【エッセイ】声に出してはいけない一言

はな

第1話

世の中にはたくさんの言葉が溢れている。

優しいもの、綺麗なもの、悲しいもの。

誰かを救うもの、誰かを貶めるもの。


本当にさまざまな言葉が溢れる中で、敢えて口出さないことを“選ばれる“言葉たちがある。


決して誰かを傷つけるようなマイナスな言葉ばかりでなく、時には誰かを称賛する言葉さえ、

出口を塞がれ、心の奥底に根を張るように沈み込まされてしまうことがある。


例えば、

新人が大快挙を成し遂げた時、その場が二人きり、や同じ目標に挑戦していないメンバーであれば、

誰もが素直に彼・彼女を称賛し、今夜のお祝いの席にふさわしい会場探しへとスムーズに会話が流れていくはずだ。


けれど、その場に新人より先輩で、何度も挑戦してはあと少しのところで新人くんが手にした栄光に手が届かない先輩がいたとしたら。

前述と同じように彼・彼女を手放しで称賛できるだろうか。


恐らく、心の中にあるうち3割程度(もしかするともっと一部)の言葉しか出てこないのでは無いでは無いだろうか。

そして、会話の7割は挑戦を続け、辛酸を舐め続けているもう一人の努力や姿勢を褒め、審査員(審査があるものであれば)への不満や、

最近の評価傾向など、成功した彼・彼女とは離れた内容が多くなるだろう。


これは、職場や友人関係といった、 複数の人間が関わり合うコミュニティの中では頻繁に見られる。

人と人のパワーバランスや、個々の関係性の深さ、といった要因が複雑に絡み合う。

めんどくささは否めないけれど、日本社会である程度の年齢まで生活していると、大抵の人間は身につけている機微であろう。


一対一での声に出していけない言葉、または、誰に向けたわけでもない、

『自分が口にしない』

と決めた言葉が厄介だと思っている。


相手との距離感、とか、さまざまな要素が絡まり合い、対複数人、よりも事が複雑化しやすい、と感じる。


良かれと思って言った励ましや、相手のかつての恋人や、そりの合わない上司への愚痴に付き合ってしまうと、後々、大事故に巻き込まれる事がある。


「あんなに応援してくれたのに、そんなこと思ってたなんて。」

「そんな人だと知ってたなら、はやく教えてよ。」


え。

あなたも愚痴りましたよね。

助言、素直にきいてくれますか。

という状況。

でもこれはまだ、心のなかで受け止めればいいだけのことでダメージは少ないほう。


「私のこと、そんなふうに思ってたんだね。」


これは、キツイ。

一対一の時に出た“誰が”についてのマイナスな情報を本人相手に情報漏洩するのは、確実にルール違反、だと思うのだが、結構よくある。


気まぐれなのか、意図的なのか、やられた側からは悪意しか感じることが出来ないその行為は、

真実を知らされた本人と会話で同調してしまった人間との関係だけでなく、

本来、“私たち”であったはずの2人の関係すら破壊する、全方位クラッシャーにすらなり得る。


そうして、いつからか、語らないことを選び始めてしまう。


例えば、誰かにかけた


「大丈夫?」


の一言。


「見てたら大丈夫じゃないってわかるよね?」


と受け取られることもあれば、


「気遣っくれる、優しい」

(この人は助けてくれる)


となり、どこまでも手助けを要求してされるパターンもある。


勿論、2つは極端な例で、受け取り側のメンタルの状況がよろしくない場合に発生する、レアケースで、言葉通り素直に受け取ってもらえることがほとんどだと思う。


けれど、言葉を出す、出さないは、相手の性格、置かれた状況、相手と自分の関係性、そして自分は今、予期せぬ反応が返ってきても対応できる余裕を持ち合わせているか、を見極めて選ばなければならない。


結果、言葉は行き場を失くし、どんどん積み重なり、いざ必要な時には堆積物に押しつぶされ、歪み、本来の響きを失っていたり、必要なタイミングに引き出せなくなってしまう。


言わなかった、


「キツイ」

「サミシイ」

「クルシイ」

も。


言えなかった、


「ゴメン」

「アリガトウ」

「ダイジョウブ」

も。


全部、ずっとずっと残って、蓄積されていく。


そして時々、私の頭と心のキャパシティが限界を迎えた時や、思いがけないタイミングで外側から揺さぶられた時、

コップの水が、表面張力を突破するみたいに、

ぽろぽろと浴槽に沈んでいったりする。


この世界のどこかには、世界中の誰かが、

“口にしないこと”を選択して、行き場を失くした迷子の言葉たちが詰まった水槽みたいなものがあるのかもしれない。


それは、絶妙なバランスを保ってそんざいしているけれど、時々、世間を賑わす大事件とか、生活を脅かすような大災害とか、一度にたくさんの人が揺らぐような出来事があると、一気に溢れて、身近な人を傷つけたり、SNSで無差別に攻撃を繰り返す欠片になって飛び出していくのだ。


声にする、しない。

外に出す、出さない。

判断は人それぞれ。

正解も不正解もない。


出来るなら、他人も自分も傷つけない選択を。


実践するのは難しいけれど、せめて、ちゃんと考えて選択した、と思えるように。


私は今日も、自分の中の

「声にならない言葉たち」

と向き合っている。


あなたの中の言葉たちは、どうしていますか?

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