ハズレスキラーちゃんはハズさない!~嫌な予感が全て当たってしまうネガティブ少女となんでも異界に繋げてしまうポジティブ令嬢〜

おがゆう

1:ハズレスキラーちゃん、学校を半壊させる

「はぁ……めんどい、つらい、だるい、ねむい。クソ、人生イズクソ……」


 私、ノルン・アスタリアは、早朝の廊下に呪詛を垂れ流しながら歩いていた。  


 息をするようにネガティブを吐き出さないと、やってられない。


「なんで私が日直なんて……。掃除なんて放課後でいいだろうに。なんで朝なんだよ」


 ブツブツと文句を言いながらも、真面目に定刻前に登校している自分の小心者っぷりが、さらに自己嫌悪を加速させる。


 バカなのか。そうか、私はバカだったんだな。


 憂鬱な足取りを引きずり、ようやく教室の前へ。

 私はドアに手をかけ――ふと、止めた。


(……嫌な予感がする)


 私の不運感知センサーが反応している。

 まさか、こんな朝早くに誰かいるのか?

 開けた瞬間にクラスの誰かと鉢合わせたりしたら……気まずすぎて死ねる。

 頼むから無人でいてくれ。


 私は小刻みに震える手で、引き戸を開け放った。


 ガラララッーー!


「開け、ナントカァ!!」


「…………は?」


 開いた瞬間に飛び込んできたのは、見慣れた教室の風景ではない。


 春うららかな朝とは矛盾する、極寒の闇夜と猛吹雪だった。


「さっっっぶぅぅぅ!? な、なにこれ!?」


 視界を白く染める暴風雪の中、私と同じ制服を着た茶髪ドリルツインテールの女子が一人。


 彼女はガタガタと震えながらも、なぜか勝ち誇った笑みで、私が開けた扉の縁をガシリと掴んできた。


「ふ、ふふ……! へくちっ!! ……や、やっぱり私、持ってるわね! こんな極限状態で出口を引き当てるなんて……! さすが、私、クレナ・ジェーナス!」


「…………」


 思考停止したのは一瞬。


 私の生存本能が警鐘を鳴らした。『関わったら死ぬ』と。


「…………」


「ま、ままま待ちなさい! なんで無言で閉めようとするの!?」


「怖い怖い怖い怖い怖い!」


「失礼ね! あなたのクラスメイトよ! 早く入れなさいよっ……!」


「こんな見るからに怪しいヤツ入れてたまるかっ! 私の平穏な朝を返せっ!」


 私は渾身の力で扉を閉めようとするが、相手も必死だ。


 青白くなった手で、ドア枠にゾンビのようにしがみついている。


「同じ制服着てるのわからないの!? その眼球は節穴!? 脳みそ腐ってるのかしら!」


「そ、そっちは脳みそ凍ってるんじゃないのか!?」


「なんですってー!」


「「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!」」


 互いに譲れぬ攻防。ミシミシと悲鳴を上げる教室の扉。


 そして、限界は唐突に訪れた。


 バキィッ!!


