第31話 正体
星守の姿が見えた途端、山城が机から飛び出した。
「星守! どこ行ってたんだ!?」
「ごめんなさい。地下室に入ろうとしたらスマホを落としてしまって。それを拾ってから地下室に入ろうとしたら、どういうわけか扉が全く開かなくなってしまったの」
スマホを落としたなんてことあったっけ?、と思ってしまったが、この数十分で起きた出来事の濃さから上手く思い出すことができなかった。
「地下室には何かあったの?」
「使われていない部屋がいくつかあったのですが、その中に金庫がありまして、このようなものが入っていました」
手に入れた楽譜とカセットテープを見せると、星守は訝しむような目をしてみせた。しかし、それについて何か言及することなかった。
「で、これからどうするかは考えているの?」
「生徒会室に行こうと考えています。残るひとつの楽譜を取りに行くつもりです」
地下室の入り口に戻ると、その扉は大きく口を開いていた。先ほどはびくともしなかった扉が開いているのを見ると、上手く飲み込めないような違和感を覚えた。
雨のしたたる音が響く廊下を通って生徒会室に入ると、足立は棚にしまってあるファイルから1枚の紙切れを取り出した。それと先ほど地下室で手に入れた2つの楽譜楽を机に出し、裏返しにしてくっつけてみると、ひとつの文面が浮かび上がってきた。
「『音楽室でうたっているとき、それはあらわれる』、か」
「そしてこのカセットテープ。楽譜の切れ端と一緒に入ってたってことは、校歌の音源なのかしら?」
「まずは確認してみないことには話が始まりそうにないですね」
次の目的地が決まった一同は生徒会室を足早に去っていった。真っ暗な校舎の階段を駆け上がり、非常灯が照らす渡り廊下を歩いていく。左右の窓に映るのは闇夜と窓辺に打ち付ける雨粒のみ。それを見続けているとなんだか吸い込まれてしまいそうな気がしたので、横はなるべく見ないように努めた。
音楽室にたどり着くと、まずは扉にはめ込まれた窓から中をそっと覗いた。真っ暗な音楽室には当然、誰も見当たらない。普通に考えれば当たり前のことなのだが、今までに出会った出来事に裏打ちされた経験が警戒センサーの感度を必要以上に上げてしまう。
誰もいない音楽室に足を踏み入れると、大粒の雨が窓に叩きつけられる光景が目に入った。この数分でまた雨が強まったようだ。
ピアノの上に置いてあるラジカセにカセットテープをセットして蓋を閉める。皆と目を合わせてから再生ボタンを押し込むと、音割れしたピアノの伴奏がスピーカーから流れ始めた。
「思えばさ、初めて夜の学校に忍び込んだ時にもこの曲が流れてたよな」
「そうですね。つい先月の話ですが、いろいろありすぎて遠い日のように感じてしまいます」
「私も同じこと思ってました。最初の頃はとにかく怖かった覚えしかないんですけど、今はほんの少しだけへっちゃらになった気がします」
「お、じゃあ今度は1人で肝試しに挑戦してみるか?」
「そ、それはまだ無理です!」
中野が首をぶんぶん振っていると突然、扉をガラガラと開く音が聞こえた。その方へ一斉に顔を向けると、あの人体模型が静かに立っていた。そしてすぐに、重い足取りで一歩、また一歩とこちらに近づき始めた。
「ひっ」
「みんな、俺の後ろに隠れて、ろ?」
焦りと不安に包まれた空気から一転、皆の表情には困惑の色が表れていた。それもそのはず。なんと足立は臆するどころか、毅然とした態度で人体模型に向かっていっていたからだ。
「面と向かって会うのは初めてですね」
足立が話しかけると、人体模型は足を止めた。
「いろいろ話したいことはありますが、初めに断言しておきます。あなたは幽霊なんかではない」
その言葉に対し、人体模型はこれといった反応を見せなかった。
「肝試しに来た学生による数々の心霊現象の噂を作り上げた元凶であるあなたは、その矛先を僕らにも向けました。手始めに僕たちが入った教室の扉をほうきで塞ぎ、内側からでは開けられないようにしました。大抵の学生はあんなことをされれば、身も心も凍り付くでしょう。ですが、僕たちはそこから自力で脱出しました。その時何を思ってたかまでは分かりませんが、次の仕掛けに手を伸ばしたのは間違いありません。今流れているこの古ぼけた校歌を流し、僕たちの注意を引きました。その餌に見事に引っかかった僕たちが音楽室を訪れると、ラジカセから校歌がひとりでに流れていました。これは推測になってしまいますが、このとき実は近くにいたのではないですか?」
そう問いかけると、人体模型は首を少しだけ上げた。その視線の先には、音楽準備室へとつながる扉があった。
「え? え? そうだったの?」
「前に、肝試しに来た人が音楽準備室で人影を見たっていう話をしたことがあるだろ? それに、ピアノから突然流れ始めた『月光』についても説明がつく」
そこで一度区切りを入れて一呼吸。雨で湿った空気で唇をぬらすと、話を再開した。
「ピアノとラジカセには小型のスピーカーが入っていました。よくある遠隔で接続するタイプのものです。音楽準備室にいたあなたはタイミングを見計らって、スピーカーから音を流した。相次ぐ異変に危機感を覚えた僕たちが撤退するのを確認した後、あなたは僕たちのG-Studyに意味深なメッセージが書かれたファイルを送信した。その後も僕たちの前に現れては姿を消し、ファイルを送り込むというのを繰り返した。いま思えば、ファイルの内容は次の方向へ誘導するようなものばかりだ。つまり、あなたが取った行動の全てはこの状況へと誘導するために用意したもので、同時にこの学校の知られざる歴史を伝えようとした。これが僕の見立てです」
そこまで話すと、再び一呼吸置いた。次に発する言葉を舌の上で入念に転がす。
その間、他の3人は何かしら動きがあるのをじっと待っていた。一方の人体模型も、時折首の角度を変えるだけで目立った動きは見せなかった
「……僕の推理は合っていますか? 佐々木先生」
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