第7話「“好き”を、まだ隠してる」
翌朝。教室。
教室に流れるのは、普段と変わらないざわつき。
けれど、その中心にいる“いつもの2人”
――佐倉 悠真と佐倉 遥の間には、微妙な空気が漂っていた。
声はかけた。
挨拶もした。
だけど、視線は交わらない。
すぐ隣に座っているのに、妙に遠く感じる。
口を開こうとすれば、言葉が喉の奥で詰まる。
黙っていれば、それが余計に重苦しくなる。
(完全に“いつも通り”じゃない)
そう感じた瞬間、教室のドアが開く。
「どうも。おはようございます、朝比奈 澪さん」
「うわっ……ムゲン。いきなり出てこないでよ」
「失礼。廊下の照明の陰から現れるのが最近のマイブームでして」
飄々と笑うムゲンだったが、その瞳はどこか、静かな熱を帯びていた。
「朝比奈澪さん、こちらへ」
そう言って、ムゲンは静かに人差し指を“上”へ向けた。
「……屋上?」
「人払いが必要な話題でして」
「……あんたが人を呼び出すなんて、珍しいこともあるもんね」
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屋上。
澪が無言でフェンスに寄りかかると、ムゲンは風に揺れる前髪を押さえながら、淡々と話し始めた。
「………夏川 柚さんが、佐倉 悠真さんに告白しました」
「……やっぱりね」
「そしてその場には、偶然……遥さんもいました。
部活動の帰りに忘れ物を取りに来て、教室の前で――聞いてしまったんです。
“好き”という言葉も、その後の沈黙も、全部。
彼女は……無言のまま、まっすぐに目を光らせながら帰っていきました」
澪の顔が、ぐっと引き締まる。
「ムゲン……」
「はい?」
「――あの“バカ旦那”のこと……頼んでいい?」
ムゲンは肩をすくめた。
「私如きにできることなど、何もありませんよ。
選ぶのは……いつだって彼自身ですから」
「はぁ!? そういうこと聞いてんじゃないの!
なんとかしなさいよ!いつもみたいに!」
「……………」
ムゲンはしばらく澪の目を見てから、静かに言った。
「では――佐倉 遥さんのことは?」
澪は少しだけ息を吐き、微笑んだ。
「“バカ嫁”のことは、私がなんとかする」
その瞬間、ムゲンの瞳にほんの少しの静けさと本気が宿る。
「では私は――」
「彼の心に宿る『遥さん』の存在に、“答え”を名付けられるまで――
彼の心の舞台袖で――灯りをともす役目を果たしましょう」
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放課後。女子部室。
練習を終えた遥を、澪が呼び止めた。
「ねぇ、遥。ちょっとだけ、時間いい?」
「……どうしたの?」
「今日、帰る前に話そう。話すっていうか――聞かせて」
遥は少しだけ逡巡してから、静かに頷いた。
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部室にて。日が傾きかけた時間。
澪は切り出す。
「柚ちゃんが、悠真に告白したの、知ってる?」
遥の動きがぴたりと止まった。
「……だから何?」
「だから、“どうするの”って聞いてるのよ」
「……別に、関係ないでしょ」
「――ほんとにそう思ってる?」
「……関係ないって言ってんじゃん!」
声が少しだけ上ずる。
その瞬間――
パァンッ。
部室に澪のビンタが響いた。
「……遥」
澪は、少し震える声で言った。
「逃げてるだけじゃん……
“幼馴染”って言葉に守られて、自分の気持ちから目を逸らして……
あんた、悠真が誰かに取られてもそれでいいの?
ふざけんなよ……!」
遥はぎゅっと唇を噛みしめた。
「……あたし、遥が泣くのとか、後悔するのとか、見たくないよ。
だからお願い、自分の気持ちと――ちゃんと向き合って」
遥は震える肩を抱えながら、俯いて呟いた。
「……でも……私……今さら、何て言えばいいの……
あんなに“幼馴染”って言い続けてきたのに……
今さら、自分の気持ちなんて――」
「遥ぁ!!」
澪の叫びが、空気を突き破った。
「そんなのどうでもいいの!
何年逃げてようが、何度ごまかしてようが――
いま、気づいたんなら、それが“本当の気持ち”なんでしょ?」
遥は震える身体を澪に預けながら、ようやく声を絞り出す。
「……私……悠真のことが……ずっと……好きだった……」
涙が頬を伝う。
澪は何も言わず、そっとその背中を抱きしめた。
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