幼馴染だった僕らの話【全13話】

むげんさん

第1話「はじまりは、いつも通り」

――「変わらない日常」は、いつも唐突に揺らぐ。


高校2年になった**佐倉 悠真(さくら ゆうま)**には、人生のほとんどを共に過ごしてきた隣人がいる。

その名は――**佐倉 遥(さくら はるか)**

名字も、家も、誕生日も近い。

小学校の頃から「佐倉ご夫妻」とからかわれ続けてきたこの関係も、今では完全に“風景”と化していた。

________________________________________

「悠真、早くしなよ。遅刻するよ~」

今日も2人で学校へ向かう。

特別早くもなく、遅くもない、他の生徒と同じ時間。

一緒に登校していても、もはや誰も茶化してこない。

クラスも先生も、「佐倉=セット」として取り扱うのが当然になっていた。

しかも、偶然にしては出来過ぎているが、2人の家はお隣同士。

お互いの親も公認で、特に何も言われなくなって久しい。

________________________________________

教室に入ると、クラスメイトの**朝比奈 澪(あさひな みお)**が、いつもの調子で声をかけてくる。

「おはよー遥!あんたらホントいつも一緒よね〜」

「……澪、そういうこと言わないの」

「いやいや、あたし的にはそろそろ“佐倉ご夫妻”に改名してほしいレベルなんだけど?」

「もうっ……」

クラス中、笑いすら起きない。

それが“普通”になってしまっていた。

________________________________________

昼休み。

遥が机の引き出しから弁当を出す。

その流れで、悠真の分も当然のように出てくる。

「今日は唐揚げ。冷めてるけど文句はなしね」

「……ん」

「感謝は言葉で伝えること」

「……ありがと」


そこへ澪がやってきて、遥の肩を軽くつつく。

「ねぇ〜遥〜、あんたさ〜、旦那の分だけじゃなくて澪ちゃんの分も作ってよ〜」

「……だれが旦那よっ!!」

「隣同士で同じ苗字で、弁当まで出てきたら、もはや入籍済ってことじゃないの?」

悠真がむせる。

遥が赤くなってそっぽを向く。

オタク女子グループがノートを取り出し、速攻で書き込みを始める。

《佐倉夫妻観察ログ No.13》

・唐揚げ弁当 → 分配形式(遥→悠真)

・“旦那”発言有り/クラス無反応=完全認定


その光景にも、2人はもう慣れていた。

________________________________________

放課後。

部活を終えて、下駄箱で合流。

遥はバドミントン部、悠真はサッカー部。

汗を拭きながら、いつものように「じゃ、行くか」と言葉を交わす。

帰り道、近所のスーパーで買い物。

2人の両親は、両家そろって共働き。

しかも出張が多い仕事で

――平日の夜は家が空っぽ、なんて珍しくもなかった


だからいつの間にか定番となった“2人で晩ごはん”の買い物

遥が今日の夕飯の献立を考え、悠真がカートを押す。

完全に「そういう夫婦」にしか見えないが、2人はその空気を突っ込まない。

________________________________________

家に戻ると、2人宛てに小包が届いていた。

1つは悠真宛に遥の父から

もう1つは遥宛に悠真の母から


悠真は小包を開けると――

『子どもは就職してからだぞ d(˙꒳˙* )』

同封:コンドーム(2個)


遥の小包には――

『若くても精力つけないとね♡』

同封:『これで毎晩愛される!精力UPレシピ』本


リビングで同時に封を開けて、沈黙。

そして――


「な、なにこれっ!?ちょっと!見せなさいよ!」

「いや、お前は!? そっち何入ってたの!?」

2人とも慌てて封を隠し、真っ赤な顔で目を逸らす。

________________________________________

その夜、それぞれの部屋で、別々のため息がこぼれていた。


悠真は、心の中で自分に言い聞かせる。

(……いやいやいや、あいつはただの幼馴染だって……!)


一方、遥の心にも小さなざわめきがあった。

(悠真…最近ほんと……男っぽく……いやいや、だから違うってば!)

________________________________________

翌朝。登校中。

ふと見上げると、自販機の上に体育座りしている男がいた。

「おはようございま〜す、佐倉ご夫妻〜!」

「……朝からやめてほんと」

「なんでアイツ、いつもあんな場所に……」


その男の名は――**ムゲン**

教室の天井から現れたり、3階の窓から突然入ってきたり、もう誰も驚かない。

空気をぶち壊す存在でありながら、“本当に邪魔してはならない時”には決して現れない。

そもそもムゲンという名前すらあやしい奴である。

________________________________________

その日の放課後。

悠真は教室にひとり残って、明日の提出物を確認していた。

そのとき、廊下の向こうで――

リボンの色が違う制服の女子生徒が、教室を探しているようだった。

(1年生……?)

少し困っている様子だったので、声をかけた。

「どうした?迷った?」

「あ、すみません……」

その子は、小柄で髪をまとめた後輩だった。

悠真を見るなり、少し驚いた顔をした。

(……この人、確か――遥先輩の……?)

名前を聞く間もなく、その子は軽く頭を下げ、足早に下駄箱の方へ向かっていった。

そして、いつものように遥と帰った――


“変わらない日常”のままに――


――そう思っていた。


……その子が、**夏川 柚(なつかわ ゆず)**と名乗るのは、次の日のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る