最終話 歴史を伝える
残りの夏休みは足立の発案を形にするための準備に時間を費やした。発案した計画を元に全体の構成を練りに練り、町内会や加賀山神社に協力を仰ぎ、入念にシミュレーションを行った。
そうして来る9月の某日。生徒会一行は音楽室を貸し切って準備に追われていた。
「音声はちゃんと出る?」
「聞こえてます。あと、スピーカーの音量もうちょっと出したほうがいいかもです」
「おっけー。これぐらいでどうだ?」
「ばっちりです!」
中野が丸を作ったのを横目に見ながら台本に目を通していると、机の上に何かがどさっと置かれる音が聞こえた。
「はい。これは先生から」
「飲み物とアイス?」
「え!? アイスあるんですか!?」
いの一番に飛んできた中野はさっそく袋の中を覗いた。
「どれも好きなやつばかりだ~。佐々木先生、ありがとうございます!」
「いいのよ。みんな今日のために準備してきたもの。本当にお疲れ様。あと少し、よろしくお願いね」
「「はい!」」
4人それぞれお礼を言うと各々好きなアイスを取り出して袋から出すと、星守がふとアイスを前に突き出した。やろうとしていることを察した3人もそれぞれのアイスを目の前に突き出した。
「それじゃ、今日の地域交流会、絶対に成功させましょ」
「「おー!」」
それから幾ばくか経ち、時計の針が14時を回ったころになると、音楽室には子どもから年配まで多くの人が集まっていた。
「それではこれより、地域交流会の方をはじめさせていただきたいと思います。司会は加賀山高校生徒会執行部の足立冬弥と」
「中野菜乃葉でお送りいたします。よろしくお願いいたします」
揃って礼をすると、大きな拍手が飛んでくる。顔を上げると、後ろの方で録画を取る先輩2人がエールの意をこめたグッドサインを送ってきた。
「今回は二部構成でお送りいたします。まず、第一部は加賀山高校の歴史について、星守サヨさんより講話をいただきたいと思います」
名前を読み上げると、音楽準備室の方から車椅子に乗った星守サヨが姿を現した。その氏名から察せられるように、この人は星守の祖母である。以前、星守の家にお邪魔した際、ふすまの奥の部屋から顔を出したあのおばあさんだ。
その車椅子を押しているのは星守のお父さんである。マイクを手渡すと、星守のお父さんはおばあさんの口元へマイクを近づけた。
「はじめまして。星守サヨと言います。人の前で話すなんて久しぶりですので、つたないところや聞きづらいとこもあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」
数秒間かけてゆっくりお辞儀をすると、おばあさんは震える唇を開いた。
「これは、私が小さい頃の話。ちょうど、そこにいる坊ちゃんぐらいの時です。ここには加賀山小学校という校舎がありまして、私はここに疎開してきていました」
おばあさんが話したのは、自身が年長者として加賀山小学校で過ごしてきた日々と戦後の暮らしについてだった。
加賀山小学校での質素ながらも楽しかった日々。先生が見せまいとしていた手紙の数々を見たときに抱いた、深い悲しみ。ホームシックになりかけながらも年下の子どもたちとふれ合い、年長者だからと気丈に振る舞っていた夏の日。そして、先生と一緒に外へ出ていた矢先に聞いた、ひとつの報せ。
燃えさかる校舎をただ眺めることしかできず、自分の腰ほどの背丈しかない年下の子の亡き骸を抱えた時の苦しさを語るときは、時折声を詰まらせながらも一生懸命に話してくれた。
戦後、加賀山高校で起きた怪奇現象を抑えるために夜の学校に入り浸ったことや神棚を各教室に設置した話などをし終えると、ちょうど予定の時刻が近づいてきていた。
「以上で話は終わりです。最後に、老い先短い中でこの話を伝えることができ、私はとてもほっとしております。教科書には載らないような話ではありますが、この歴史が後世に正しい形で伝わり続けることを願っております。ここまで聞いてください、ありがとうございました」
再び頭をゆっくり下げると、割れんばかりの拍手が音楽室の空気を震わせた。何より、偏見を持っていたと思しき年配の方が涙を流しながらしわくちゃの手を懸命に叩いていた。
良かった。正しい歴史をしっかり伝えることができたのだ。
音楽室の後方へと移動するその背中をしっかり見送った後、次のプログラムへと移る。地域交流会らしく、子どもと年配の方が仲睦まじそうに触れあう様子をいつまでも覚えていたいと強く思った。
夏は終わりに差し掛かっているが、生徒会活動はまだ始まったばかりだ。
~完~
夏夜の校舎には裏がある 杉野みくや @yakumi_maru
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