「「あ」」


 外れた扉と共に、猛烈なブリザードが廊下へと吹き荒れる。


 私の心には早くも冬が訪れたようだ。


「……そんな日もあるわ」


「ねぇよ!」


 急速冷凍されていく廊下を見て、私は寒さとは違う理由で震え出す。


 追い打ちをかけるように、校内に非常警報が鳴り響いた。


「ど、どどどどうすんだよこれ!? 校内がプチ氷河期に!」


「……猛吹雪には砂漠をぶつければいいのよ。任せなさい!」


「なんだその頭悪そうな対処療法!? そもそもアンタは一体何をーー」


「砂漠を引き当てるわ! 私、持ってるものっ!」


 言うが早いか、彼女は唐突に廊下の窓を勢いよく開け放った。


 するとーー。


 学校にいてはいけないものが、ヌッと顔を覗かせた。


「あら、失礼。どなたかしら?」

「ドラゴンだな」

「あら、ドラゴンというのね」


「風紀委員です! あなたたち! 一体これはなんなんですか!?」


 騒ぎを聞きつけたポニーテールの少女が駆けつけ、私たちと同じものを見て硬直する。


「「「…………」」」


「ギャオオオオオオオオオオ!!」


 ドラゴンの咆哮と共に、私たちの絶叫もハモりあう。


 至近距離で見るドラゴンは、図鑑で見るより百倍デカく、千倍生臭かった。


「(……あ、これブレス吐くわ。絶対吐く。喉の奥が赤熱してるもん。うん、狩られる)」


 私の脳裏に、最悪の未来予想図が鮮明に浮かび上がる。


 それと同時に、体の中から嫌な感覚が『カチリ』と音を立てて噛み合った。


 ――スキル発動。【予感的中】。


 私の意思とは関係なく、世界が「最悪」に向かって補正される感覚。


「伏せろ!!」


 私が叫んで床に這いつくばったのと、ドラゴンが大きく息を吸い込んだのは同時だった。


 ゴオオオオオオオオッ!!


 窓枠ごと廊下を焼き尽くさんとばかりに、灼熱の火炎ブレスが放たれる。


「ひょわああああ!?」


「熱いわっ!?」


 風紀委員とクレナの悲鳴。


 だが、その炎が私達を炭にする直前、横合いから猛烈な冷気が割り込んだ。


「あ」


 壊れた教室のドアから吹き出し続けていた、極寒のブリザードだ。


 廊下という閉鎖空間で、絶対零度の吹雪と、ドラゴンの灼熱ブレスが正面衝突する。


 極と極。赤と青。熱と冷。

 相反する二つのエネルギーがぶつかれば、どうなるか。


「(……爆発とか起こらないよな……? 知らんけど!)」


 ドカァァァァァンッ!!


 爆音と衝撃波が、早朝の校舎を揺るがした。


 ◇


「……死んだ。私は死んだ。来世はスライムになりたい」


 真っ白な視界の中で、私は虚ろな目で天井を見上げていた。


 あたり一面、サウナのような蒸気が充満している。


 爆風で吹き飛ばされたものの、奇跡的に五体満足だった。


 いや、全身ビショビショで制服が肌に張り付いて気持ち悪いから、精神的には致命傷だ。


「げほっ、げほっ……! な、なんなんですか……一体……」


 少し離れた場所で、風紀委員の少女が濡れ鼠になって倒れていた。


「あーっはっはっは! 見た!? 見たわよね、あなた!」


 そんな惨状の中、一人だけ高笑いしている頭のおかしい女がいた。


 彼女は煤だらけの顔で、ビシッと親指を立ててみせる。


「計算通りよ! 炎と氷が相殺して、ちょうどいい湯加減になったわ!」


「どこがだ! 校舎半壊、青空全開じゃねーか!」


 立ち上がりざまに叫ぶ。


 煙が晴れた廊下は無惨な姿になっていた。窓ガラスは全損、壁は黒焦げ、床は水浸し。


 教室(ブリザード)への扉と、窓(砂漠)への入り口は、爆発の衝撃で強制的に閉じたらしい。そこだけは不幸中の幸いか。


「細かいことは気にしないの! 結果オーライよ!」


「お前の辞書には『反省』って言葉が載ってないのか!?」


「私のキャラ的に反省って似合わないから消したわ」


「消すなよ!」


 私が頭を抱えていると、ふらりと風紀委員が立ち上がった。


「……あ、あの」


「ひっ、ごめんなさい! 命だけはどうか!」


 しかし、風紀委員の少女は、どこか引きつった笑顔でとんでもないことを言い出した。


「いえ、状況は把握しました……。あなた達、『×組』の生徒ですね?」


「そうだけど……」


「『ハズレスキル所持者の掃き溜め』なんて裏では言われてますが、私も、そこの生徒なんですよね……」


 彼女がそういうとホログラムのポップアップが表示された。


 ――スキル名:【ルール・バインド】  

効果:違反者(独断と偏見)を目撃すると、対象を物理的に拘束する鎖が体内から射出される(※制御不能)。


「……危うくあなた達を鎖で縛り付けるところでした。えへへ」


「「ひっ!」」


 この学校、やっぱり終わってる。


 私の予感は、まだ警鐘を鳴らし続けていた。


 これは、最低で最悪な学園生活の、ほんの序章に過ぎないと。

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