第3話 空より高いと呼ばれた男
パチン
6六歩
ラ モルト
「この手は、、、」
「貴様俺と矢倉戦をしようというのか?笑」
「いいぜ、お前の流儀でやってやる」
矢倉は将棋の純文学といわれている
矢倉24手組。
歴史があり、そして最も美しい駒組の1つ
お互い同じ陣形に進み、先手が攻め、後手が受けるところから始まる。
殆どの駒を動かし盤面全体で取っ組み合い戦う。
序盤中盤終盤において、将棋の実力が如実にでる戦型。
棋士は言葉を介さず会話をする。
ラ モルトには郷がこう言ってるように聞こえた。
「お互い実力を出し切れば自分が勝つ」
言葉を発しない郷とは裏腹に、ラ モルトは音に乗せる。
ラ モルト
「俺も安く見られたもんだな」
「俺が矢倉を教えてやるよ。そして貴様最後の将棋にしてやる。強くなって死ね」
話してるうちに
乾いた音と共に駒組は終わり、
3五歩
郷が仕掛けた。
分かっていたように、ラ モルトは応手する。
ラ モルト
「確かにキレイな将棋だが、それだけでは俺には届かんよ」
郷は、とてつもない高揚感に包まれていた。
矢倉戦に現れる攻めと受け、実際の盤面に現れない
無数の変化を互いに潰し合う。
ただの1時間で、宇宙の深淵に近づいた気がした。
そして、深く、深く読み込むほどに分かったことがある。
「読みの物量、深度がケタ違いだ。」
攻めていた郷だが、手が止まった。
ラ モルトの受けの意味がすぐに分からなかったのだ。
日本語で会話をしていて、いきなり異国の言葉に触れたような
感覚だった。
そして、郷は気づいたラ モルトは自分の読み、構想になかった奇手を同時に受けていたのだ。
そして、郷は思った。
「今日、今ここで僕の最高を出さなければ、負ける。」
「読みの量では勝てない。そしたら僕は何で勝つ?」
ラ モルト
「少しぬるいな。それは、緩手だ。」
棋士が、100人いれば100人そう指したであろう手が、
手拍子。緩手だった。
歩頭桂。
郷の玉頭に食いつかれた。
盤面を全て使った乱戦。
方向感覚を失うほどに、上下左右どこで戦いが動くのか誰にも分からなかった。
棋士の一人が、つぶやいた。
「なんて将棋だ...」
ラ モルト
「形勢は・・・若干俺がいいか?」「堂々としたもんだな」
「聞かされているよな?」
「この団体戦は、2勝1敗だろうが勝ち越したほうが、
勝利条件を掴む。
ただ、生死は別だ。生死は個々の勝敗で決まる。」
「これは負けたら死ぬ将棋だ。貴様らの星にはない将棋だ。」
「ここからは一手の価値が青天井だ」
「倍々ゲームで、一手の価値が上がっていく」
「さて?差し切れるかな?本当に死ぬ将棋を。」
郷
「なるほど...そういうことか」
死を恐れたわけではない、
敵の読みの総量、深さ、計算力は生物的な違いから来るものだと思っていた。
ただ、違っていた。
ラ モルトには緩手らしい緩手が全くないのだ。
それは、、、もう感心するほどに。
彼の星がどんな文化で、なぜ将棋を指すのか?そんなことは知らない。
ただラ モルトはおそらく超えてきたのだ。
死局を。
死んだら終わりの対局を。
—-
郷も決定打は、与えていない。
ただ、形勢は、僅かだが、確実にラ モルトに傾いていた。
ただ、これ以上形勢が傾いたらこの相手に逆転は、難しい。
最後の勝負手。
「パチン」
「3三歩」焦点の歩と呼ばれる一手だった。
「おおおおお」
別室で見ているプロ棋士達は吠えた。
美しいーーー。
桂でとっても、玉でとっても、金でとっても。
どれでとっても切り返しが用意されていた。
ラ モルト
「お前なら、この手を指すと思っていた。」
「将棋に、美しさを求めるお前ならな」
「ただ、それにはこれがある」
「バチン」
今日一番大きな駒音が、響き渡った。
「7七銀捨てーーー。」
控室の棋士たちも一斉に読みを入れる。
「ハっ」
棋力の高いものから意味を理解する。
この銀は、取れない。取ると角打ちから楔の銀を外される
かといって、取らないと詰む。
将棋を知らないものも、察した。
勝敗は喫したのだと。
郷
(指せない。指してもただの延命にしかならない。)
(この手は、美しい。この棋譜をこれ以上指して汚せない)
「負けました。」
その声は震えていた。
ラ モルト
「期待をしたがここまでか」
「少しは楽しめたよ」
「来世で、俺を殺しに来い。」
その瞬間、突如として「青い光」が郷の頭を貫いた。
超高温なのか、血は少し垂れただけだった。
神宮寺
「郷さん...?」
郷は、倒れた。
一度も怯むことなく、真っすぐに上ってきた男の将棋は、
ここで終わった。
負けはしたが、責めようとするものは誰一人としていなかった。
全ての将棋指しに「こう指したい」「自分もこう生きれたら...」と思わせる
気高き将棋だった。
ソ ゲラルダ
「おいおい、泣くのはあの世でしてくれよ。笑」
「我々に勝てると思っていたのか?」
「あんなお行儀のいい将棋で勝てるわけがないだろう」
「ラ モルトは楽しんでいたようだがな」
「クソだ。」
「ほら、さっさと盤の前に座れ」
「先手はくれてやるよ。笑」
ドスドスドス。神宮寺が歩き出す。
「バチーーーーーーーーーン」
地球が割れるような、、、いや天まで届くような、駒音が響く。
神宮寺
「お前を今、今日、ここで殺してやる」
神宮寺を知るものは驚いた。
この男は、このようなことをいう男ではなかった。
第三話・完
第四話・流刃
ある日将棋星人が攻めてきて 雨石ウガツ @amaishiugatsu
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