第26話 加賀山神社
加賀山神社は加賀山駅よりもさらに3駅ほど離れた場所に建っている。山のふもとにに建てられた境内には厳かな雰囲気が漂う。最近は隠れたパワースポットとして訪れる人が密かに増えていると中野から聞いた。
大きくそびえ立つ鳥居をくぐると、セミの鳴き声が一段と大きく聞こえた。緑色に生い茂った木々が作り出す木陰の道を歩くと、湿った土の匂いが鼻をくすぐってくる。時折吹き抜ける夏風が汗ばんだ首筋を優しくなで、木の葉をざわざわと揺らしていく。境内には観光客らしき人があちこち歩いており、普段この辺りでは見かけないような外国人もちらほら見られた。
参道を道なりに進んでいくと、立派な本殿が姿を現した。中野の「せっかくだし、お参りしていかない?」という誘いに乗り、お参りする人の列に並ぶ。正月ぐらいしかお参りに行かないものだから、汗が首を伝っていくこの時期にお参りをしようとしている状況がいささか新鮮に感じられた。
賽銭を入れて鈴を鳴らした後、二礼二拍手。手を合わせて目をつむると、風に揺られる葉っぱ同士のこすれる音がはっきりと聞こえてきた。
(……)
目を開けてから最後に一礼をし、中野と共に賽銭箱の前から離れた。
「何をお願いしたの?」
「何も」
「ただ手を合わせただけってこと?」
「まあ、うん」
「ふーん? もしかして、私に言えないこと?」
「違うわ! 何も思いつかなかったんだよ」
本当のことを言っても、中野はなお信じてなさそうに目を細めてきた。
「そういう中野は何をお願いしたんだよ」
「私は『楽しい夏休みになりますように』って願ったよ。せっかくの花のJKなんだし、全力で楽しみたいもん」
なんとも中野らしいその願いに小さく吹き出した。
「あ! いま笑ったでしょ!?」
「笑ってない笑ってない」
「じゃあなんで吹き出したのさ?」
「それはほら、ちょっと咳き込んだんだ、うん」
足立がぎこちなく取り繕うも、中野は頬をふくらませてからぷいっとそっぽを向いた。すると中野が何かに気づいたのか、「ねえねえ」とすぐに肩をつついてきた。
「あれ、佐々木先生じゃない?」
中野が指し示した方を見ると、見覚えのある白いブラウスに身を包んだ女性の姿を捉えた。この暑さだというのに薄手のジャケットを羽織り、誰かと話をしているようだった。少しだけ近づいてみると、佐々木先生はぺこりとお辞儀をしてからその場を離れていった。その足取りを見るに、右足がまだ痛んでいるようだった。
「なんでここにいるんだろうね」
「さあな。ちゃんとした格好をしてるみたいだし、学校絡みの仕事なんじゃないか?」
「うーん。気になる」
神社の出口に向かう佐々木先生を遠巻きに見ながら本殿の方に戻っていると、スマホがぶるっと震えた。画面を確認すると、星守からの連絡が入っていた。
「『あと少しでつく』ってさ。この辺りにいるって伝えておくよ」
「ありがとう。そしたら、あそこの日陰で休んでようよ」
中野が指し示した木陰の濃いところに移動して少し待っていると、参道を歩く2人の姿が見えてきた。中野が大きく手を振ると、2人は手を小さく振り返しながら歩く速度を速めてくれた。
「待たせてしまってごめんなさい。図書館の方からいろいろもらってしまったの」
星守は手に持った紙袋を上げて見せた。中を見せてもらうと、いろんな種類のお菓子が袋いっぱいに詰められているのが分かった。困惑しながら「こんなにたくさんもらえないですよ」と控えめに断ろうとする様子が容易に想像できた。
「それじゃ、案内するからついてきて」
星守が向かった先はなんと、佐々木先生が誰かと話をしていたあの建物だった。境内の隅っこに潜むように建っている
今どきとしては珍しい引き戸をがらがら開けると、花を思わせる甘い香りがふわりと流れてきた。それと同時に、一番近くにある扉から薄手の白い装束に身を包んだ男の人が現れた。
「ただいま」
「おかえり。おお、山城くんも来てたのか。それと、おふたりは?」
「生徒会の後輩だよ。足立くんと、中野さん。図書館でたまたま会ったから、ついでに誘ったの」
紹介された2人は軽く頭を下げた。
「お、おじゃまします」
「どうもどうも、奏の父です。2人のことは奏からもよく聞いてるよ」
星守のお父さんも会釈を返すと、その流れで星守から紙袋を受け取った。
「こんなにもらってきたのか。お茶を入れてくるから、先に部屋に行ってなさい」
促されるままに靴を脱ぎ、リビングへと通される。冷房が効いた室内は真夏の暑さにさらされた体を芯まで冷やしてくれた。
各自、手を洗ってからテーブル席についてしばらく待っていると、扉の奥から星守のお父さんがガラス製の急須とカップを持って現れた。
「ここに来るまでさぞ暑かったろう。遠慮せず、たくさん飲んでいいからな」
慣れた手つきでお茶を注ぎ、それぞれの前に差し出す。お茶はカップの底が見えるぐらい透き通っており、口に近づけると茶葉の芳醇な香りが鼻をくすぐった。一口喉に通すと、スッキリとした味わいと共に喉が潤っていった。
次に星守がもらってきたビスケットもひとつつまむと、バターの香りが口いっぱいに広がっていく。残った風味をお茶で流し込むと、さらに強くなった緑茶の香りが鼻を通り抜けていった。
「このクッキー美味しいですね。私、これ結構好きかもです!」
「本当ね。どこのクッキーなんだろう?」
パッケージの裏を確認しながらクッキーをつまんだ星守の空になったコップに新しいお茶が注がれた。
「お茶を淹れ直したから、ほかのみんなも遠慮なく飲んでくれ」
急須を置いた星守のお父さんに「ありがとうございます」と各々お礼の言葉を口にしていると突然、玄関のチャイムが鳴った。
「星守さーん! いらっしゃいますかー?」
「はーい。今行きますー」
大きな声でそう告げると、星守のお父さんは小走りで玄関の方へと向かっていった。
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