第33話 これからのこと

 想像を絶する話を聞いた足立らはその場で立ち尽くすことしかできなかった。話の内容は理解できたがしかし、次に出てくる言葉が出てこない。

 肩にのしかかる重苦しさを感じていると、やがて佐々木先生が静かに口を開いた。


「これは全て、私の祖母から聞いた話よ。そしてこの歴史を知るのは、今や私と星守さんの家系のみ」

「星守、まさか小さい頃からこのことを知ってたのか?」


 山城が愕然とした表情で尋ねると、星守は真顔のまま「ええ」と答えた。


「なんで、そんな大事なこと教えてくれなかったんだ?」


 山城の問いかける口調が少し強くなる。すると星守はためらいがちにうつむいたあと、言葉を選びながら答えていった。


「誰にも言ってはいけないって言われてたから。もし伝えたら、村八分にされるからって」

「村八分に?」


 まさか歴史の授業以外でその言葉を聞くとは思わなかった。戦後ならまだしも、今は21世紀。すっかりなくなった悪しき風習だと思っていたが……。


「いま、『こんな時代になっても村八分なんてあるの?』って思ったでしょ?」

「あ、えっと」


 考えていたことを的確に当てられてしまった。そんなにわかりやすく顔に出ていたのか。

 次に返す言葉が見つからないでいると、佐々木先生は久しぶりにニコリと微笑んだ。


「身構えなくても大丈夫。そう思われても当然のことだから」

 場所を変えて椅子に腰掛けた佐々木先生は話を続けた。

「たしかに昔のような村社会はめっきり減ったけど、それが完全になくなった訳じゃない。ここが呪われた土地だって誰かから聞いたでしょ?」


 そう指摘された足立らは唖然とした。

 佐々木先生に話した覚えはないのに、なぜそのことを知っているんだ?


「どうしてそれを知っているんですかって顔してるわね。この前、星守さんのお父さんから連絡をもらって知ったの」


 やっぱり2人はつながっていたみたいだ。


「怪奇現象が相次いだことから、ここはいつしか『呪われた土地』なんて噂されるようになった。──実をいうと、私の祖母は加賀山小学校の先生を務めていてね。当時最年長の生徒として加賀山小学校に身を寄せていたのが、星守さんのおばあさまなの。先ほど、子どもたちが加賀山高校になってから子どもたちのために歌を歌ったって言ったでしょ? その代から毎年続けていて、形を変えながら今に至るの。無念が残る子どもたちをそうしてなだめているうちに、いつしかそれが怪談話として噂が広まっていった。」

「なるほど。では人体模型の格好をしていたのは、どうしてですか?」


「その昔、かくれんぼをやっていた時にお遊びで人体模型を持ちながら探していたら、これが意外と好評だったみたいでね。加賀山高校へと変わってからも、人体模型を持ってかくれんぼをするふりをすると、怪奇現象もめっきり減ったみたい。それがいつしか着ぐるみを着るようになって、怪談話としてもいよいよ板がつくようになったの。それもあって、いつしか怪談話の方の規模が大きくなった。おかげで、呪われた土地に関する噂は相対的に縮小していったわ」


 佐々木先生が話をしてくれている間、足立は口を開けたままになってしまっていた。

 まさか加賀山高校の肝試しのネタとなっている話にそんな裏事情があったとは当然知らず、素直に驚いた。


「けど最近は、いろいろ大変になってきてね。昔は他の先生もいたんだけど、そのほとんどが仕事の都合で他県に行ってしまったり、高齢化で続けることが難しくなってしまったりしたの。それで残るは私と星守さんの家系のみ。それもいつまで持つか分からないし、それに……」


 佐々木先生の視線が共犯者の方に移る。


「星守さんの代にまでこのしきたりを残すべきなのかどうか。私の子どもは既に上京しているし、星守さんにだって人生がある。ここ十数年ほどはさまよう子どもたちの声もめっきり聞こえなくなったから、そろそろ幕引きにしてもいいんじゃないかって思ってるの」


 佐々木先生がまさかそんなことを考えていたとは思わなかった。話を聞いている中で、なぜ今も人体模型に扮して肝試しに来た学生を驚かせるようなことをやっているのかと疑問に思っていたのだ。


「なぜ、今も続けているんですか?」

「……怖いの。このしきたりを止めることで、村八分にされるんじゃないかって」

「村八分……。本当に、存在するのですか?」

「まだ若いあなたたちは感じてないかもしれないけど、偏見は見えないところで未だにはびこっているわ。あなたたちがおじいさんに言われたことはまさにその一端にすぎない」


 そう言われてはっとした。電車で会ったあのおじいさんはおよそ嘘をついているようには見えなかった。

 となるとやはり、村八分は今も存在するのだろうか?


「もしかして、地域交流会などに来る年輩の方が少ないのって」

「気づいたみたいね、山城さん。年齢の高い方は小さい頃から『ここは呪われた土地なんだ』と教えられて育ってきた人が多い。だから、ここに足を踏み入れたがらないの」


 なるほど、そういう理由があったのか。これはいくら原因を探っても分からない訳だ。

 呪われた土地に立っているからなんて、面と向かって言える訳がない。


「話を戻すわね。私はこの代で終止符を打とうと考えている。ただ歴史を雑に伝えるだけでは正確に伝わらなくなって、最悪私や星守さんの家系が村八分にされる可能性が高くなってしまう。特に星守さんの実家は神社だから、町内会と長年結んできた協力関係が崩れてしまう可能性もあるわ。そこで星守家と協力して、いろんな暗号を仕組んだの。夏になれば、肝試しとして一定数の人が夜の学校に忍び込んでくる。その中から暗号を解けた人に対して加賀山高校にまつわる真実を伝えるようにする。暗号を解けるような人は多かれ少なかれ加賀山という地域に興味や疑問を抱いた人になるから、加賀山小学校にまつわる歴史もきっと正しく知って伝えてもらえる。そういった意図を込めて、暗号を仕込んだの」

「歴史を知って伝える……。私たち、正しく伝えられるのでしょうか?」

「ええ。あなたたちなら、きっと大丈夫よ」


 中野に向けて微笑みながら佐々木先生が答えを返した。その目にはどこか安心感のようなものを感じられた。


「よし。俺たちで正しい歴史を伝えられるように頑張ろうぜ。ていうか、やるしかない。星守のためにもな」


 最後のひと言が聞き取れなかった星守が「最後、なんて言ったの?」と尋ねた。


「な、なんでもねえよ。つーか、頑張るとは言ったけど、何やればいいかすぐには思いつかないけどよ。はは」

「足立くんは何か思いついた?」


 星守にそう問われている間も、足立はぶつぶつ呟きながら考えていた。


「僕たちに、できること……。そうだ!」


 足立は頭に思いついたことを話し始めた。雨はいつしか止み、丸い月がおぼろげに光を放っていた。

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