蒼海と黒獣の盟約

パンチ☆太郎

第一章 流れ者と封印獣

潮の匂いがする風が吹いた。南方の港町アゼリオ。かつて栄えた交易の拠点も、いまでは魔王軍の脅威と内乱の影響で、荒れた酒場と錆びた船しか残っていなかった。


 その片隅の、壊れた波止場に、一人の少女が立っていた。


 「来い、エンゴルム」


 少女の足元に、黒い影が現れ、やがてそれは巨大な狼の姿を取った。黒獣(こくじゅう)エンゴルム——異界より呼び出された魔獣である。


 少女の名はユラ。かつて王都で“魔獣使い”と恐れられ、魔王討伐の鍵とされながら、その力を危険視され追放された存在だった。


 彼女が目を細める先に、一隻の船が港に入ってきた。帆に描かれていたのは、白骨のドクロと三本の剣。


 「……来たな、海賊王バルタ」


 船が接岸すると、豪快な笑い声とともに一人の男が降り立った。全身を傷と刺青で飾った巨漢。左腕は義手の銃、背中には大波を切り裂く大剣。


 「ユラ、お前から連絡が来るとは思わなかったぜ。てっきり、魔王に媚び売ってると思ってた」


 「それはあなたでしょ、バルタ。海賊稼業でどれだけ魔王軍と取引した?」


 「それも終わりさ。俺の船を沈めたのは魔王の副官血塗れの艦隊。部下を殺られちゃあ黙ってられねぇ」


 ふたりの視線が重なる。利害は一致した。


 「私の魔獣と、あなたの艦隊。力を合わせれば、魔王の城まで行ける」


 「だったら……手を組もうじゃねぇか」


 波の音に混じって、遠く空が鳴った。東の空に、黒い火柱が上がる。魔王軍による町の襲撃だ。


 「急ぎましょう、バルタ。魔王は“世界の書き換え”を始めている」


 「世界の、書き換え……?」


 「人の魂を“ページ”に変え、世界を自分の望む物語に書き換える魔導。完成すれば、我々は……存在ごと消される」


 海賊とモンスター使い。異なる罪を背負い、追われる者たちの、世界を懸けた戦いが今、始まる——。

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