第28話 階段下倉庫にて

 星守の家を訪れてから数日後、足立は生徒会室の席に腰掛けていた。今日の部活は屋内での筋トレがメインとなったため、想定よりも早く終わったのだ。

 暇をつぶしていると、生徒会室の扉ががらりと開いた。


「もう部活終わってたの?」

「はい、今日は雨だったので。星守先輩こそ、来るにしてはずいぶん早くないですか?」

「学校にいる方が宿題に集中できるから」


 言葉を交わしながら星守が移動する様子を目で追っていると、窓の外の様子も視界に入ってきた。いつもより薄暗い空から大粒の雨が地面に向かって降り注いでいる。窓にぶつかる雨粒はまるで小さな花火がはじけたかのようにぺしゃっと潰れて、サッシの方へゆっくり流されていく。

 その一連の流れにいつの間にか見入っていると、星守の頭が少しだけ下に傾いたのがわかった。


「この間は、ごめんなさい。私の父が変なことを言ってしまって」

「大丈夫ですよ。それより、なぜあんなことを突然言い出したのかが気になります」


 呪われた土地について尋ねた時、星守のお父さんの豹変した表情が脳裏に蘇る。一段低くなったあの声を思い出すと、数日経った今もゾッとするものがあった。


「私もそう。でもあの後、お父さんに聞いてみたんだけど、頑なに教えてくれなくて」


 どうやら実の娘であっても教えたくないらしい。そうなると、当初思ったよりも根深い問題が潜んでいるような気がしてならなかった。

 しばらくはお互いに何も話さぬまま、時間だけが過ぎていく。ザーッと降り注ぐ雨音をBGMにしながら宿題になっている問題集を開き、ペンを走らせているとドアがガラガラと開く音が聞こえた。


「お待たせしました! あれ? 足立くんもう来てたんだ」

 濡れたスクールバッグをタオルで拭きながら席につく。

「星守先輩も似たようなこと言ってたぞ」

「ほんと? えへへ、なんか嬉しいな」


 頬を染めながら微笑んだ中野は軽い足取りでいつもの席に向かった。それからまもなくして、山城も姿を見せた。


「よっ。俺が最後か?」

「そうね」

「何してたんだ?」

「宿題」

「うげっ、お前ら真面目かよ」


 顔をしかめた山城を、星守がじっと睨む。


「山城くん、どれぐらい宿題進んでるの?」

「ま、まあぼちぼちってとこよ。はは」


 明らかに目が泳いでいるその様子を見るに、進捗はあまり芳しくなさそうだ。


「今年も近いうちに勉強会を開かなきゃダメかしらね」

「はは。お手柔らかに、お願いします」


 気のせいか、山城の肩が小さくなったように見える。この先に待ち受けている宿題地獄を想像して苦笑いしていると、突然窓の外がピカッと光った。


「っ!?」


 一斉に窓の外を向くと、やや遅れて低くうなるような雷鳴が空気を揺らした。

 気づけば、外はかなり見通しが悪くなってきている。空が灰色の雲に覆われているせいか、暗くなる時間がいつもよりも早い気がした。


「そろそろ、残りの神棚も調べるとするか?」

「そ、そうね。そろそろ暗くなってきたし、神棚を調べる続きに取りかかりましょ」


 不意打ちの雷を見てからどこか落ち着かなくなった一同は生徒会室を後にし、この間訪れた教室からもう一度調べることにした。足立と中野が抑えている椅子に山城が乗り、神棚に隠された数字を星守が地図にメモをする。それを4つの教室で順番に繰り返すと、足立らは顔をつきあわせた。


「倉庫で見つけた紙の順番だと、丸、星、四角、三角になってるな。マークの順番に並べると、『1948』か?」

「合ってるかどうか、倉庫に行って確かめましょう」


 さっそく階段下に向かうと、星守が倉庫の扉に手をかける。相変わらず鍵はかかっておらず、ギギギと鈍い音を立てながら開いた。

 中の様子もこの前の昼に来た時となんら変わりもない。何かしら変化していたらそれはそれで困るので、気休め程度の安心材料にはなった。


 星守は金庫の前に立つと、ダイヤルに手を伸ばした。


「1、9……」


 ダイヤルのカチカチ音と外から聞こえる雨音、そして数字を小さく呟く星守の声だけが真っ暗な倉庫の中を支配する。他の3人が固唾をのんで見守る中、星守が最後の数字にダイヤルを合わせると、カチャッという音が金庫の中から聞こえてきた。


「開けるよ」


 星守がゆっくり金庫の扉を引くと、一同はライトを集中させた。


「これは、鍵?」

「タグがついてる。『地下室』?」

「地下室なんてありましたっけ?」


 中野の質問に対し、星守は首を横に振った。


「いや、私の知る限りでは聞いたことがない」

「でも鍵があるということは、地下へと通じる扉みたいなものもあると考えるのが自然だと思います」


 口を動かしながら足立はもう一度地図に目を通し、それから辺りを見回した。

 バツ印があった場所には鍵が隠されていた。そして、バツ印の真下に描かれている瞳のマーク。倉庫のあるこの場所に重なるようにして描かれているからには、ここになにかありそうな気がしてならなかった。


 この間に来た時はあまり目にかけなかった場所もくまなく探してみる。首なし地蔵の裏側を調べたり、神棚の残骸をどけてみたりしていると、入り口の扉にほど近い場所の床が少しくぼんでいることに気づいた。


(これは?)


 手で軽くホコリを払うと、二重丸のような形がうっすらと現れた。さらにホコリを払うと、それが取っ手のようなものだと気づいた。そしてその下には、鍵穴のようなくぼみも見られた。


「ありました!」


 足立が声を張ると、他の3人が一斉に顔を上げた。


「ほんとか! どこだ?」

「ここです」


 足立が指し示した場所を見ると、山城は「よく見つけたな」と感心したような声で言ってくれた。


「星守先輩、鍵をもらっても良いですか?」

「ええ。もちろん」


 星守から渡された鍵を鍵穴にをそっと差し込むと、突っかかることなくスムーズにはまっていった。そのまま左に回すとカチャリという小さな音が聞こえた。さらに取っ手の部分をぐっと引っ張ると、床との間に小さな隙間が生まれた。


「これは……」


 さらに引っ張ると、真っ暗な地下へと続く階段が姿を現した。学校にある普通の階段と違って石を削ったような見た目をしており、それだけで形容しがたい異質感を感じられた。


「ほんとに、開いちゃった」

「しかも結構深そうだな」


 スマホのライトで奥を照らしても、階段の終わりが見えない。深淵とはまさにこのことを指す言葉なのだろう。


「……行ってみましょう」


 恐れから来る鼓動の速さを感じながら、足立ら一同は階段を下っていた。

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