第六章 終焉環へ

海が割れた。


 イグルの艦隊を撃滅してから数時間。傷だらけのバルバロス号は、浮島終焉環の結界へと近づいていた。


 空に浮かぶその島は、巨大な逆ピラミッドのような形をしていた。底辺が天を突き、島の裾には黒く光る魔術障壁が幾重にも巻かれている。まるで、世界そのものを拒絶しているかのような構造。


 「いよいよ、最後か」


 バルタが、壊れた舷側に腰を下ろしてつぶやいた。彼の義手はもう焼け焦げ、剣の柄も半分砕けている。だが、その目にはまだ火があった。


 私は、魔導書を閉じてから言った。


 「結界は、私が破る。……でも、向こうにいるのは、ただの“魔王”じゃない」


 「ザヴェル、ってやつか。こいつが世界を書き換えるって……どういう意味だ?」


 私は、一つ息を吸い、語り始めた。


 「魔王ザヴェルは、かつて“人間”だった。世界に失望し、神に喧嘩を売った。

 その結果、神から“筆”を奪った。文字通り、この世界を“書き換える力”を得た」


 「……つまり?」


 「彼が望めば、戦争も、人類の歴史も、私たちの存在さえ、なかったことにできる。ザヴェルの目に映るのは、“理想の世界”だけ」


 バルタが唇をゆがめた。


 「理想ってのは、自分の都合で誰かを消すことじゃねぇ。そんなもん、ただの独裁だ」


 「……同感よ。だから、止める」


 そのとき。


 空から、声が降ってきた。


 《ようこそ、英雄たち。君たちの“物語”を終わらせに来たのかい?》


 声は、あまりにも穏やかだった。威圧でも怒りでもない。ただ、乾いた感情のない“語り手”の声。


 空の結界が開き、巨大な円環が現れた。そこから降りてきたのは、黒いローブに身を包んだ男だった。


 その男が、魔王ザヴェル。


 顔は整っていた。まるで彫像のように美しく、表情は一切の“人間的な”色を失っていた。


 「初めまして、ユラ。そして……海賊王バルタ。君たちの魂は、よく燃える。私の“ページ”を彩るには、最上の素材だ」


 バルタが剣を引き抜いた。


 「言っとくがな。俺は誰かの素材になる気はねぇ。物語を作るのは、俺たち自身だ」


 ザヴェルは静かに笑った。


 「そうか。では、“選ばれなかった者”たちよ。物語の余白で、朽ちるがいい」


 その瞬間、島全体が咆哮を上げた。空が反転し、重力がねじれ、雷が四方に走る。


 魔王ザヴェルとの最終決戦が始まろうとしていた。

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