第1章:役立たずの烙印
じっとりと肌に纏わりつく湿気が、体温と気力を同時に奪っていく。
古代遺跡の最深部、空気が鉛のように重い大空洞に、Sランクパーティー「太陽の槍」のリーダー、ガイウス・ブレイブハートの苛立った声が響いた。
「おい、アルト!まだか!たかが宝箱の鑑定にどれだけ時間をかけている!」
声にびくりと肩を震わせ、俺――アルト・グレイラットは、目の前にある豪奢な宝箱から顔を上げた。黒曜石のように滑らかな箱には、銀の蔦模様がびっしりと刻まれている。一見すれば、誰もが涎を垂らす国宝級のお宝だ。
だが、俺のユニークスキル【物語鑑定】が読み解くのは、そんな表面的な価値じゃない。
「……ガイウス。この宝箱からは、とても悲しい物語が聞こえる」
俺がそう告げると、ガイウスの眉間の皺がさらに深くなった。彼の隣に立つ重騎士が呆れたようにため息をつき、弓使いの男は鼻で笑う。
俺のスキルは、物の価値や性能(ステータス)を鑑定するものではない。その品が経てきた来歴、関わった人々の記憶、宿ってしまった呪い――すなわち「物語」を読み解く、世界でただ一つの力だ。
「この宝箱は、ある王国の将軍のものだった。彼は親友である副官を信じ、国のすべてを賭けた作戦の切り札をこの中に隠した。でも……副官は敵国に寝返っていたんだ。将軍は裏切られ、国は滅び、この宝箱だけが虚しく残された……。だから、この箱には強い後悔と、裏切られた悲しみの念が渦巻いている。罠の有無は分からないけど、触れない方がいい」
俺は知り得た物語を必死に伝えた。これが俺にできる、唯一の貢献なのだから。
しかし、ガイウスは忌々しげに舌打ちをした。
「ポエムか?アルト、お前のポエムはもう聞き飽きた!俺たちが知りたいのは、中に罠があるかどうか、どんなマジックアイテムが入っているかだ!お前のゴミスキルは、戦闘の役にも立たなければ、探索の役にも立たん!」
ガイウスの金色の髪が、彼の怒りに呼応するように揺れる。彼が掲げる【勇者】という職業は、まさしくこのパーティーの象徴であり、彼の言葉は絶対だった。
「ですが、この物語はきっと何かの……」
「黙れ!」
轟音と共に、ガイウスの拳が宝箱のすぐ横の壁に叩きつけられ、岩が砕け散る。俺は恐怖で声も出せなかった。
「いいかげんにしろ、役立たず。お前をパーティーに入れたのは、希少スキル持ちという物珍しさだけだ。だが、もう我慢の限界だ。今日限りで、お前はクビだ!」
「え……?」
クビ。その一言が、まるで理解できなかった。
仲間だと思っていた。戦闘はできなくても、この力でいつか役に立てると信じていた。ダンジョンで危険な呪いのアイテムを避けたり、遺された物語から隠し通路のヒントを見つけたり、微力ながら貢献してきたつもりだった。
「そ、そんな……。待ってください、ガイウス!」
「うるさい!お前の分け前はない。装備もすべて置いていけ。そのまま王都から出ていけよ、二度と俺たちの前に顔を見せるな!」
ガイウスはそう吐き捨てると、宝箱を蹴り開けた。その瞬間、箱の中から黒い靄が噴き出し、鋭い針が無数に飛び出した。
「ぐあっ!?」
「罠だ!」
咄嗟に反応した天才魔導士、セレスティア・ヴァイスが防御障壁を展開し、針の雨を防ぐ。だが、ガイウスは数本を腕に受けていた。幸い、毒はなかったらしい。
「ちっ……!これも全部、的確な鑑定ができないお前のせいだ!」
八つ当たりだと分かっている。それでも、彼の憎悪に満ちた瞳は、まっすぐに俺を射抜いていた。
俺は何も言えなかった。パーティーメンバーは誰一人、俺を庇ってはくれない。ただ一人、セレスティアだけが、何か言いたげに唇を噛み、苦しそうな顔で俺を見ていたが、彼女もまた、リーダーの決定に逆らうことはできなかった。
その日のうちに、俺は無一文でパーティーを、そして王都を追い出された。
降りしきる冷たい雨が、みすぼらしい服を濡らしていく。仲間だと思っていた者たちへの失望と、自らの無力さへの絶望が、冷たい渦となって心を蝕んでいく。
行く当てもなく、ただ濡れた石畳を歩きながら、俺は静かに涙を流すことしかできなかった。
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