さんに相談しなさいよ?
……ま、私も未経験だけどさ」
遥はぽかんとしたあと――真っ赤になって俯いた。
「……うそ、マジで……もう……?」
澪は口元を押さえながら、まるで新刊のネタバレを見たかのような顔をしていた。
一方、悠真の方には――
「少年から青年へ……一皮剥けたみたいですね」
気づけばまたもやムゲンが後ろに立っていた。
「お前っ……! だから何言ってんだよ!!」
言い返す間もなく、ムゲンの姿は消えていた。
「遥ちゃんが、ついに悠真にぃぃぃ!!!」
「俺たちの希望が……」
「あんたらさぁ…、あの2人に割り込めると思ってたの?」
「わかってたよぉ…でもさぁ……
せめて…せめて卒業まで夢見させてくれよ!!」
女子オタク観察グループはノートを開いて、妄想家族の設定を書き出しはじめる。
「2人目は双子でしょ、絶対」
「いや、もう初期設定から神ってるから」
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チャイムも聞こえないまま、教室のドアが開く。
「はいはい、なんの騒ぎ? 静かにしなさ――」
先生が2人の様子を見て、苦笑いを浮かべる。
「……まぁ…なんだ…
先生の立場としては言いにくいけど……おめでとう」
「せ、先生!?」
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その後、配られたのは――進路希望調査票。
「進路か……」
クラスの男子がぽつりと呟いた。
「……俺の進路より佐倉夫婦の方が、未来明るいんじゃね?」
「いや、クラス全員の進路より、でしょ、それ」
その瞬間、ムゲンがコウモリのように天井から再登場。
「そろそろ“ご夫妻”としての人生設計を。婚姻届の提出から始めてみてはいかが?」
「な、なに言ってんだよ!!」
「ちょ、やめろっ!!」
「ちなみに、お子さんは何人ご希望で?
姓名判断については、私が責任持ってご相談に乗りますよ?」
「ムゲン、マジで黙れえええ!!」
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昼休み。
遥がいつも通りに弁当を出すが、周囲の視線が突き刺さる。
「あーんとかやっちゃいなよー!」
「やるかーーっ!!!!!////」
クラス中が微笑ましく見守る中、2人はどこか照れくさそうに笑い合っていた。
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放課後。
スーパーでの買い物。
家に帰って、夕食を並べて、同じ食卓で笑う2人。
それは、昨日までと何も変わらない光景。
でも――
手が触れた瞬間、互いに頬を染めて目を逸らす。
ふとした視線の交差に、自然と微笑みがこぼれる。
それが、“恋人になった”ということだった。
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帰り道。
赤く染まる空の下、遥がぽつりと呟いた。
「……悠真」
「ん?」
「“好き”って言葉、口に出すと、胸が苦しくなるね」
「……でも、言葉にしないと、伝わらないこともあるよな」
遥は立ち止まり、顔を上げて夕陽を見つめた。
「じゃあ、また言うよ。“好き”」
悠真も静かに頷いて、微笑む。
「……俺も、“好き”だよ」
2人の手が、そっと重なる。
その影は、夕陽の中でひとつに重なり、ゆっくりと歩き出した――。
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